鳥籠の声

ぺんぎん

鳥籠の声

「綺麗な人」

「君の方が綺麗だよ」


 気障な台詞を並び立てる少年を、私はじっと見つめていた。

 少年は美しかった。


 絶えることのない縁談話が、彼の美貌を物語っていた。

 私はそんな彼の『婚約者』だった。


 彼に望まれて結ばれた婚約だった。


 彼の家は高貴な家柄であり、我が家は中流程度の家柄だった。

 そんな家柄の娘が、絶世の美貌を持つ貴公子に見初められる。


 傍から見れば、シンデレラストーリーに違いない。

 『ここ』に来るまで、友人達によく羨ましがられたものだ。


 だけど、私は、


「……」

「どうしたの?」

「……いつ、」

「え?」

「いつ私は『ここ』から出られるのでしょうか?」

「え?」


 彼はきょとんとした後に、


「ずっとだよ」

「……」

「ずっと『そこ』にいてよ」

「……ずっと、ですか」

「そうだよ」


「この鳥籠の中にですか」


 私は今、鳥籠の中にいた。

 大きな部屋にも感じる程の、広い鳥籠。


 彼の婚約者になって以降、私はずっとここに囚われていた。

 最初は訳も分からず、彼に詰問し、怒り狂い、時には罵り、泣き叫びもした。


 その度に彼はにこにこと笑うばかり。


「どんな君も綺麗だよ」

「君の取り乱すところ、初めて見たよ」

「どんな君も変わらず愛おしい」

「僕にだけ見せてくれるんだよね?」

「とても嬉しい」

「君の声、どんな時でも綺麗だよ」


 心からの愛を、歪んだ形で示してくる彼。

 なんでも私を初めて見た瞬間、鳥籠の中に仕舞いたいと思ったらしい。


「鳥籠の中に仕舞っておけば、君の声をずっと聞いていられるから」


 私の出自を調べる一方で、『私の為に』大きな鳥籠を用意した。

 そして、何も知らない私を『婚約者』に仕立て上げ、この鳥籠の中に閉じ込めたのだ。


 暇さえあれば、彼は私の声を聞いている。

 そんな状態が続けば、どうしたって感覚が麻痺していく。


 もしかしたら私はずっと彼に飼われていたのかもしれない。

 そんな錯覚にさえ囚われる。


「ねぇ、最近声を聞かせてくれないね」


 声を聞かせないこと。

 それがせめてもの抵抗であり、心が病んでいく証なのかもしれない。


「罵ってくれてもいいし、泣き叫んでくれてもいい。僕に声を聞かせてくれないか?」


 日に日に弱っていく『婚約者』に声をせがむ彼。


「どうしたら君の声を聞かせてくれる?」


 鳥籠の柵を揺らす彼を見る。


 最初は柵を揺らされる度、怯えて許しを請う事を繰り返したものだ。

 すると、怯える声も綺麗と言って、味を占めた彼は柵を揺らす仕草をするようになった。


 ただ、慣れてしまった今では、無表情でその様を見るだけだ。

 ――最近、食が細くなり、声が殆どでなくなったのも原因かもしれないが。


「ああ、そうだ」


 柵を揺らすのに飽きたのか、彼はピタリと止まった。

 

「君の恋人、覚えてる?」


 忘れるわけがなかった。


「彼、死んだんだよ」

「……死んだ?」


 枯れた声が漏れた。

 すると、嬉しそうに彼は言った、


「馬車に轢かれたらしい」


 無残な死に方だった。


「彼、僕が殺したかもしれないよ」


 煽るように、彼は言った。


「君を僕のものにする為に」

「……」

「ねぇ、何か込み上げてくるもの、ない?」


 ――込み上げてくるもの?

 恋人かれを、心から愛していた。


 だからこそ、込み上げてくるものがある。


「ねぇ」

「何?」

「感謝します」

「…………え?」

「彼を殺してくれたこと、感謝します」


 私は笑った。

 婚約者とは名ばかりの『飼い主』の前で、初めて微笑みを返した。


「感謝します」

「なんで、」

「感謝します」

「なんで、」

「感謝します」

「なんで、お礼なんか言うの?」


「彼を殺してくれたから」


 嬉しいと思った。


 ――『彼』がいるから。

 いつか出られる日が来たら、また会いたいと思った。


 だから生きていたようなものだった。


 徐々に精神的におかしくなっていく。

 私を生かす『彼』への想いが憎らしくもあった。

 

 だけど、『彼』が死んだのだとすれば、話は違う。

 愛する人がいないなら、想いに苦しむ必要もない。


 愛する人を理不尽に憎む必要もない。


 生きている必要もない。いいことづくめだ。

 だからこそ、私は感謝する。


「感謝します」

「違う」

「感謝します」

「僕が聞きたいのは、」

「感謝しま、」

「違う。僕は聞きたいのはそれじゃない」


 懇願にも聞こえる声。 

 初めて聞く『婚約者』の声の色。


「何故ですか?」

「何故って……」

「私の声が聞きたいのでしょう?」

「それは、」

「なら、感謝します。心からの感謝を」


 綺麗だと思った。

 

 私が恋人への愛を口にする度に、『飼い主』の声は苦しんでいる。

 その声のなんと綺麗なことか。

 ――なるほど、この人もこういう気持ちだったのか。


 他人事のようにそう思った。


「感謝します、ご主人様」


 彼は私の声を捨てられない。

 私は死ぬまで彼に飼われるばかり。


 だとしたら、ありったけの感謝の気持ちを込めて、

 彼の望まない声を捧げよう。


「心からの感謝を、貴方に」


 この鳥籠の中で。

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鳥籠の声 ぺんぎん @penguins_going_home

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