第29話 謎の少年は血の気が多い

 走って、走って、【めぐみの姿をした誰か】は英語準備室にたどり着いた。

 だが、既にそこはもぬけの殻だった。


「美幸……!」


 焦る。

 イライラが抑えられない。

 あと考えられるのは――生徒会室。

 足は勝手にそちらへ向かっていた。


「美幸いっ!」


 生徒会室の扉を蹴り倒す勢いで開ける。

 だが、そこにも誰もいなかった。


「いったいどこに……!」

「ずいぶんと派手な侵入者だな」


 冷たい声がした。


「……てめえが藤山誠一か……」

「――なるほど。里佳から聞いていた通りだな、本当にお前は坂本めぐみではなさそうだ」


 ぎり、と歯のきしみが藤山の耳に届いた瞬間だった。

 【めぐみではない誰か】の拳が、藤山の顔をまっすぐ狙って向けられた。

 

 ダシャン!

 

 拳が扉にぶつかる。

 すれすれのところで、藤山には届かなかった。


「――ずいぶんと血の気の多い性格のようだな。お前は、何者だ」

「山尾トオル……美幸はどこだっ、藤山誠一!」


 トオル、と名乗っためぐみの拳は、途切れることなく藤山に向けられる。


「さあな……」

「てめえが一番よく知ってるだろうっ!」


 ぱしん、とトオルの拳を受け止めて、藤山は薄く笑った。


「山尾トオルといったな。レディース仮面に伝えろ、【花嫁】は渡さんとな!」

「ふざけんなッ!!」


 噛みつかんばかりの勢いで、トオルは次々に拳を突き出してくる。

 荒いが、使えそうだ、と藤山は思った。

 坂本めぐみがなぜ山尾トオルと名乗っているのかはわからないが、目の前にいるのはなにもかもが【彼女】とは違っている人間だ。

 なんなら戦い方さえ、レディース仮面とも違う。

 これは面白い――と思った藤山は、黒い笑みを見せると、右手の中で針をくるりと回した。

 そのまま、トオルが着ているシャツの肩口を黒板に叩きつけるようにして針を刺す。


「!」


 黒板に深く縫いつけられ、トオルは動けなくなった。


「くっ……!」


 藤山の長い脚がふいと上げられ、爪先がトオルの首筋にぴたりとくっついた。


「このままとどめを刺してやってもいいが、そうすれば目的の半分は達成できなくなるからな」

「てめえ……!!」

「もう一度言っておく。【花嫁】は渡さん。――もし、渡してほしかったら――」

「……雁首揃えててめえに降れって言いたいんだろう、どうせ?」


 足を下ろした藤山は大仰に拍手してみせた。


「話が早いと助かるな。色よい返事を待っている……」


 トオルは、ケッ、と唾を吐いた。


「めぐみたちがその条件をのむと本気で思ってんのかっ。美幸は絶対に助け出す、てめえのほうこそ雁首揃えて待ってろ!」


 藤山はその言葉に何も返さず、ただ再びの黒い笑みだけ残して生徒会室を出た。


「くそが――――――ッ!!!!」


 生徒会室内に、トオルの叫び声がただただ響く。

 その後、多少の時間がかかったが、肩口が少し破れたくらいで、どうにか針は引き抜けた。

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