まほろばの湯殺人事件
今井 光
第1話 血に染まった湯
時空の旅人アルド。多くの難敵と戦い多くの迷い人の問題を解決してきた。その中での出会いの数は常人の域を超えておりその一つ一つはとても濃い。そして現在でも旅は続いており多くの出会いが待っている。
しかし最近は強敵との戦いが続いておりたくましい旅人アルドであったが少々疲労が溜まっていた。本人は正義感が強いため多少の疲れのことなど忘れて力を尽くしていたが流石に体が悲鳴を上げ始めた。そして今日は依頼を終えて久々に時間が空いた。依頼主と別れを告げいかるがの里を出発して呆然と怨丹ヶ原を歩いていたときふとアルドは思いついた
「そういえばこの近くに温泉があったよな。最近休めてなかったから骨休めでもしようかな。」
ボロボロな体を癒してくれる湯に浸り体の芯まで温め、包み込むように癒してくれる温泉の心地よさを想像すると自然と笑みがこぼれる。
「よーし、今日は思いっきり羽でも伸ばすかー。」
軽快な足取りでまほろばの湯に向かう。
温泉に近づくにつれて白い湯煙が周囲を覆い始め少しばかり視界が悪くなってきた。そして青い瓦の屋根で小さな建物の赤い暖簾がうっすらと見えてきた。これまで戦闘によって張り詰めた気持ちを緩める時間がくるとなると違和感を感じるが温泉は非日常でもあるので心が躍っているのがわかる。そしてついに暖簾の前に立ちいざ参らんと意気込んでいると
「ちょ、ちょっと待った!!」
入り口の手前に置いてある3つの木製の長椅子の1つに座っている白髪の男が慌てた様子でアルドに話しかけた。アルドは急な呼びかけに対して驚いた様子で男に聞いた。
「ど、どうかしたのか?」
「今は女の人が入浴する時間だ。男は入れないよ。」
アルドは口を半開きにして理解できていない表情で男に聞いた
「男湯はないのか?」
「まほろばの湯は浴場がひとつしかないんだ。だから男はこうして外で待つしかないんだ。」
アルドは納得した表情で
「なるほどな、そうなると時間で入浴が区切られているんだな。」
「いいや、時間で男湯か女湯かは決めていないんだ。」
アルドはまた口を半開きにして理解できていない表情で男に聞いた
「それじゃあ何で決めているんだ?」
「人数が多い方で決まるんだ。例えば浴場に誰もいない状態で女2人、男1人で入浴しようとした場合その浴場は女湯になるってわけさ。」
「そうなのか。てことは先客は女の人だったんだな。」
「まあ正確にいうと俺と連れの女の子2人の計3人だったんだが男は俺しかいないというわけで今に至っているわけだ。ちなみにあんたがくる前に女の人2人が入っていったから今浴場には4人いるってわけだな。」
「そうか、なら少し待たないといけないな。」
アルドはこれまで高揚していた気持ちがだんだんと沈んでいった。すぐ目の前にオアシスがあるが踏み入ることができないもどかしさに悶々としているがそれがこの浴場のルールなのだからそれに従うべきと考える正義感からこれは仕方ないと理解するしかなかった。悔しがりながらアルドは白髪の男の隣に親切に置いてある青い座布団に座り時間を潰すのであった。
「隣失礼するよ。」
小さく低い声色でアルドが喋ると白髪の男はそれを察してか
「まあそんな気を落とすなって。浴場は逃げないから気長に待とうぜ。」
と白髪の男はアルドを励まし2人は白い湯気に包まれながら待つことにした。
5分ほど経った。暖簾をくぐり誰かが出てきた。
「ふうー、さっぱりした。やっぱり温泉は最高ね。」
緑色の短髪の女性は体が熱っているせいか頬を赤らめえらく上機嫌な様子で口から言葉を漏らしていた。
「温泉はどうだったかい?日頃の疲れも取れたんじゃないか?」
白髪の男が緑色の短髪の女性に馴れ馴れしく話しかける。
「ええ。ほんと気持ちよかったあ。疲れが取れて最高よ。でも少しのぼせちゃったから近くで風に当たってくるわ。」
そういって緑色の短髪の女性が離れていきそれを見てアルドは白髪の男に話しかける。
「さっきの人あんたの知り合いか?」
「ああ、俺と一緒に来た2人の女のうちの1人だよ。」
この会話の後またしばらく男2人で静かに待つことにした。
また5分ほど経った。暖簾からまた誰かが出て来たのでアルドは横目で見ると赤い長髪の女が手で自分の顔を仰ぎながら自分たちの座っている長椅子の向こう側の長椅子の開いた和傘の下に座り一息ついている。赤い長髪の女性も熱ってしまったのか頬を赤らめ両手を椅子の座面に凭れ掛かり体を支え顔は空を向きながらまるでため息のように息を吐いていた。アルドは初め白髪の男の連れだったのかと思っていたが2人の間に会話がなかったのでアルドは男に耳打ちで
「あんたの連れじゃないのか?」
と聞くと男もアルドに耳打ちで
「いやあの人は知り合いじゃないよ。」
と首を横に振りながら赤い長髪の女性に聞こえないように答えた。そして男2人はまたこの会話を後に辛抱強く待つことにした。
そしてまた5分程時間が過ぎた。また暖簾から誰かが出てくると男2人は直感的に感じ取っていた。残り2人。あと2人この暖簾をくぐると自分たちはオアシスに踏み入ることができるという興奮の塊が男2人の胸の中に今か今かとはち切れんばかりに躍動しているのがわかる。その心の高ぶりが女の人が暖簾をくぐる姿を想像させる。しかしそれは想像であって現実ではなく実際には誰も暖簾をくぐる姿はなかった。そんな想像を繰り返してさらに5分程時間が過ぎると男2人は5分おきに女の人が暖簾をくぐるという事象は自分たちの勘違いだったことに気付き初め自然と心の高ぶりは静まっていった。そして男2人は暗い気持ちで待つことにした。
さらにまた5分程時間が経ったが暖簾を誰かがくぐる気配はない。赤色の長髪の女が出てきてから15分ほど経った。その赤色の長髪の女はもう長椅子には座っておらず少し離れた場所で風に当たってくつろいでいた。アルドは今日予定はないので気を長くしていることができ待つという行為自体久々だったのでこれはこれでまた気を休めることができて良いことだが白髪の男はなんだかそわそわしてきた。初めはアルドに気長に待とうと励ましていたが言った当の本人は限界が近づいてきた様子だ。ついに男は痺れを切らし立ち上がり
「ちょっと遅過ぎないか、少し声かけてみるよ。」
と男が言ったのでアルドは目を丸くし早い口調で
「待て、女の人がまだ入浴中だぞ!」
アルドが男の腕を鷲掴みにし静止しようとしたが
「大丈夫、浴場までは行かないよ。脱衣所まで行ってそこで声をかけるだけだ。覗きなんて卑怯なことはしないから安心しな。それにもしかしたらのぼせてぶっ倒れてるかもしれないからな。」
アルドは納得した。それもそうだなと思い掴んでいた腕を離し白髪の男は暖簾をくぐり脱衣所に向かった。アルドは男が戻ってくるのを待つことにしたが腕を組んで眉間にシワをよせた。考えてみれば脱衣所に入るのも問題だと思った。それにこの場にはいないが近くにいる女の人たちに頼むという手段があった。アルドは後悔の念に駆られたがもう遅かった。
5分程経った。男はようやく出てきてまたアルドの隣に座り
「どうやらまだ入っていたようだ。やれやれだぜ。女ってのは長風呂したがる生き物なんかね。」
白髪の男は息を吐きまた根気強く待とうと腕を組みどっしりと構えた。そんな男を横にアルドは躊躇なく
「なあ思ったんたけど別にあんたが行くことなかったんじゃないか?近くにあんたの連れがいたんだからその人に頼めばよかったんじゃないか?」
「確かに俺も途中でそうすればよかったと思ったけど、俺の悪い部分でね。気になったことは自分の足で確かめたい性分なんだ。」
アルドも困っている人がいると勝手に足が動くことがあるから白髪の男の気持ちもわからなくもなかった。けれどもう一つ気になったことがあった。
「やけに時間が掛からなかったか?あとどうやってまだ入浴してるってわかったんだ。まさかだとは思うけど覗きなんてしていないだろうな。」
「あ、ああ、さっきも言ったように途中で俺が行かなくてもよかったことに気がついて動揺しちまって。だから声をかけようかかけないかで迷ってよ。それで声をかけるのは驚かせちまうかなと思ってやめて荷物を確認したんだ。そしたらまだあったからよ、それでまだ入ってるてわかったんだ。」
正直何だか怪しさがある返答だったが特に悲鳴があったりしたわけでもないし実際覗いたなんてわからないからこのことについてはもう触れないようにした。
アルドが白髪の男と話していると緑色の短髪の女性が戻ってきた
「いけないいけない」
そう口にしながら女は足早に暖簾をくぐりものの10秒ほどでまた暖簾をくぐり脱衣所から出てきた。どうかしたのかと白髪の男が尋ねると
「大したことじゃないわ。ただ忘れ物をしただけよ。」
そう女が言い切った瞬間だった
「きゃーーーーーーーーーーーーーー」
尋常じゃない声があたりいっぺんに響き渡った。
ただ事じゃないと察してアルド、白髪の男、緑色の短髪の女は一目散に浴場に向かった。アルドは脱衣所を通り浴場へのドアを開けるが白い湯気が立ち込めていて何も見えなかった。恐る恐る足を踏み入れて進んで見るとぼんやりと黄色い長髪の女性が見えてきた。女は震えた体で何かを指差している。
「あ、あ、あれ」
湯煙がひどく何があるのかわからない。仕方なく湯に足を入れて探していると足元に違和感を感じた。湯の色というのは赤いものなのだろうか?その瞬間目を疑った。目に入ったのは首元を切られた青い色の長髪の女だった。
「な、嘘だろ」
アルドは湯などもろともせず走って駆け寄り女の頬を触り乱暴に揺らし
「おい!大丈夫か!しっかりしろ!」
しかし女の反応はない。
「どうかしたのか?」
後から白髪の男と緑色の短髪が来るが死体を目にした瞬間2人は悲鳴を上げた。
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