第4話

「俺はあの後、父にエリーを聖女として認定するべきだと進言した」

 翌日。

 再び修道院を訪れたカーティスは、聞いてもいないのにそう語り出した。

 これ以上彼と顔を合わせたくないが、世話になっている院長の立場を思えば、王太子を門前払いすることもできない。

 談話室には今日も、この修道院で雑用をしてくれる壮年の男性、ウォルトが同席してくれた。

 近頃腰痛に悩まされているという彼を、長時間固い椅子に座らせておくのはとても気の毒だ。でも優しいウォルトは、かえってサーラを気遣ってくれた。

 よほど、顔色が良くなかったらしい。

 でもカーティスはそんなことにはまったく気付かずに、ただひたすら自分のことを語っていた。

「エリーは聖女に違いない。そう信じていた。だが父はそれをすぐに否定した。聖女はとても尊い存在で、認定にも厳しい条件がある。ただ異なる世界の知識があるだけで、聖女と認定することはできないと」

「……」

 当然だと、サーラも思った。

 エリーには、もしかしたら本当に異なる世界の記憶があるのかもしれない。

 でも、それだけだ。

 遠い昔にこの地に現れた聖女は、重傷者さえ一瞬で回復させるほどの治癒魔法を使い、精霊たちにも愛されていた。だから常に精霊たちの加護によって守られていて、害意を持つ者は近寄ることもできなかったという。

 エリーは、サーラに嫌がらせをされたと言っていた。

 突き飛ばされて、怪我をしたこともあると。

 でもエリーが本当に聖女ならば、サーラは彼女に害意を持っただけで近寄れなくなったはずだ。

 当然のように、国王もそれを指摘した。慌てたカーティスは、その真相をエリーに問いただしたようだ。

「もしサーラに嫌がらせをされたことが本当なら、エリーは聖女ではないことになる。そう言ったらエリーはあっさりと、嫌がらせは嘘だったと言った」

 直接嫌がらせをされたわけではない。

 でも、サーラは自分を疎んじていた。

 いつか本当にそうなりそうで、怖かったと涙ながらに訴えたそうだ。

 それを聞いてようやくカーティスは、すべてエリーの自演だったのではないかと思ったようだ。

 そうして詳細な調査が行われ、エリーは聖女ではないという結論が出た。

 エリーは最後まで、自分は聖女だとずっと主張していたようだが、もう誰も彼女の言葉を信じなかった。

「父は、当然サーラもそのことに気付いていたはずだと言っていた。それは本当なのか? そうだとしたら、なぜ何も言わずにすべて受け入れて、王都を去った?」

「もちろん、気付いていました。殿下に忠告もしたはずです。ですが、殿下は何を言っても聞いてくださらなかった」

「……それは」

 カーティスはあきらかに狼狽えて、何やら小声で言い訳をしている。

 そんな言葉は聞きたくない。

 あのときの心の痛みを思い出して、思わず感情的になりそうになる。

(もう、終わったことよ。すべて、過去のこと)

 そう自分に言い聞かせる。

 今さら終わったことの話し合いをして、何になるというのか。

 だがカーティスはサーラとは違い、昔のことばかり話す。このままでは彼が納得しない限り、何度でも修道院を訪れるだろう。

 だから仕方なく、彼との会話を続けることにした。

「聖女であるエリーに嫉妬して、そんなことを言うのだろう。殿下はそうおっしゃいました。何を言っても信じてくださらない方と話をすることに、わたしも疲れ果ててしまったのです」

 正直にそう答えると、カーティスは唇を噛みしめて俯いた。

「……たしかにそれは、俺が悪かった。エリーに夢中だったんだ。彼女を守るために、過剰に反応していたことは認める」

「謝ってほしいわけではありません。本当にもう、すべて終わったことなのです」

 カーティスの言葉は、本当に今さらだった。

 あの頃、彼にとってサーラは敵でしかなかった。それをよく知っている。

「父に、俺はサーラに見捨てられたのだと言われた。もう俺を王妃として補佐することはできない。そう思ったからこそ、すべてを捨てて去って行ったのだと」

 その言葉に、サーラは少し笑う。

 自分の父ははっきりとサーラに失望していたが、国王陛下は少し好意的に見ていてくれたようだ。

 だが、それでもサーラが王妃失格の烙印を押された事実は変わらない。

「見捨てられたのは、わたしの方です。この程度の騒動を治められないようでは、王妃は務まらないと思われたのでしょう。ですが、わたしはそれでもかまわないと思って、家を出ました」

「……サーラ。君は婚約者となってから、いつも俺を支えてくれた。そんな君を、俺はそこまで追い詰めてしまったのか。すまない。本当に……」

 彼の謝罪はきっと、本物なのだろう。

 でも、サーラの心には少しも響かない。だってカーティスの本質は、何ひとつ変わってはいないの だから。

 彼は父である国王に、サーラの従妹のユーミナスとの婚約を命じられたと言っていた。

 王命なのだから、それはもう決定したことだ。

 それなのに彼は、婚約者となったユーミナスを放っておいて、こうして毎日のようにサーラのもとを訪れている。それは婚約者だったサーラを疎んじて、エリーのもとに通っていたときと、まったく同じだ。

 それに、あれほど夢中だったエリーを、聖女ではなかったと知った途端、切り捨てている。

「殿下。そのお言葉が本当ならば、もう二度とわたしに会いに来ないでください。殿下の婚約者となったユーミナスを、今度こそ大切にしてください。彼女ならわたし以上に、殿下を支えてくれるはずです」

 きっぱりとそう言った。

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