お人形あそびのお嬢様

ぺんぎん

お人形あそびのお嬢様

「好きよ、大好き」


 頬づりをすれば、滑滑とした頬が冷たくて気持ちいい。


 目を合わせれば、美しい瞳が自分を映す。

 この瞬間が最高に心を満たす。


 短い金色の髪はふわふわとしていて、撫でた手が少しくすぐったい。


「大好きよ、大好き」


 答えなんか返ってこない。このむなしさこそ、愛おしい。

 彼が答えないのは、彼が私のものだって理解できるから。


「……お嬢様」


 コンコンと、彼との逢瀬を邪魔する音がする。


「邪魔しないで」

「お食事の準備を」

「いつものように扉の前に置けばいいでしょ」


 なんて気が利かない使用人なのかしら。


「……畏まりました」


 だけど、それ以上邪魔しなかったのは誉めてあげる。

 聴こえなくなった足音。


 そして、私は細い指先でその唇を撫でた。


「大好きよ、大好き」


 先程と同じように、今日も愛の言葉を囁いた。

 そして、私の手がそっと彼の目玉をくり貫いた。


 彼の瞳は綺麗な宝石で出来ている。

 光に当てれば、綺麗に反射して、美しい。


「大好き」


 彼の瞳に何度も口付けて、私はうっとりと眺めた後、

 元の位置に戻しておいた。


 それを真正面から見れば、綺麗な唇が目に入る。


 撫でるだけで、自分の唇を合わせた事は一度もない。

 だって、そんなの、はしたないじゃないか。


 だけど、もう彼から口付けをされる事はない。

 何より、彼の口付けをもう一度、味わいたい欲求の方が強かった。

 ひんやりした口付けはとても多幸感を覚えるものだった。



■  ■  ■



「お前、お嬢様に声をかけたのか?」

「はい……」

「あれほど声をかけるなと言っただろう」

「ですが、お嬢様のお姿を見掛けなくなって、もう――」


 数週間は経つと、メイドは険しい顔で言った。


「それに、」


 昨日の食事は、一切手を付けられていなかった。


 昨日今日始まった訳ではない。

 ある日を境に、お優しいお嬢様は変わられた。


 婚約者が亡くなった。


 お嬢様は昔から人形作りがお上手で、よく気に入った相手に渡されていた。

 親愛の証として渡していたのだ。


 ご両親にも可愛らしい二体のお人形を渡して、喜ぶ姿を見たものだ。

 微笑ましいお嬢様のお人形作り。


 お嬢様の縁談が決まり、婚約者と面会した際。

 お嬢様は一目で恋に落ちた様子だった。


『僕は人形じゃない』


 丹精込めて作られたお嬢様のお人形を、一言で切り捨てた。

 そこからお嬢様はパッタリとお人形作りを止められた。


 仲睦まじい婚約者同士、お似合いだったのに。

 お嬢様を置いて、婚約者は逝ってしまった。


 それからお嬢様は本物そっくりに作った等身大の婚約者の人形と共に部屋に閉じ籠って仕舞われた。


「よほど婚約者の方を愛していられたのですね」


 お嬢様はと呟くメイドに対し、何故か執事は頷かない。

 違和感を覚えたメイドは執事の顔を見た。


「どうされたのですか?」

「いや、お前は知っているか?」

「何をです?」

「お嬢様が婚約者の方を毒殺したという噂だ」


 呆然としたが、すぐに我に返ったメイドは反論した。


「不敬ではありませんか! 何よりあの御方は病死だと」

「そうなのだが、お嬢様が……」

「お嬢様がどうなさっていたのです?」

「自慢されていたのだ。『綺麗な死に顔になったでしょう?』と誇らしく」

「それは……」


 婚約者を亡くされたにしては、無邪気な笑顔だったと。

 執事は険しい顔で語った。


 次の瞬間、美しい少女の笑い声が響き渡る。

 びくりと振り返れば、お嬢様の部屋からだった。


「お前ももうお嬢様に不用意に近づかない方がいい」

「……」

「幸いなことに、お嬢様は、」


 執事の視線が主人の部屋に向けられる。


「人形遊びに夢中のようだ」



■  ■  ■



「ねぇ、大好き」


 彼とよく似た頬を撫でる。


「大好き」


 陶器で出来た、ひんやりとした感触が好きだった。


『僕は君の人形じゃない』


 かつて貴方は私に言っていた。


「大好きよ、大好き」


 それで私、気付いてしまったの。

 私は貴方を、人形にしてしまいたいんだって。


 ずっとずっとそう思っていたの。


 だから貴方が、病気になってくれて本当に嬉しかったの。

 

 声が出なくなった貴方も。

 目が見えなくなった貴方も。

 感情が抜け落ちた貴方も。


 全部全部愛おしかった。


 だけどね、それだけだと足りなかったの。


『僕は君の人形じゃない』


 生きている貴方は私のお人形になってくれないでしょう?

 だからね、思いついたの。

 

 貴方そっくりのお人形を作ったらいいんだって。


 そうしたら、貴方は私だけのお人形になってくれるって。

 ほら、素敵でしょう?

 

 貴方が死んで、一番悲しんだのは私。一番喜んだのも私。

 お墓の中の貴方には触れられないけど、


 お人形の貴方がいつでも私の側にいてくれる。


「大好きよ、大好き」


 もう一度、貴方の唇に口づけた。

 いつでもひんやりと冷たい、陶器で出来た貴方は、


「大好き」


 私だけのお人形さん。

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