第18話 女神様ではない

 柔らかい光が、エリオット様の黒ずんだ右手に吸い込まれていく……。あっ、肘まであった黒と紫の”あざ”が、みるみるうちに薄くなって……消えた。もう、エリオット様の右手からゾワゾワしたモノは感じない……。


「なっ! あざが消えた……呪いが解けたのか!?」


「たぶん……。ポーションの効果が切れても痛みがなければ、解けたんだと思います」


 「呪いは解けました」って言いたいけど、今だけ抑えられていているかも知れないから様子を見たほうが良いよね。


 テオが横に来て、驚いているエリオット様に話しかけた。


「エリオット様。エリオット様は、俺がこの前ダンジョンで見つけたエリクサーを飲んだんです」


「えっ、テオ殿……どういう意味かな?」


 テオ……?


「もう1度言います。アリスは何もしていません。良いですね? エリオット様の呪いは、俺が宝箱から出したを、飲んで治ったんです」


「そうか……分かった。私の呪いは、アリスの魔法ではなく、テオ殿が宝箱から出したエリクサーを飲んで治ったことにするんだね。教会に、アリスのことを知られたくないのか……」


 あっ、そうか……私のためね。


「はい、そうです。アリスは聖女になりたくないんです。俺と一緒にいたくて、教会には行きたくないんですよ。だから、トーマスさんとステラさんも、アリスが聖魔法を使えることは秘密にしてください。よろしくお願いします」


 テオが深く頭を下げたので、私も一緒に頭を下げた。


「「畏まりました」」


 トーマスさんとステラさんが、しっかりとうなずいてくれた。


 聖女様が治せなかったエリオット様の呪いを私が治した……みんなが口をそろえて、『教会に知られると連れて行かれる』と言うから、それは『絶対にイヤです! テオと一緒にいたい』と言っておく。


「了解した。アリスが聖魔法を使えることは誰にも言わないと約束しよう。呪いが解けたことも、しばらくは言わないでおうこうか……呪いが解けたと知られれば、私の周りも五月蠅うるさくなりそうだしね」


「あ~、エリオット様、ついでにエリクサーの出所でどころも秘密にしてください。俺の周りも五月蠅くなりそうですから」


「フフ、分かった」


 エリオット様は、なくなった婚約話が再び持ち上がるのが面倒だと言い、テオは他の冒険者から、どこでエリクサーを出したのかと付きまとわれそうだと言う。そっか、呪いが解けても面倒なことが出て来るのね。とにかく、私が聖魔法を使えることは秘密にしてくれることになった。


「皆さん、ありがとうございます。テオもありがとう」

「おう! アリスは俺が守るからな」


 ふふ、テオったら。



◇◇◇

 あの後、ポーションの効果が切れても痛みはなく、呪いのあざも消えたままだったので、エリオット様は、エリクサー代としてテオに大金を渡したそう。


「アリス、これは報酬の半分だ。残りは俺が預かっておくからな」


 そう言って、テオから白っぽい金貨を5枚渡された。普通の金貨より大きくて、少し長細い形……両面にキレイな細工がしてある。


「テオ、これ……もしかして白金貨?」

「ああ、そうだ」


 うわ~、白金貨なんて初めて見たよ。えっ? 白金貨1枚って……金貨100枚じゃない! 金貨1枚あれば、2人で10日は食べていけるのに、白金貨1枚でどれだけ食べられるか……計算出来ない……。


 もしも、白金貨でパンを10コ・銀貨1枚分を買ったら……お釣りが金貨99枚と銀貨9枚……絶対、パン屋のおばちゃんにお釣りがないって怒られる。パンを100個買っても怒られるね!


「アリス、無駄遣いするなよ」

「テオ、これは使えないよ……」


 エリオット様は、呪い解除の報酬として白金貨10枚では少なすぎると言い張ったそうです。でもテオは、私のことを秘密にしてもらうのと、何かあった時に相談に乗って欲しいと言って、白金貨10枚で話を収めたそう。


 呪い解除の相場価格なんて知らないからね~……もしかして、エリオット様が聖女様に呪いの痛みを消してもらっていた時、お布施に白金貨を払っていたりして……まさか、それ以上? ぼったくりだ!



◇◇◇

 あれからエリオット様のお屋敷に行かなくなったけど、しばらくして、エリオット様が、私がお屋敷に顔を出さなくなって寂しいと言って、美味しいお菓子を持って来てくれるようになりました。ふふ。


 ガチャ、チリンチリン~


「アリス、おはよう。果実水を貰おうか」


 火の曜日、今日もエリオット様はニコニコしてカウンター横のテーブルに着いた。


「エリオット様、おはようございます。はい、すぐに用意しますね」

「今日も来たのか、エリオット様……」


 テオは、エリオット様が来ると少し機嫌が悪くなる。


「フフ、アリスは……テオ殿の女神様は、私の『』でもあるからね」


「何だと! アリスはの女神だ!」


 そう言って2人は毎日のようにケンカ? 違うな~、じゃれ合っている。私はそれを聞きながらお菓子をいただいています。女神様はイヤだけど、美味しいお菓子に罪はないと思うの。ふふ。


 ガチャ、チリンチリン~


「アリス、美味しいお菓子が手に入ったぞ~」


「あっ、レオおじいちゃん、いらっしゃい~」

「レオ様、いらっしゃい!」


 レオおじいちゃん、今日はいつもより来るのが早いですね。ふふ。


「えっ、何故、マルティネス様がここに……レオおじいちゃん?」


 あれ? エリオット様が驚いているけど、アルバート様やロペス様からレオおじいちゃんのことを聞いてないのかな?


「ふん! わしとアリスは、茶飲み友達じゃよ。エリオット、お前も『レオおじいちゃん』と呼んでも良いんじゃよ? フォフォフォ」


「えっ……」


 エリオット様がポカンと口を開いた。


 前に、アルバート様からレオおじいちゃんは偉い宮廷魔術師だと聞いたけど、その後、ロペス様がレオおじいちゃんと店で顔を合わせることがあったの。その時、ロペス様が、レオおじいちゃんはエリオット様の母方のおじいちゃんだって教えてくれました。つまり、レオおじいちゃんが言っていた、可愛くない孫の一人はエリオット様なのかも?


 ガチャ、チリンチリン~


「エリオット副隊長、そろそろ戻ってください。仕事が溜まっています」


 今日はアルバート様が迎えに来た。この前はロペス様で、2人は交互にエリオット様を迎えに来る。


「エリオット様! アルバート殿が迎えに来たぞ!」


 テオが、いつものようにエリオット様を追い立てる。ふふ。


「うむ。エリオットは仕事をせんとな! さっ、アリス、わしの持って来た菓子を一緒に食べようかの~。テオ殿も1つどうじゃ?」


「はい。レオ様、ご馳走になります!」


 レオおじいちゃんが持って来たお菓子は、エリオット様が持って来たのと同じお菓子だった。


「ぬ……これはエリオットが持って来たのか? こしゃくな」


「……フッ」


 あっ、エリオット様の顔がスンってなった。


「……アリス、日替わりのサンドパンを貰えるかな。アルバート、食べてから戻る」

「了解しました。アリス、私も日替わりとオークハムのサンドパンを頼む」


「はい! ありがとうございます」


 ふふ、エリオット様たちは、お昼を食べてから騎士団に戻って行くの。最近の『テオの薬屋』での光景です。




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