第22話 サーラの父、エドリーナ公爵の野望
◆ ◆ ◆
リナン王国のエドリーナ公爵といえば、王家に継ぐ力を持っている有力貴族である。さらにその現当主であるトリスタン・エドリーナは、リナン王国の国王にもっとも信頼されている重臣でもあった。
そんな彼だから、リナン国王が王太子についてずっと悩んでいたことは知っていた。
リナン国王には王子がふたり、王女がひとりいる。
王太子であったカーティスは王妃が生んだ嫡男であり、次男と長女は、王の側妃との子どもであった。
カーティスが一番年長であり、しかもその母親は王妃だ。彼を王太子に指名するのは、当然のことと思われた。
だがその王妃は、ソリーア帝国の皇族だ。もし彼女との子どもが王位を継げば、何かと口を出してくることが予想された。
ソリーア帝国は近頃、国内があまり落ち着いていないと聞く。
内紛が続けば経済が滞り、資金不足になるのは当然のことである。ソリーア帝国の皇帝は、積極的な貿易で経済が潤っているこの国に目を付けているのだ。
国王としては、それは何としても避けたいところだ。
でも何の非もないカーティスを廃嫡してしまえば、ソリーア帝国が黙ってはいないだろう。
いくら内部がごたごたとしているとはいえ、共通の敵が見つかれば団結してこちらを攻撃してくる可能性がある。軍事力から考えても、まともに戦えば勝ち目はない。
それでも国王は、長男であるカーティスが十六歳になっても、なかなか王太子に任命することはなかった。
そんな状況に危機感を覚えた王妃は、カーティスの婚約者として、トリスタンの娘であるサーラを望んだ。
サーラは外見こそ華やかで美しいが、おとなしくて物静かな娘だ。
王妃は、そんなところも気に入ったのだろう。
実家に権力はあるが、サーラ自身はけっして王妃に逆らうようなことはないと思われる。
(そのように教育したのだからな。貴族の娘はそうでなくてはならない)
父に、夫に忠実に従うべきだと、トリスタンは思っていた。
この婚約に、当然のように国王は難色を示した。
それでも他に、有力な候補がいるわけでもない。
王妃の懇願を正当な理由もなく退けることができなくて、とうとう根負けするようにふたりの婚約が決まってしまったのだ。
トリスタンは国王に合わせて苦い顔をしていたが、娘が王妃になるのも悪くはない、と思っていた。
次期国王の義理の父になれるのだ。帝国の後ろ盾も、うまく利用すれば強力な武器になる。
このままいけば、エドリーナ公爵家の力はさらに増すだろう。
そんなトリスタンでも予想外だったのは、聖女を騙るひとりの少女の存在だった。
カーティスは彼女に夢中になり、おとなしい性質の娘は、ただ耐えるだけだった。それに加えて、これ以上エドリーナ公爵家の力が強まるのを危惧した者達が、聖女を騙るエリーを利用しようとしていた。
さまざまな思惑を持った者達が暗躍している。
国が乱れることを恐れた国王は、この件を使用してカーティスを表舞台から遠ざけようとしていた。
それは、サーラを切り捨てることを前提とした案だった。
まずはカーティスとサーラの婚約を破棄し、娘は傷心のために修道院に入ったことにする。
実際、それを命じたのは父親であるトリスタンだが、サーラはカーティスの心変わりに傷つき、自分から世を捨てたように見せかけた。
次にその原因となったエリーを、聖女を騙った罪で捕らえる。
そうすればエリーに近寄った者達も、共犯として排除することができる。これはエドリーナ公爵家を快く思わない者達が中心だろうから、トリスタンとしても歓迎すべきことだ。
そして最後に、カーティスの罪悪感を煽ってサーラを追わせる。
エリーが聖女を騙った罪で投獄されたことで、カーティスもかなり動揺するだろう。彼が一番、エリーに入れ込んでいたこともあり、この件によって自分の立場が悪化したことも理解できたはずだ。
このままだと権力争いに負けて、失脚してしまうかもしれない。そうなったら、命の保証すらなくなる。元王太子など、揉め事の原因にしかならないのだから。
そこに用意した逃げ場が、サーラだ。
トリスタンはカーティスに、サーラが彼を愛していたこと。叶えられなかった恋の悲しみから、世を捨てて修道女になってしまったことを、切々と訴えた。
そして国王とトリスタンの計画通り、カーティスは禁止されているにも関わらず、何度もサーラのもとに通った。それを咎められた彼は、とうとう王位継承権を返上し、サーラとともに市政で生きることを望んだのだ。
エドリーナ公爵家としては娘をひとり失うことになるが、国王はそれに見合うだけの見返りを約束してくれた。
ひとつは、トリスタンの妹の子であるユーミナスを、新しく王太子となった第二王子と婚約させること。
そして、次期エドリーナ公爵になる息子に、側妃の子である王女を降嫁させることだ。
王太子の義父にはなれなかったが、妹の子が王太子妃となり、その王太子の妹が、息子に嫁ぐ。それによってエドリーナ公爵家と王家との繋がりは、ますます強くなる。
そのためにはサーラがカーティスをうまく繋ぎ止める必要があるが、今まで一度も逆らったことのない娘だ。カーティスの監視を命じれば、その通りに動くだろう。
そう思っていた。
完璧だと思っていたこの計画が崩れたのは、手伝いに出ていた孤児院から移動する途中に、サーラが行方不明になったことだ。
修道院のある町はそうでもないが、隣町はあまり治安が良くなく、以前にも若い娘が攫われた事件があったらしい。
急いで調査させたところ、たしかに若い修道女とその護衛の雑用係が行方不明になっている。
サーラの美しい外見が仇となり、人身売買をしている裏社会の男達に目を付けられたのか。
孤児院としては、ひとりしかいない雑用係を護衛につけたのだから、それ以上やれることはなかったのだろう。
どちらにしろ切り捨てるつもりだった娘だが、カーティスが完全に身分を捨てる前だったのが、痛かった。
カーティスはサーラの行方を必死に探しているが、その足取りを掴むのは難しいようだ。
もし息子を王太子に復帰させたい王妃が帝国に助力を求めれば、カーティスが王太子に返り咲く可能性もある。そうなってしまえば、計画はすべて台無しだ。
サーラさえ見つかれば。
トリスタンは忌々しげにそう呟くと、さらなる調査を側近に命じた。
何としても娘を見つけ出し、連れ戻さなくてはならない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます