ある空には虹がかかっていた

虫十無

あの空

 ここではないどこかにわたしの欲しいものがある、らしい。わたしは何が欲しいんだろう。ここではないどこかってどこだろう。ここってどこだろう。ここではないどこかなんてあるのだろうか。わからない、わからない。そもそもそんなこと、誰に聞いたのだろう。わからない。今は特に欲しいものはない、と思う。じゃあ、今までは、これからは、どうなんだろう。欲しいものはできるのだろうか。今までって、これからって……、なんのこと、ここはどこわたしは、わたし、は……


 嫌な夢を見た。多分明るい場所で、なのに何も見えなくて、何もわからなくて、声を出そうとしたんだと思う。そこで目が覚めた。意味がわからない。後で夢占いのサイトでも見ておこう。本当に夢かどうかはわからないけれど。

 そういえば、夢十夜でもこんな夢を見たと書かれてないものが好きだったな。夢は夢だとわからないほうがいい。たとえ荒唐無稽でも、わからないほうがきっといい。


 前回と同じ場所だ、なんとなくそう思った。こういう勘は大事にしたほうがいいと誰かが言っていた。誰だろう。あれ、待って、前回って何。前もこういうところに来たことがあるの。思い出して。思い出す。思い出そうとして、頭が痛い。重い。何も考えられない。考えるってなに。なに、これ。頭を押さえようとして、なにで、どうやって……


 嫌な夢を見た。昨日もこんな感じだった気がする。なんでこの夢の中では何もわからなくなるんだろう。頭が痛くなって、手で押さえようとしたら、多分手が無かった。手が無いだけじゃなくて、きっと手という概念も無くなってた。嫌な夢というか、怖い夢じゃないか。ホラーとか苦手なんだけどな。そういえば恐怖夢って深層心理にとってこよなき願望なんだっけ。嫌だな、それ。まだ他人の記憶が入ってくるほうがマシだと思う。いや、それも怖いからやっぱなしで。ホラーは苦手なくせに怖いことを次々考えつけるこの頭が嫌だ。なんでこんな発想があるんだろう。きっと読んできた本とかに何かしら影響されているんだろうな。何がこんな影響を及ぼしているんだか、考えたくない。

 そういえば夢占いとか見るの忘れてたな、まあいいか。なんか白い部屋とかなさそうだし、なんとなくだけど。夢占いって行動の話の印象だし。


 ここまで同じ場所だと認識障害の起こりやすい異世界なんじゃないのとか思う。むしろこのわけわからん場所が願望だとか信じたくない。流石に願望ってことはないとは思っているけれど、そういう知識があることもまた事実なので。余計な知識だなと今は思う。その知識はきっと今後の人生で活用されることはないだろうから、一刻も早く忘れたい。

 あれ、今回ははっきりした意識を保っている。ここは本当に今までと同じ場所なのだろうか。そもそもここはどこなのだろう。何もわからない。そういえば最初は明るいとしか認識できなかったな。多分ここは明るくて白い部屋……だと思ったけど、歩いてみると端にたどり着かない。見えるものは全く変わらないし、本当に何か見えているのだろうか。人間明るすぎても何も見えないらしいからな。わかるのはここが部屋ってほど小さいものではないということ。でも真っ白いってことは進めているかもわからないってことかもしれない。

 流石に真っ白が続くのはちょっと不安になってくるな。これが心象風景とかだったら普通に怖い。真っ白な心象風景とか私には何もないですってことじゃん。何かしらあると思うんだけどな。帰りたい。


 嫌な夢の続きを見た、多分。続きだって判断できるのが似たような状況ってだけだから、あまり確信が持てない。前回までは何もわからないところも共通だったけど、今回は連続のはっきりした意識があった。前回までと何が違ったんだろう。

 あんなに意識のはっきりしたのが夢なんだろうか。今まであんなに考えられる夢は見たことなかったんだけどな。あれは夢じゃないのかもしれないな。だとしたらなんなのか。考えたくない。いい場所じゃない気がする。


 これは前回の続きだな、なんか歩き続けているっぽいし。連続した意識だし。多分そうなんだろうなという、また勘だ。別に続きでなくてもいいのに。

 上を見ても下を見ても、右を見ても左を見ても、前を見ても後ろを見ても、全部全部白い。全部同じ。何も変わらない、何もわからない。きっと、私は見ては、いる。何も見えないけれど。

 前回と同じく何も見えないままかと思ったけど、遠くに何かがある気がする。そういえば、目とかあったな。今までは目がなくて白く感じてたけど今目が構成されてたりして、そういえば最初のほうで手が無かったもんな……やめよう、この話は。怖すぎる。見え始めた場所はどこだろう。この場所の端だったら嬉しいけれど。さらにはドアとかがあってそこから出ることで日常に戻って、わたしはこの夢を見なくなるとかだともっといいのに。かえりたい。もうここにいたくない。なんで私なの。


 嫌な夢の続きの続きを見た。中途半端なところで途切れるのはやめてほしい。それともあれかな、日常に戻りたいとか帰りたいとか思ったから夢が親切心おこして戻してくれたのかな。無駄な親切心だな。何があったかわからないほうがイライラするじゃないか。見たくないのに続きが気になるとかそれなんの地獄だろう。どちらを選んでもマイナス。というか、わたしに選択権はあるのだろうか。ないような気がする。多分全て私なのに。私に選択権があってもいいじゃないか。私のことくらい私が決めたい。せめて決めていると思い込みたい。

 あの夢はいつまで続くのだろう。終わるまでかな。そもそも終わりがあるのかな。終わらなかったらどうなるんだろう。ずっとあの場所にいなければいけないとしたら嫌だな。


 虹がある。綺麗な虹だ。虹がかかっていると言うより、そこにあると言うほうがしっくりくる。というか、虹だったのか、見えていたのは。普通の虹に見える。それなのに、近づける。だからだろうか。普通の虹は近づけないからこそかかっているという表現になるのかもしれない。それに対してこの虹は近づける、だから、あるという感覚なのだろう。でも言葉としてはかかっているの方が正確なのだろうか。そして、触ろうとしてみると触った感覚はないのに虹のあるように見える場所で手が止まる。そういえば手があるなとか一瞬思ってしまったけれど、わたしは何もかくにんしてません、いいね。虹を触っていたらなんだかワクワクしてきた。登ってみたい、その考えが言葉になる前にわたしの足は動き出していた。


 続きの続きの続きかな、そんな夢を見た。なんで虹なんだろう。あの場所はなんだろう。わたしはなんであんなところにいるんだろう。あんまり行きたくないなあの場所は。なんだか嫌な感じがする。

 虹の根元には宝物が埋まっているという話があったな、そういえば。でもあの虹には根元がなさそうだな。そもそも根元があったとしてこの白い世界の地面を掘れるのだろうか。そして何で掘るんだろう、手か。手は構築されたから使えるだろう。構築されたものがそのまま存在するという保証はないけれど。


 虹に、登れる。これほど楽しいことが今まであっただろうか。どんどん登って行ける。だんだん足の動きが速くなっていく。いつのまにかこんなに高いところまで来た。横を見ても下を見ても、上を見ても、全部、白い。虹だけしか色がない。高いところにいるのに下を見ても怖くないとかなかなかないよね。多分ここは高いし、虹の上だけど、空なんだろうか。上ではあるけど空ではないかもしれない。でも、空の定義ってなんだろう。きっと、自分が地面だと思うところより上なら、空だ。そう、ここは空。私は今、空にいる。感覚はないから浮いているのと何も変わらない、そんな状態で空にいる。こんな感覚なかなか味わえないだろう。空にいる、落ちないけど、何もない。面白い。

 何もないのに笑えてくる。何もないから笑えてくる。ただただ楽しい。登ってきて正解だ。ここまで楽しいのは予想していなかった。こんなに心から楽しいのは久しぶりかもしれない。この楽しさ、満喫しておこう。次はいつこんなに楽しめるかわからないから。もう一生これ以上楽しいことなんてないかもしれないから。

 落ちてみたい、唐突にそう思った。重力があるなら落ちられる。ここに私は立っている、そのはず。それなら重力はあるのだし、私は落ちれば落ちられる。怖い、けれどワクワクしている自分もいる。これは考えなしだろうか。そういえば読んだのが昔すぎて記憶が曖昧だけど、夢十夜にも考えなしに船から飛び降りる話があった気がする。わたしは後悔するだろうか。後悔してもいい。後悔なんて後からしかできないし、後になれば時間はいっぱいあるから。この衝動は今しかないから。今この瞬間しか。

 ここは空。だからきっと、飛べる。きっといける。今ならいける。

 飛ぶ。


 欲しいことはこれだったかもしれない。あれ、あるのは欲しいものだったかな。ものとこと、境界はどこにあるんだろう。欲しいものと欲しいことが混ざっていく。もうわからない。でも、欲しいものなんていうのは、もう関係ないかな、きっと私には。これ以上。


 嫌な夢を見た、多分。というか嫌な夢じゃなくて、普通に怖い夢だと思う。恐怖夢の話はもうやめたい。あれが異世界とか普通に死んだ方がましなくらい嫌なんだけど、私と同じ私とか、あんなのが。もう一生関わりたくないレベルなんだけど。もうあれは夢だと結論づけてもいいと思う。夢の中のわたしは楽しんでたけど、怖すぎるでしょ、こんなの。なんで飛ぶの。あんな高さぐちゃぐちゃじゃん。無理、なんであんな夢見るの。夢の中のわたし楽しみすぎでしょ。どうやったらあんな精神育つの……、なんであんなことできるの、それも楽しんで。ナントカと煙は高いところが好きというののナントカのほうなのかな。嫌な夢だな。本当になんであんなの楽しめるの。ちょっと前に自分の発想が嫌になったけど、向こうのわたしほどわけがわからなくないから、まだましかもしれない。そういえば今回の夢は長かったな。意味がわからないくらい怖かったけれど。というより、意味がわからないから怖いのかな。


 あれは夢。忘れるべき夢。これ以上考えてはいけない。これ以上思い出してはいけない。あれは遠ざけるべきもの。だから寄ってはいけない、近づいてはいけない。寄せてはいけない、たとえどんなに寄せたくても。たとえどんなに寄りたくても。


 痛い、いたくない、いたい、痛くない。だんだん何もわからなくなっていく。でも私は何かわかっていたのだろうか。わからない。何もわかっていなかったかもしれない。わからない。最初に戻っていくみたいだ。最初というのもすぐわからなくなっていくのだろうな。わからない。意識が途切れる、痛い、痛くない、いたい、いたくない……


 意識が途切れる瞬間とか初めて体験した。むしろあんなにはっきりした認識で意識が途切れることなんて普通ないだろう。貴重な経験をした。一生なくてもいい経験だったけれど。なんでこんなことになったんだろう。

 向こうのわたしはきっと死んだ。あんなところから落ちて即死じゃないことが信じられないくらいだから、きっとそうだ。痛かったのか。痛みは構築中だったかもしれない。だって向こうのわたしはいつもそう。多分そう。きっとそうだから。何もわからないのも、多分そういうこと。

 あんな人格は死んでもよかったかもしれない。あれは私ではないけれど、多分私でもあるものだったから。あんなものがこちらに出てこなくてよかったのだと思っておこう。それはきっと怖いことだけれど、とても魅力的でもあることだから。だって安心は何にもかえがたいことだから。安心を引き寄せて。


 今でもあそこには虹があるだろう。もうあそこには行けないと思うから見ることはできないけれど、きっとそうだ。行きたいような、もういいような。また見てみたいだけなのだろう、あの触れる虹を。あの虹はいいものだ。今ならそう言える。私ではなく私でもあるものがそう言うのだから。

 これから虹を見るとふらふらそっちに行ってしまいそうだな。あの虹はそこにはないのに。あればいいのに。どこかにはあるかもしれない。きっとあるだろう。あってほしい。

 行きたい、いきたい、行きたい、逝きたい、いきたい、イキタイ……

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