第8話 トッシュは洋館を買った

トッシュとシルは目的地の洋館前まで、残り数百メートルまで来た。


「家に入る前に手続きがあるから、

 俺とシルは家族で大人という設定でいくからね?

 赤の他人で未成年がふたりだとちょっとまずいから」


「分かった!」


「え。なになに、なんか凄い気合い入った返事」


「任せて! シル、大人、得意!」


「……? お、おう。

 ほら。

 ちょっと前から荒野の中にぽつんと見えていた、あの豪奢な洋館。

 アレが僕が買った家です」


「え? トッシュってお金持ちなの?」


「違うよ。僕が借りてた部屋、見たでしょ。貧乏です」


「でも、お城みたいに大きいよ?」


「そうだね。三階建てで一階層あたり八部屋有ります。

 ナーロッパは物価が安いし、曰く付き物件だからね。

 じゃ、ここから大人。いい?」


「ええ。分かったわ。トッシュ」


 屋敷の手前にはテントが有り、

 中から兵士がふたり、槍を携えて出てきた。


 トッシュは警戒を解くために、殊更明るく振る舞う。


「こんばんわー。

 俺がこの屋敷を購入したトッシュ・アレイです。

 こちら購入契約書。連絡、来てますよね?」


 トッシュは兵士に書類を渡した。


「書類に不備がないか確認する。少し待て」


「はい。お願いします」


 書類は正式な物だから、兵士が確認するのを待つだけだ。


 何も問題は起こらない……はずだった。


 シルが一歩前に出て、トッシュの前に立つ。


「こらトッシュ!

 失礼な口の利き方は駄目でしょ!

 そんな子に育てた覚えはありませんよ!」


「……?!」


 シルが奇行に出たとしか思えないため、トッシュは混乱した。


(なんで、大人のフリをしろと言ったのに「そんな子に育てた覚えはありませんよ」なんて言葉が出てくるんだ? いや、待てよ。俺は「家族のフリをしろ」と言った。大人のフリをしろとも言った……。それは、エルフが人間と比べて外見年齢が遥かに若いからだ。……まさか、シルは俺の母親のつもり?! シルのやつ、家族のフリをしろって言ったから、妹でも姉でもなく、母親役になったのか?! マジで?! 「大人得意」って言っていたけど、まさか、おままごと?!)


 この間、僅かに瞬き一度。

 トッシュはシルの意図を推し量った。


「ご、ごめんなさい母さん……」


 トッシュは頭を下げつつ内心、焦っていた。


(ちょっとちょっと、兵士にめっちゃ不審がられない?!)


 しかし、トッシュの不安は杞憂に終わる。


 兵士は相好を崩す。


「ああ。すみません。見慣れない格好をしているので分かりませんでしたが、貴方はエルフですか」


「ええ。これ、日本で流行っている服なの」


「へえ。独特な文化ですね。

 すぐそこにあるって知っていても、私は日本に行ったことはないんですよねえ」


「そうよね。私も夫が日本の出身でね」


「ああ。なるほど。それで、旦那さんは?」


「……」


「ああ、これは失礼」


(シルがそこまで設定を考えていなくて黙り込んだのを、兵士が勝手に、

 旦那を亡くしたと勘違いしたっぽいな)


「君、お母さんを大切にするんだぞ?」


「はい。シル母さんは僕の尊敬する母です。父の分まで大切にします」


「ふふ……。

 トッシュ、普段は恥ずかしがって私のことを母さんと呼んでくれない貴方が、母さんと呼んでくれて嬉しいわ。

 昔みたいにママと呼んでくれてもいいのよ」


「ありがとう母さん。

 あとで家族水入らずになったら、たっぷりお話ししようね」


「ええ」


 トッシュは、シルのおままごとが兵士にバレやしないかと、

 内心ではヒヤヒヤしていたが、上手く書類確認は進んだ。


「……確認しました。書類に不備はないようです。

 ですが、お母様、いいんですか。

 この館、攻略難易度A級のホラーハウスですよ?

 誰も入らないように教会がわざわざ私達のような見張りを置くくらいです」


「ええ。もちろん、ホラーハウス? 住んでみたかったの」


「な、なるほど。ですが、本当に大丈夫ですか?

 攻略難易度は、CでもDでもなく、Aですよ?

 息子さんが何か勘違いをされて、購入する物件を間違えたのでは?」


 兵士が視線を向けてきたから、トッシュは会話を引き継ぐ。


「ご心配、どうもありがとうございます。でも、大丈夫です。

 僕の職場は転生者支援部戦闘支援課なので」


「え? 転生支援部の戦闘支援課? 聞いたことあるな。

 なるほど。そういうことか。分かりました。

 では、書類も確認しましたし、我々は教会に戻ります。

 もし手に負えないようでしたら教会にご連絡ください。

 有料ですが、専門家の派遣も可能です」


「ええ。ありがとうございます。任務お疲れ様です」


「では、失礼します」


 兵士達はテントを片付け始めた。


「よし。母さん、僕達は家に入りましょう。早く家族水入らずになりたいな」


「そうね!」


 テントの撤去が終わるのを待つ必要もないので、

 トッシュはシルの手を引き、洋館へと入った。


 親子ごっこが後に騒動に繋がることを、まだ誰も知らない……。

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