教室

カフェオレ

起床

 チャイムの音で目が覚めた。顔を上げると強面の教師と目が合う。こちらを睨みつけている。手元にはプリント。どうやらテストが始まると同時に終了の時間まですっかり眠ってしまっていたらしい。ならどうして起こしてくれなかったのか。まあテストなんてどうでもいい。俺の価値を点数なんかで測らせるものか。

 そう思っていると前の席のやつが振り向いた。怯えを抱くような、警戒するような目付きをしている。俺のような不真面目なやつが許せないのだろう。

 そうか、俺は最後尾なのだ。俺が前に送らないと答案用紙が回収出来ない。皆に迷惑がかかる。そう思い答案用紙を前に回そうとした時、用紙に名前を書き忘れていることに気付いた。別に書かなくてもゼロ点なのには変わりないが、後で文句を言われるのもめんどくさい。しょうがないから書いてやろう。シャーペンを手にして答案用紙の名前の記入欄にペン先を当てた、その時だった。

 あれ? 俺は何組だったかな。

 どうしたことか寝ぼけて頭が回らないらしい。ゼロ点なのも情けないが組さえ書けないとは何たることだ。仕方ないから出席番号を書こうとするがこれも分からない。なんだなんだ、どうしたんだ俺? そこまでバカなのか?

 自分の寝起きの悪さと記憶力の低さに失望する。おいおい、まさか名前までわかんねーなんてことはないよな。

 そう思った時だ。俺は戦慄した。名前の記入欄をひたすら見つめる。焦点は合っているにも関わらず、どこか意識が遠のく感覚。まるで今にも幽体離脱してしまうかのようだ。冷静なのか焦っているのか分からない、足元からじわじわと深い闇に侵食されていく感覚。

 分からない。自分の名前が思い出せない。

 書き慣れているはずの名前、しかし手が動かない。漢字の形や名前の響きを思い出そうと努める。だがさっぱりこれというものが浮かばない。

 なんだこれは。悪い夢なのか? 俺はまだ寝ているのか。

 しかし背中を伝う冷や汗の感覚。荒い鼻息。この感覚は本物だ。やはり俺は起きている。現実だ。

 たまらず顔を上げ、教室を見渡す。皆が訝しむような、俺を非難するかのような視線で見つめている。見覚えのないクラスメイト。見覚えのない教室。

 なす術もなく俺はだだひたすら、餌を求める鯉のように口をパクパクとさせるしかなかった。

 今はテスト中だったか、それとも普段通りの授業中か。いや、そもそも普段の学校生活が思い出せない。俺は中学生なのか、高校生なのか、それ以外なのか。

「おい」

 狼狽する俺を睨みつけたまま、試験監督の強面の男がこちらに詰め寄る。こいつは何の教師だ? 名前は? ダメだやはり思い出せない。

 男が机の前まで来ると俺は震える口を開いた。

「あの……ここは? 俺は……一体?」

 男は俺の両肩をガッチリと掴み顔面を近づける。近すぎて表情は分からないが怒っているのは確かだ。鼻息が顔に当たって気持ち悪い。

「俺は……俺は……」

 もうほとんど泣いていたと思う。誰か教えてくれ。これは何だ? 一体俺に何があった? そんな心の叫びを一掃するように男は言った。

「お前誰だ? いつからそこにいた?」

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