第64話 タロウをエリオット様に紹介

 ◇◇

 翌日の朝早く、この街に慣れてもらおうと、タロウと一緒にいつものパン屋に向かった。学園がある時はテオが買いに行くんだけど、冬休みの間は私が買い出しに行くの。


 タロウは街中が珍しいみたいで、キョロキョロしながら歩くんだけど、その様子が可愛いい~! 私より背が低いから、やっぱり弟みたいだよ。


「おばちゃん、いつもの丸パンを50個!」


 テオが、一人だとお茶コーナーが大変だと言うので、冬休みになる前からお茶コーナーで出すサンドパンを3種類から2種類にして、数も半分にしているの。私も、サンドパンを作る数が少なくなって助かっているけどね。


 テオはお茶コーナーを止めたいみたいだけど、サンドパンの販売を止めてしまうと、苦情が来ると思うのよね。常連のお客さんや、きっと……ロペス様からも。


 丸パン50個、これで2日分。1日25個いるんだよね~。店用に1日10個と、私は朝昼晩と丸パンを1個ずつ食べて、テオとタロウが2個ずつ食べるから、3人で1日15個は食べるの。余裕がある方が良いかな?


「……やっぱり、60個下さい」


 タロウがポカンと私を見るけど、いるのよ。あっ、おばちゃんがパンを袋に入れている間、タロウにパン代が全部でいくらになるか計算してもらおうかな。


「えっと……銅貨が60枚?」


「うん。タロウ、正解だよ。合っているけど、銅貨60枚をお店の人に数えてもらうのに時間が掛かるから、銀貨6枚渡した方が楽なの」


「そっか、銀貨を使うのか……」


「うん。持っている銀貨の枚数が足りなかったら銅貨を混ぜてもいいよ。あのね……」


 タロウにだけ聞こえるように小さな声で、「子供は、金貨をなるべく使わない方が良いの」と言うと、タロウが「わかった」と小さく頷く。


「はいよ! アリス、いつもありがとね~。おや、その子は?」


「タロウって言うの。おばちゃん、一緒に住むことになったからよろしくね」


「たろうです……」


「へえ~、従弟いとこかい? アリスと似ているね~」


 タロウと似ている? 同じ黒髪だからそう見えるのかな……昨日、タロウとの関係を従姉弟にするって決めたから訂正しないけどね。


 ◇

 店に帰ると、テオは台所でタロウにお金の計算の仕方を教え始めた。売り物の傷薬やポーションを使うなんて……学園が始まったら、絶対タロウに店番させる気だよね。


 店を開けて間もなくすると、エリオット様が来た。


「おはようございます、エリオット様」

「おはよう、アリス。果実水を頼むよ」

「はい!」


 エリオット様は学園が冬休みになると、レオおじいちゃんが来る火の曜日と店の定休日以外、毎日のように顔を出してくれる。そして、お昼近くになったら、アルバート様かロペス様が迎えに来るの。


 エリオット様が来られない日は、アルバート様かロペス様のどちらか、もしくは2人でお昼を食べに来てくれます。


 エリオット様に果実水を出すと、テオが奥からタロウを連れて来た。タロウは目を輝かせてエリオット様を見ている。うん、分かるよ! 白い騎士団の制服ってカッコイイよね~。


「エリオット様、いらっしゃい!」

「テオ殿……彼は?」

「ああ。これから一緒に住むことになったタロウです。タロウ、挨拶しろ」

「……一緒に?」


 エリオット様の表情は変わらず穏やかだけど、テオを見る目が笑っていない気がする……気のせいかな?


「た、たろうです。よろしくお願いします」


 タロウは目をキラキラさせながら、エリオット様に頭を少し下げる。


「あぁ、私はエリオット・フィリップスと言う。タロウ……変わった名前だね」


 エリオット様はタロウの顔を見て、微笑みながら挨拶に答えてくれた。


 タロウは、テオから勉強の続きをするように言われると、頷いて台所へ戻って行った。


「彼は、アリスと同じ黒髪なんだね」

「はい……」


 1番多い髪の色は茶色や金髪で、次に多いのは色鮮やかな赤や青い髪の人。紫や銀色の髪の人は少なくて、黒髪はもっと少ないのよね~。


「エリオット様、折り入って話があります。大事な……」


 テオが真面目な顔をして言うと、エリオット様の顔が少し引きつったように見えた。


「テオ殿……。何かな?」

「エリオット様、こちらへ……」


 テオは、エリオット様を作業場に案内すると、扉を閉めて話し出した。


 店から2人の様子をうかがっていると……テオの話を聞いていたエリオット様が、一瞬で驚いた顔になって固まった。タロウが<迷い人>だって話したのかな?  タロウに何かあった時、頼りになるエリオット様に相談出来たら助かるもんね。


ガチャ、チリン~チリン~


 あっ、お客さんが来た。



 暫くすると、テオはスッキリした顔をして作業場から出て来た。エリオット様は眉間に皺を寄せている……タロウの秘密を知らされたんだろうな~。エリオット様は、後で黙っていたって誰かに怒られないのかな? 騎士団長さんとか。


 その後、アルバート様が来られたので、又、タロウが呼ばれた。タロウがアルバート様を見て、ふふ、目を輝かせながら挨拶している。うんうん、騎士様の制服ってカッコイイよね~。


 テオは、台所へ戻るタロウの後姿を見ながら、アルバート様に話し出した。


 ――薬草を採りに<大森林>に行ったら、倒れている子供を見つけたので家に連れて帰って来た。目が覚めたタロウに話を聞くと、何故ここにいるのか分からないと言う。取りあえず、一緒に住むことになった――と、


 タロウが<迷い人>だということは隠しているけど、それ以外は本当のことかな。


「テオ殿、その……タロウと一緒に住むことになった経緯いきさつはわかりました。ですが、いくら周りに説明するのが面倒だからと、アリスの従姉弟かと聞かれてそのままにしなくても……従兄妹に見えますが……」


 アルバート様が奥を見ながら、「迷子を引き取った」でいいのではと言う。エリオット様は口を挟まないで、2人の会話をジッと聞いている。


「アルバート殿、周りから何で孤児院に連れて行かないんだって、変にかんぐられるより、そっちの方が楽なんですよ」


「確かに……噂になるな」

「副隊長、そうですが……」


 貴族も庶民も関係なく、みんな噂好きだもんね。

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