1999年7の月
トロピカルフルーツの濃厚な味と香りが心地よい高級ゼリー飲料風の朝食が終わると、朝一番で岩見さんが病室へ来て、俺に伝えた。
「晃さんのように長い仮死状態から覚醒したばかりの人にお勧めのコンテンツがあるのだけれど」
「コンテンツ?」
「そう。今いるこの場所は21世紀の歴史と密接に関わりのある施設でね、ここはその附属病院というか、研究施設の一部というか……」
「研究施設?」
嫌な予感がする。これは実験動物にされるパターンなのか?
「ええ。そういう複合施設の一部は一般にも開放されていて、案内用のプログラムが用意されています」
「どんなものなんですか?」
「音と映像で体験するゲームや映画のようなものかな」
「なるほど」
「試してみますか?」
「もちろん」
今俺がいる施設は、何やら特別な施設の一部らしい。その施設の外部見学者用に創られたガイダンス目的の動画があるようだ。
小学生の社会科見学で用いられるような体験学習用素材なのだが、見学者に合わせて内容を細かく調整しているので、ネットでは公開していないそうだ。
「このプログラムが、50年間の出来事を解説するのに丁度いいんです。既にあなたのような浦島太郎に向けて何度か試しているから、安心して下さいね」
確かに、俺のような人間がそれほど珍しくない存在であるというのは少々心強い。
「では体の力を抜いて軽く目を閉じていてください。始まっても動かずに、ただそのまま黙って映像を見ているだけでいいですからね」
俺はベッドの背をやや起こしてヘルメットのようなものを被せられ、目を閉じた。
そのまま眠るように意識が薄れ、次に視界が明るくなると、白い靄の中に浮かぶ黒御影石のような、重量感のある大きな文字が浮かんでいた。
「ようこそUSMへ」
USM……ユニバーサル・スタジオ・モンゴル、というネタが頭をよぎるが、余計なことは口に出さない。
俺が寝ているこの病室は、USMという名の組織が運営する施設のようだ。
雲の中に浮かぶ墓石のような質感の文字が動いて、変化する。
「USMの歴史」
ホラー映画の導入部のようなおどろおどろしい音楽が流れ、暗闇の向こうに赤い光と黒い煙に包まれるニューヨークの摩天楼らしきシルエットを遠くに望む。
炎と煙に包まれる摩天楼は遠く離れた場所であるが、まるで自分がその場にいて見ているような、生々しい臨場感のある映像である。
男性の低い声でナレーションが響く。
「十六世紀初頭、ルネサンス後期のフランスに生まれたミシェル・ノストラダムスは黒死病とも言われた恐ろしい伝染病ペストの治療をした医師であり、後にサロンの名士となった占星術師でもあり、同時に詩人で、しかも優秀な預言者であった」
そこで長い顎鬚を生やした男の肖像画が浮かび、続いて日本語に訳された有名な詩の文字が空中に浮かぶ。
続いて遠くに見えたマンハッタン島の映像が大きくなると、高層ビルが折れ、傾き、黒い煙に包まれている姿が間近に迫る。
ナレーションが続く。
「1999年7の月、空から恐怖の大王が来るという彼の予言通りに、その日世界中の大都市に巨大な隕石が降り注ぎ、立ち並ぶ建築物が破壊され、多くの住民は崩れた瓦礫の下に埋もれた。だが本当の恐怖は、その後に始まった」
映像が切り変わると、街を暴れまわる巨大生物の群れを遠くから映し出す。
「隕石が運んで来たとしか考えられない大小様々な怪獣が街を襲い、その醜悪な口が次々と人間を呑み込んだ」
違う映像が、怪物の姿を大きくする。
巨大なナマズに四本の脚を生やしたようなアンバランスで滑稽な姿がある。
次に二本足で歩くビルよりも大きなペンギンが映る。その両手はコウモリのような翼になって伸び、信じられないことに、そのまま巨体が空を飛んだ。
「それから一年ほどの間に、人類はその人口の九十五パーセントを失った」
映像が次々と逃げ惑う人々と襲いかかる怪物を映す。
怪物はどれも地球上の動物をデフォルメしたような奇怪な姿形をしていて、古い着ぐるみのB級怪獣映画に出てくる悪趣味な造形によく似ているが、それがかえって恐怖を煽る。
「これが後にノストラダムスショックと言われる、人類滅亡の最大の危機だった」
そして次に明るい女性の声が流れ、画面に文字が走る。
「さて、ここで第一問。先ほどの説明で、1999年から2000年の一年間で、世界人口は95パーセント減ったと言いました。では、1999年の世界人口はいったい何人だったでしょうか?」
すると、目の前に三つの選択肢が並んだ。
1.90億人
2.60億人
3.30億人
「さあ、正解と思う番号を触ってみて!」
俺は恐る恐る手を伸ばして、目の前の2番の数字に触れてみた。
ちゃんと自分の手が見えるので、現実のように感じる。
ピンポーンとチャイムが鳴り、「せいかーい、よくできました!」と褒められた。
「だから、たった一年の間に、世界の人口は3億人にまで減ってしまったんだよ。大変だねぇ」
まるで他人事のように明るく言うが、「いいのか、それで?」と突っ込みたくなるのを必死で我慢した。
ところで、1999年7月に大阪のUSJはオープンしていたのだろうか?
これが俺の中の第二問だった。
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