第34話 トッシュはメイドといちゃつく
転居したばかりだし、新たな住人ルクティも増えたので、まだまだ身の回りの品が不足している。
トッシュ達は3人でホームセンターに行き買い物をした。
車が苦手なシルをルクティに任せれば、トッシュは車を借りることが出来たので、輸送効率は大幅にアップした。
思いつく限りの物はひととおり揃えることが出来た。
同時に、トッシュの貯金はすっからかんになった。財布の中に、当面の食品が残るのみ。
18時頃になると懐中電灯の電池や洋灯の燃料が勿体ないので、トッシュ達はまだ眠くはないが、早めに寝ようとした。陽が沈んだら寝て、陽が昇ったら起きる生活をしようというのだ。
だが、布団に入って暫くすると――。
もそり。
ルクティが起き上がる。眠れない……。
全裸でトッシュと同じベッドに入っているからではない。
ルクティもまた全裸で眠る文化の出身者だから、全裸自体は問題ない。
惹かれ始めている異性と同衾することに何も感じないかといえば嘘になるが、そこはメイドの自制心や人としての理性がある。
いまルクティが眠れなくなっているのは、暗闇になるとどうしてもゾンビ時代の記憶が蘇ってくるからだ。
忘れようとしても辛い記憶は、目に見えぬ深いところから亡者のように這い出てくる。
ルクティの震えるような気配を察してトッシュも上半身を起こす。
「どうした。眠れないのか?」
「はい……。あの……」
「俺にしてやれることだったら遠慮せずに言ってくれ」
「はい……。あの……。その……」
「遠慮するなって」
「……はい。あの……」
ルクティは何度も言い淀む。
口を開いては閉じ、何度も何度も迷った挙げ句に、頬を朱に染めて上目遣いで訴える。
「噛ませてください」
「……ん? いまなんて?」
「噛ませてください。体がうずくんです。人を襲って噛みたいって……」
「あー。まだゾンビの時の習性が抜けきってないのか。分かった」
トッシュはスキルで自分の防御力をいい感じに調整する。
「ほら、遠慮するな」
「はい……。カプッ……」
ルクティは、最初は遠慮しながら唇で首筋に触れて、
それからゆっくりと自分の物だとマーキングするかのように舌先で唾液を塗っていく。
「はぁはぁ……」
ルクティは恍惚とした表情を浮かべると、瞳に怪しい色を浮かべてから、ガブッ。
トッシュの首筋に噛みついた。
「な、なんか、くすぐったいな」
「ガジガジ……」
「俺は痛がったり苦しんだ方がいいのか?」
「はひ……。できれば、痛がってくださると、興奮します……」
「興奮するのか……」
「……硬い……。もう少し柔らかいと、もっと興奮します」
「分かった。防御力を少し下げる」
「ガブッ」
「ぐああああっ!」
トッシュはシルを起こさないように声を低くして、苦しむ。
「ガブガブッ!」
「ひいいっ。やだあ。死にたくないッ……」
「ガブガブ!」
ルクティは一度口を離し、反対側の首に噛みつく。
「血が……血がこんなにたくさん……。あ……あ……」
「ガブッガブッ!」
「あっ……ああっ……。助け…て……。母さ……ん……。
うっ……」
「ぷふーっ。ありがとうございます。満足しました」
「うー」
「……ご主人様?」
「うー!」
「わ、私のせいで、ご主人様がゾンビに……」
「うーッ!!」
「きゃあっ」
トッシュはふざけている。ゾンビのフリをして、ルクティの首筋に噛みついた。
もちろん害意はないので、歯形の残らないような甘噛みだ。
現代日本の感覚からすれば、全裸の男女が声を押し殺して互いの首筋に噛みつき合っているのは、それはもう、とても淫靡なことであるが、彼等はただじゃれあっているだけであった。
もぞり。
シルがみじろぎする。
さすがに同じベッドで寝ていて、しかもトッシュとルクティが自分の上でいちゃついていれば、目が覚める。
しかしシルは寝ぼけた目でふたりの様子を見ると、すぐに半分瞼を開けたまま眠りに着いた。
寝ぼけ半分ではあるが、シルは確かに、トッシュとルクティの行為を見ていた。
そして、土曜日が来る。
シルに古着をあげるという口実、いや、約束があるから、レインがやってきた。
レインは意図的に古着を少しずつ運び、何度もトッシュの家を訪れる計画だ。
むしろ、べ、別に先輩に会いに来ているわけじゃなくて、シルちゃんと遊びに来ているんですからね! という建前すら持っている。
レインが洋館のドアノッカーを叩いて来訪を告げたとき、真っ先に駆け寄って迎え入れたのはシルだ。
シルはレインが大好きだ。
何故なら、他の大人達よりも自分の話を楽しそうに聞いてくれるから。
だから、シルは語り出す。
この一週間見てきた夜の出来事を――。
修羅場が……訪れる……。
◆ あとがき
修羅場の予感をさせつつ、第六章:メイド誕生編は完結です。
続きは何も考えていません。トッシュはルクティといい感じになってるけど、レインはどうなっちゃうんでしょうね。
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