第37話
サーラがもう共和国の定住許可証を習得していたことに、カーティスはかなり驚いた様子だった。
でもこれで、サーラが本当にリナン王国に帰るつもりがないことが伝わったのだろう。
カーティスは昔から、思い込みの激しいところがあった。
エリーに傾倒したのも、サーラを救わなくてはと、国を出てここまで来てしまったのも、それが原因かもしれない。
「私のせいですべてを失ってしまったサーラを助け出し、今度こそしあわせにしなければならないと思っていた」
だが今のカーティスは、自分の望んだ結果ではなくとも、何とか受け入れようとしている。
「でも君は、今でも充分にしあわせそうだ」
カーティスはそう言うと、寂しそうに笑って立ち上がった。
「今まで本当にすまなかった。……どうか、元気で」
「カーティス様。これからどうなさるのですか?」
目標を失った彼は、どこか危うい。思わず声を掛けると、彼は曖昧に笑って首を振る。
サーラのためにここまで来たのだ。これからのことなど、何も考えてはいないのだろう。
「ソリーア帝国に行ったらどうでしょう」
黙って見守っていたルーフェスが、そう声を掛けた。
「ルーフェス?」
突然の提案に、サーラは驚いて彼を見上げる。
「ただ頼るのは皇帝陛下ではなく、レナート皇太子殿下を。あなたは帝国の皇族の血を引いている。皇帝陛下では、リナン王国を制するために利用されてしまう恐れがある」
「……あなたは、いったい」
冷静になったカーティスは、ルーフェスの佇まいから、彼がただの市民ではないと気が付いたのだろう。
「その黒髪。もしかして、あなたは帝国貴族なのでは?」
カーティスの母である王妃陛下も、美しい黒髪をしている。
黒髪は帝国貴族の特徴だと、カーティスも思い出したようだ。
「昔の話です。今はサーラと同じように、ただのルーフェスでしかありません」
カーティスはルーフェスと、彼に寄り添うようにしているサーラの姿を見て、何かに耐えるように目を閉じた。
「感謝する」
それだけ告げると、もう振り返ることなく家を立ち去った。
「……」
サーラは何も言えず、ただルーフェスに縋り付いていた。
カーティスが立ち去ったあとは、また静かな日常が続いた。
サーラは毎日パン屋で働いていたし、ルーフェスもなかなか許可証が下りないことに少し焦りながらも、旅をしていた頃には見せなかったような、穏やかな顔をしていることが増えた。
カーティスは、あれからソリーア帝国に向かったのだろうか。
ふとそんなことを思うが、それを知る術はない。
そんなある日。
パン屋の店主がそろそろ出産の時期を迎え、店を一時的に休むらしい。
それに伴ってサーラも少しの間、仕事を休むことになった。
本当は他の場所を探して働こうと思っていたのだが、パン屋の店主に、店を再開したらまた来てほしいと言われていた。
それに、巡り合わせがよかったせいで、サーラはここに移住してからすぐに働くことになった。だから、しばらくゆっくりと休んだほうがいいとルーフェスが提案してくれたのだ。
(たしかに、もう少し暮らしやすいように、色々と買い足した方がいいかもしれない)
毎日忙しくしていたせいで、家具や生活必需品なども、まだ最低限のものしかない。
働いていたお陰で資金もある。
しばらくはゆっくりと町を探索しても、買い物をして過ごすのも良いのかもしれない。
そう思っていたサーラの元に、ある日手紙が届いた。
「え、手紙ですか?」
手紙が届いていると言われて、サーラは驚いて聞き返した。
そのうち孤児院には匿名で手紙を出そうと思っていたものの、ここに住んでいることは、まだ誰にも伝えていない。
いったい誰だろうと手紙を開いたサーラは、思ってもみなかった相手に思わず声を上げた。
「カーティス様?」
それは、ひと月ほど前にサーラの元を訪れ、ソリーア帝国に旅立ったと思われるカーティスからだった。
たしかに彼ならば、サーラがここに住んでいたことを知っている。
それでも、カーティスから手紙が届くとは思わなかった。
驚きながらも、すぐに手紙に目を通した。
彼はルーフェスが提案してくれたように、すぐに帝国に渡り、皇太子と連絡を取ったらしい。皇太子はルーフェスが危惧していたように、カーティスが皇帝に利用されることを恐れ、地方にある離宮に彼を住まわせてくれたそうだ。
カーティスも心の整理をするために、休息を必要としていた。
しばらくは皇太子の好意に甘えて、静かに暮らそうと思っていたらしい。
だが、帝国で政変が起こった。
正しくは、あの皇太子が起こしたのだ。
彼は一部の貴族と癒着し、内部紛争を引き起こしていた皇帝を退位させ、自分が帝位についた。
ルーフェスの妹の婚約者だったレナート皇太子が、今はソリーア帝国の皇帝になったのだ。
そして皇帝となったレナートには、かつて最愛の婚約者がいた。その婚約者の死に関わった罪で、皇太子妃となっていた女性を投獄したと記されていた。
レナート皇帝は、婚約者の死の真実を伝えるために、出奔してしまった婚約者の兄をずっと探しているのだと言う。
皇帝から聞いた特徴から、カーティスはルーフェスがその兄ではないかと思い、サーラに手紙を出したらしい。
「……ルーフェスに、伝えないと……」
サーラは狼狽えながらも立ち上がり、手紙を持って彼の部屋に駆け込んだ。
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