第9話 シルはひとりで眠れない

「じゃあ、ママに説明するね?

 ここは、今朝転移したゲーム領域。

 この世界はこの洋館みたいに、ゲーム領域が突然、

 転移してくることがあるんだ」


 玄関ホール内を見渡しながら、トッシュは説明する。


 陽はほとんど沈んでいるが、正面にある両階段や、左右の壁が白いため、

 薄らと何処に何があるのかが見える。


「ゾンビサバイバルホラーアクションゲームの舞台になった洋館かな。

 所有者がいない土地だし、モンスターが出現する可能性が高いから、

 安く買えた」


「ゾンビサバイバルアクションってなに?

 ここにはゾンビが出るの?」


「それはまだ分からないから、これから調査かな。

 いや、それにしても、日本とファンタジーの境界エリアで、

 こんないい物件、ほんと、ないよ。すっごい運が良かった。

 僕の二年分の貯金を頭金にして、ローンで買えた……」


 トッシュは玄関ホールの広さに満足しつつ、

 まずは入り口右手にあるドアを開けてみた。


「ベッドと、小さな棚にテーブル。使用人室かな?

 ママはどう思う?」


「分かんない」


「隣の部屋は……。こっちも同じ内装。使用人室かな。

 確かに使用人がふたりは要りそうな大きさの屋敷だしなあ。

 成る程。

 一階の右側は使用人室と、あと奥は厨房、使用人用のトイレと」


 トッシュはとりあえず、屋敷の入り口右側にある部屋を確認した。


「よし。館の探索や掃除は明日か。

 今夜はランプの準備がないし電気も無いから、暗くて何も出来ないし、

 寝るしかない。

 ベッドが少し埃っぽいけど、我慢できる?」


「う、うん」


「じゃあ、ママはこの部屋。俺は隣に居るから。

 何かあったら呼んで」


 トッシュはシルと別れ、自分用に割り当てた部屋に向かおうとする。

 しかし、腰に小さな抵抗を感じる。


 シルがトッシュの服の端を掴んでいた。


「ん?」


「トッシュ、ひとりで寝るの怖いよね?」


「んー。まあ、少しは」


「ひとりで眠れないよね?」


「さすがにそれは大丈夫かなあ。

 職業柄、ダンジョンで野営することもあったし」


「でも、ここ暗いし、モンスター出るかもしれないし? 怖いよね?」


 トッシュはシルの言いたいことを察した。


(あー。

 要するに自分が怖いんだけど、怖いって素直に言えないのか)


「ママが一緒に寝てあげてもいいのよ?」


「んー。せっかくベッドがふたつ有るんだから、ひとりひとつだよね?

 他の部屋を捜索すればダブルサイズのベッドくらいあると思うけど、

 夜だからモンスターが出る可能性があるんだよなあ」


「で、でも……。

 トッシュ、ひとりだと怖くて眠れないよね?

 ママが一緒に寝てあげる……」


 シルはトッシュの腰に抱きつくと、

 絶対にひとりは嫌と頑なに主張。


「ごめん。ごめん。分かったよ。

 ちょっとからかった。

 ……仕方ない。スキルを使うか……。シル、離して」


「ひとりにしない?」


「しないしない」


 トッシュが頭を撫でてあげるとようやくシルは手を離した。

 見上げてくる瞳は潤んでいる。


「僕のスキルを使って、同じ部屋のベッドで寝られるようにする」


「壁を壊すの?」


 トッシュはシルと共に手前の部屋に入る。


「ん? せっかく買ったのに壊さないよ」


「じゃあ、どうやって一緒の部屋で寝れるようにするの?」


「ステータス編集のスキルでだよ?」


「攻撃力アップして壊すの?」


「ああ。違う違う。俺が編集できるステータスは、触れたものだから。

 壁のステータスを変更するの」


 トッシュ壁に触れると、

 トッシュにだけ見える不可視のステータスウイドウが表示された。


 様々な項目がずらりと並んでいる。


「えーっと。あー、これにしよう。

 ステータス『Visible』の値を False に変更」


 トッシュは複数ある設定値のひとつを変更した。


 その瞬間。壁が消えた。


「あ、あれ。壁がなくなっちゃった」


「消したわけじゃないよ。見えなくしたの」


「凄い。トッシュのスキル、凄い……」


 暗くて怖いからか、シルの声はちっちゃい。

 昼間のように大きな声は出ないようだ。


「これで怖くないでしょ?」


「う、うん……。

 ねえ、トッシュのスキルは他にどんなことが出来るの?」


「他に? 色々出来るよ。

 壁なら色を変えたり、強度を変えたり、

 壁の持つ性質だったらなんでも変えることが出来る」


「凄い。トッシュ、壁のスペシャリストだ」


「別に壁限定のスキルじゃないよ。

 どんな物でも触れれば設定値を変更できるからね」


「うん! ねえ、他にどんなことが出来るの?」


 シルの声がだんだん元気になってきた。

 トッシュのスキルに興味を持っているらしい。


 褒められたり興味を持たれたりするのがまんざらでもないトッシュは、

 ちょっとだけ調子に乗る。


「食いつきいいな。手品みたいで面白いの?」


「どんな凄いことが出来るの! 教えて!」


「うーん。

 あ、ちょうどいい。テーブルの上にチェスの駒があるよね。

 持ってみて」


「うん」


「駒のステータスを編集。重さの値を2倍に変更」


「わ。トッシュが触れたら、急に重くなった」


「大抵の性質は変化させられるよ」


「凄い! トッシュ凄い!」


「へへへー。そうでしょー。凄いでしょー。

 日本だとスキルを評価するときに政治や経済への影響力を重視するから、

 僕のスキルは四級だけど、

 戦闘力を重く評価するファンタジーエリアだったら多分、

 B……いや、A級になるかも?

 凄いんだぞ!」


「凄ーい! ねえねえ、物の大きさも変えられるの?」


 シルは夜空に輝く星に負けないくらい、瞳をキラキラさせ始めた。

 トッシュは褒められて気分がいいい。


「うん。大きさを変えることも出来るよ」


「じゃあじゃあ、このベッドを大きくしたりも出来るの?」


「もちろん。ちょっと離れて。

 幅の値が100cmだから、200cmにすれば、ほら」


「凄い! ベッドが広くなった!」


 シルは両手足を広げて全身でベッドに飛び込んだ。


 そして、べしべしと、隣を叩く。


「……」


「これで一緒に寝られるね」


「えっと……。

 もしかして最初からこれが狙いで俺をおだててた?」


「隣の部屋のベッドは離れた位置にあるから、

 トッシュ怖くて眠れないよね?

 今日はママが一緒に寝てあげるわ!

 甘えてもいいのよ!」


「はいはい、分かった分かった。

 じゃあ、今日はママに甘えさせてもらいますよ」


 トッシュは壁の不可視を解除し、それからベッドに入った。


「よしよし」


「こら。頭を撫でるな」


「えー、えへへ」


「まったく……」


 暖炉もない部屋で、薄い布団一枚だけだったが、

 シルが密着してきたので、トッシュは寒がることもなく、眠りについた。


 だが、トッシュは数時間後に起きることになる。

 何故ならこの洋館は、トッシュの予想どおり、

 ホラーハウスだから怪異が発生するのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る