第39話 1年生② 火の曜日

 火の曜日の午後は、訓練場で魔法の演習の授業です。


 年少科の時と同じで、A・Bクラス合同の授業だけど、Aクラスにも騎士科へ移った生徒や新しく入学してきた生徒がいるみたいで、人数が少し減っていて初めて見る生徒もいる。


「えっ、あの方は……まさか」


 ミハエル様の声に釣られてその視線の先を見ると、レオおじいちゃんが訓練場に入って来た。先週来なかったから……私が1年生になったから、もう来ないと思っていた。


「アリス~! 先週来られなくてすまんかった。リアムが、ひよっこ共に挨拶しろと五月蠅くてな~」


 新しく宮廷魔術師になった方々への顔合わせがあったそうです。


「レオおじいちゃん、こんにちは」

「アリス、行こうかの」


 レオおじいちゃんが私のそばまで来ると、フランチェ先生も微笑みながら近寄って来た。


「マルティネス閣下、ここにもひよっこが増えたんですよ。是非、目標にすべきマルティネス閣下の魔法を見せてあげて下さい! アリスも、マルティネス閣下のな魔法を見たいと思っていますよ。フフフ」


 フランチェ先生は、前回は火魔法だったから今回は風魔法でお願いしますと言う。それって、フランチェ先生が見たいだけですよね?


「何じゃと……アリス、わしの特別な魔法が見たいか?」

「えっ、特別? レオおじいちゃんの特別な魔法……それは見たいです」


 これじゃあ、私もフランチェ先生と変わらないな……。


「そうか! じゃが、ここでは狭いのう」


 訓練場が狭い? 入学式をした講堂の倍の広さはあるのに……ということで、隣にある剣術大会が開催された競技場へ移動することになった。


 みんなでぞろぞろと向かい、生徒達は観客席で見学。私はレオおじいちゃんに連れられて、広い競技場に一歩入った。


「いいかアリス、競技場の中央を見ておれ」

「はい」


 レオおじいちゃんは、アイテムバッグから杖を取り出して『偉大なる風よ……』と詠唱を始めると、どこからか風が吹く音がした。


 ヒュ……


 風が……競技場の中央にくるくると渦を巻き始めた。えっ、風が集まるのが見える。


 ヒュ~~、シュルル……


 うわ~! 初めは小さかった風の渦が、どんどん大きくなって空に向かって1本の柱になった……竜巻だ。


「「「おおっ――!」」あれは……」


 ビュ――、ゴオッ――! ゴゴゴオオッ――!!


 それがあっという間に大きくなって、空高く……競技場の真ん中に太い風の柱が出来た。凄い! これは……訓練場だと天井を突き破ってしまうよ!


「「「最上位魔法、トルネードだ!!」」」

「いや~、素晴らしい!! 流石さすが、マルティネス閣下ですね!」

「ト、トルネード……マルティネス閣下、やり過ぎでは……」


 フランチェ先生のはしゃぐ声で聞き取りにくいけど、グレース先生の不安そうな声が微かに聞こえる。


「「「「おお――!!」」凄い!!」」

「「「キャ~!」」マルティネス閣下、流石ですわ!!」


 大きな歓声があがり、みんなのキラキラした視線がレオおじいちゃんと竜巻に集まる。そして竜巻が、ほどけるように消えていった。


「す、凄~い! レオおじいちゃんの魔法、凄いです!」

「フォフォフォ、そうかぁ~? さあ、アリスのお茶が飲みたいんじゃ。行こうかの~」

「はい!」


 最上位魔法だって! 凄い魔法を見せてもらった。レオおじいちゃんと手を繋いで競技場を出ようとしたら、リカルド様が駆け寄って来た。


「マルティネス閣下! 私もアリスのお茶が飲みたいです」


「何! アリスのお茶を……」

「へっ……?」


 うっ、変な声がでた。リカルド様が、キラキラと輝く瞳でレオおじいちゃんを見つめている。あぁ、『風の貴公子』と呼ばれるだけあって、あんな凄い風魔法を見たら……私のお茶が飲みたいと言ってでも、レオおじいちゃんから魔法の話を聞きたいよね。


「ムウ~、わしの許可がない奴には、アリスのお茶は飲ませんぞ!」

「……レオおじいちゃん?」


 許可って……お茶は店のお茶コーナーで売っているけど、ついて来るなって意味かな?


「では、私の風魔法を見て判断して頂きたい!」


 リカルド様はバッグから素早く杖を取り出して、競技場の中央に向けて風魔法を詠唱し始めた。


 ヒュ――、ゴオッ――!


 レオおじいちゃんの竜巻の半分もない細い……細くて低い竜巻? が起きた。


「「きゃ~~!」リカルド様~!」

「さすが、『風の貴公子』! リカルド様も竜巻を起こしたぞ!」


 これは……レオおじいちゃんに、自分の魔法を見てもらうのには成功したのかな?


「フン! 練りが甘いわ。未熟者め。魔力もまだまだじゃ。アリスのお茶を飲ませるほどではない。アリス、行くぞ」

「えっ、はい」


 レオおじいちゃんに手を引かれて競技場の出入口へ向かう。


「練り……? 魔力も……そうか、マルティネス閣下ありがとうございます!」


 レオおじいちゃんはリカルド様に答えることもなく、私に今日持って来たお菓子の話をしてくれる。「今日の菓子はな……」


 ◇

 店に帰ってレオおじいちゃんとのお茶の時間です。今日、レオおじいちゃんが持って来てくれたお菓子は、リアム様が、先週お茶会が出来なかったお詫びにと、今人気の季節のフルーツを使ったクリームのお菓子を持たせてくれたそうです。


「最近、リアムはうるさいことを言う回数が減って来たんじゃ。アリスのお茶を飲んでから、お茶を飲む時間の大切さを、身をもって分かったんじゃろう。良いことじゃ。フォフォフォ」


 レオおじいちゃんは、心も身体も休ませることが大事だと言う……リアム様も疲れているのかな?


「レオ様、いつもアリスを迎えに行ってもらってすみません」

「いやいや、テオ殿、あんな魔法の演習より、ここでお茶を飲む方が有意義な時間を過ごせるからの」


 レオおじいちゃん、魔法の演習の授業は勉強になりますよ。週2回あるうち、ほぼ1回しか受けられていないけど……。



 レオおじいちゃんが帰った後、テオに聞かれた。


「アリス、授業の途中で帰って、後で先生に怒られないのか?」

「うん。担任のフランチェ先生はレオおじいちゃんが来ると、いつも嬉しそうで、手を振って見送ってくれるの。今日なんて、レオおじいちゃんに特別な魔法を見せて欲しいって言うんだよ」

「魔法を見せて欲しいってのは分かるが、手を振って見送る……何でだ?」


 私がレオおじいちゃんと魔法の個人練習をしていると思い込んでいるみたいだと言うと、テオは呆れながら「まあ、分かっていても、レオ様に『ダメだ』なんて言えないわな」と言う。


 ◇◇

 翌日の朝、リカルド様がBクラスに来た。取り巻きの方もゾロゾロと……。


「アリス、君のお陰でマルティネス公爵に魔法を見てもらえたよ。ありがとう。その内、一緒にお茶をする許可をもらえたら……宮廷魔術師も夢じゃないよね。フフ」


「私は何もしていませんよ……」


 う~ん、レオおじいちゃんに魔法を見せて、一緒にお茶が飲めたら……認められたことになるのかな? 宮廷魔術師になれる可能性が大きくなるのね。


「マルティネス公爵は、毎週アリスのお茶が飲みたいって来るよね。どんな味なんだろう? 僕もアリスのお茶を飲んでみたいな。フフ」


「えっ?」

「「「「えっ!?」」リカルド様!?」イヤ~!」


 取り巻きの方を含め、聞き耳を立てていた周りのクラスメイトも目を見開いている。


 リカルド様……庶民が飲む普通のお茶です。取り巻きの方は置いておいて、周りの方が勘違いするような発言は止めてください。うわぁ……ご令嬢の皆さんが睨んでいる。

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