楽之稀屋御伽草子
井田いづ
〇
りんりん、ころころ、からから、虫が鳴いている。
実に様々な虫たちが合唱していた。ここに季節などはないから、あれらはすべてまやかしだろう。
はじまりは、小さな舟の上からだった。
水面に合わせてゆらゆらと舟が揺れる。酔うことはない。竿を握るのは“店長”で、この頃の“僕”はまだ舟を漕げない頃だったから、ただ座っているだけだった。
唐突に店長がこちらを見て、のんびりと口を開いた。
「どうせなら一緒に旅をしましょうか」
どうです、と聞く彼に僕はすぐに頷く。
「いいですね」
かなり素敵な提案に思えた。なにしろ、ここの夜は気が遠くなるほどに永い。僕たちが眠るにはまだまだ時間がかかる。
「どんな旅にしますか」
「物語を織るのはどうです」
「物語を……? 織ってどうするんですか」
「どうにもこうにもしませんよ。私たちが道案内する役であることは変わりませんし」
「それはそうですけど」
「楽しみがあった方が張り合いも出るでしょう。色々な人の話を集めて、布みたいに織り集めれば、きっと素敵な色になるんじゃないかな。君も色々と知見を広げられるでしょう」
店長は悠然と微笑んで、舟を漕ぐのを止めた。岸に伸びた桟橋に舟をつける。ここを三途の川、忘却の河、なんと呼ぶかはわからない。僕らは長いことこの河にいた。
この河の渡守である店長と、その見習いである僕。
僕らは小さな家屋を見つけて、そこに店を構えることにした。彼は“店長”を名乗り、僕は“宙”と名乗ることに決めて、頼まれごとをなんでも請け負う珍妙な商いを始めたのである。
号して『
「それでは、始めましょうか」
店長が言って、僕が暖簾をかける。
──楽之稀屋、開店。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます