第3話
誠二は怒っているのだろう。
当然だ、皆の前で跡取りの話なんかを持ち出して、この家の恥を晒しただけでなく、誠二の顔に泥まで塗ったんだ、殴られても文句は言えまい。
何枚か襖をくぐって奥の部屋に入る。
「ごめんなぁ兄さん、最初に会わせなあかんだよな・・・」
そこには真っ白な姿で静かに横たわる父の姿があった。
大きく逞しい筈の父は、女性と見間違う程に小さくか細く見えて、本当に父なのかと疑いたぐる程に変わってしまっていた。
「ほら、そんなとこ立っとらんでさ、親父のそば来たってや」
言われて入口で立ち尽くしている自分に気づき、隣に並べられた座布団の一つに崩れるように座ると、向かい側に座った誠二が顔にかけられた薄い布をそっと取った。
「良かったなぁ親父、兄さん来てくれたで。いつぶりに会うんや?親父、母さんの葬儀の時も兄さんとは面と向かって顔合わさんかったもんな?」
俺はずっと、親父を殴ってやりたいと思っていた。
次に会ったら、次に会ったらとふつふつと怒りを貯めて生きてきた。
だからきっと今日も顔を見たら怒りが腹の底から込み上げてきて、暴れ出してしまうんじゃないかと、内心でヒヤヒヤと不安を感じながらハンドルを握ってきたのだ。
それなのに、どうだ。いざ顔を合わせてみると恐ろしいまでに心は凪いる。
脳も代わりに砂でも詰まっているかのように静寂で、身体は完全に木偶人形である。
俺は結局一言も発さないまま部屋を後にした。
人一人の死とは予想以上に大変で、皆泣く間も惜しんで働いている。
細かな準備の為に、大きな仏壇を開けて中を確認していると、経本やら法名帳やらが入れてある引き出しの中に白い封筒が入れてあった。
1番上にわざわざ置かれてあったそれを開けると、中には少なくないお金と『皆さんへ出すお茶菓子を買いなさい』と書かれた紙が入っていた。
死んでも尚世間体が気になるのかと、弟と二人肩をすくませたものだ。
作業は取り敢えずの方がつき、家の中が親戚だけとなった頃、式で流す映像用に写真が何枚か必要との事で、親戚全員で昔のアルバムを引っ張り出したのだが――
「まっさかこんなにあるたぁ・・・思わんかったな・・・」
「立ってても仕方ないし、順番に見ましょうや」
最初は疲れも後を押して、皆憂鬱そうにしていたが、アルバムとは不思議な物で巡る度どんどん明るい気分にさせられる。
「こりゃー昔の祭りの写真やな!」
「
「ホントだ!お婆ちゃんも若ーい!!」
「あっらぁー!誠ちゃんの七五三出てきたわ!」
「マジ!?これ父さん!?」
「優一が小さい時にそっくりね」
「・・・おい、親父の写真を探すんだろ」
「お父さんよりもな、叔父さんの方が若い時はイケメンやったんやでぇ?たっしかこの辺に・・・」
「誠二の初めての風呂やぞこれ!」
「なんやスッポンポンやないかい!」
「ちょぉー!!何やってくれるんや!爺さんらやめろやー!!」
全く、この人達は何やってるんだか。
「お?誠ちゃん
「ほんまや良かったなぁ」
泣くはずのこの家は何故か笑いで満ちていた。
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