第7話 レディース仮面は何者か?

 めぐみは冷たい床の上で目を覚ました。

 後ろ手にされていて、両手の親指がくくられている。


「…………」


 彼女は部屋の中をぐるりと見渡してみた。

 表のプレートに、【生徒会室】と書かれているのが見える。

 室内では名前もわからない香が焚かれていた。

 ずっと嗅いでいると頭がぐらぐらとしそうな、不思議な匂いだった。


「……起きたな」


 後方ドアのところで藤山がつぶやく。

 ゆっくりと近づいてくる彼を警戒して、めぐみは親指の拘束を解こうともがいた。


「無駄なことはするな」


 めぐみの頭の中で、藤山の声がぐあんぐあんと響いた。

 身体の自由が利かないと感じるのは、拘束のせいばかりではないようだった。


「――さて、坂本めぐみ。もう一度聞こう」

「…………」

「お前は、レディース仮面、だな?」

「…………は…………」


 めぐみの口がゆっくりと開きかける。

 藤山が薄く笑った。

 その瞬間だった。

 

 キィ――――――ン!!

 

 生徒会室のスピーカーがハウリングを起こして大音量を響かせる。


「!?」


 めぐみははっと我に返った。

 目の前では藤山がスピーカーをにらみつけている。


「ちぃ……あと少しのところを!」


 スピーカーからは続けて、声が流れてきた。


『悪さをしてるのはだーれだ?』

「なんだと……」

『悪い子はそのまま待ってなさい、このあたし、レディース仮面がぶちのめすから!』

「なにっ……!?」


 藤山はスピーカーとめぐみを代わる代わる見た。


「……当てが、外れましたね」


 めぐみは静かに言ってのける。


「こんなもの、信用するには足らん! 本物を見ないことにはな……!」


 不敵に笑う藤山はめぐみの顎をつかんでぐいと上げた。


「小細工を弄したんだろうが、俺には通用しないぞ……!」


 ぎっ、と、めぐみは奥歯を噛む。

 その時、ドアのところで、シューッという音がした。


「なんだ……!?」


 たちまち、生徒会室内が煙に包まれる。


「発煙筒か!」


 藤山はシャツを脱いでバサバサと振るう。

 煙が落ち着いたとき、すでにめぐみはそこにいなかった。


「ちっ、逃げられた……!」


 どやどやとヤンキーどもが生徒会室に入ってくる。


「藤山さん!」

「藤山さん! どうされましたか!?」


 煙の落ち着いた生徒会室で、藤山は平静を装う。


「騒ぐな……! たいしたことじゃない!」


 次はこうはいかないぞ、彼はひとりごちて、薄く笑うのだった。



 理事長室で、両手が自由になっためぐみは美幸に頭を下げた。


「……助かりました。ありがとうございました」

「やだ、言うほどなんにもしてないのに」


 美幸がしたことといえば、放送室に忍び込んで大音量でCDをかけたことと、生徒会室前で発煙筒を作動させたことくらいである。


「……いえ……岡部さんがいなかったら、危なかったです」


 すべてにおいてタイミングが良かった。

 めぐみは生徒会室内の様子と、きょう起きた出来事を思い起こしながらそう考えていた。


「それより」


 美幸が興味を膨らませた顔でめぐみを見る。


「坂本さん、レディース仮面となにか関係があるんだよね?」

「…………」


 そう考えないほうがおかしい。

 理事長室に行ってくれと言われて、理事長から託されたのはCDと発煙筒だった。

 そしてそのCDにはレディース仮面の声が吹き込まれていた――


「……深入りすると、危ない目に遭います……」

「もう関わっちゃったんだもん。ね、お願い! 絶対、秘密にするから!」


 その時、部屋の奥から理事長が出てきた。


「話したらどうだね、めぐみちゃん」

「…………おじいさま」

「おじいさま!?」

「この学校は今までと違って一筋縄ではいかない。味方は多いほうがいいと思うがね」


 理事長はその柔和な顔のまま、少し厳しいことを言った。

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