第5話 小悪党カヴェオの嫌がらせ
トッシュの策略にはまったシルがコンビニトイレのウォシュレットで悲鳴を上げている頃、
ギルド『ブラックシティ』では、トッシュの元上司金星比人が11時に重役出勤していた。
「トッシュが作製した報告書はこれか。
四級スキルのあいつが毎日定時上がり出来ていた程度の案件なら、
二級の俺様なら楽勝だろうな。
過去の作業者名も俺様に書き換えておくか……」
比人はあろうことか、報告書を書き換えて、
退職前のトッシュの成果を横取りしていた。
「あの野郎、数だけはこなしているな。
どうやら随分と運良く楽な仕事ばかり担当していたようだな。
……変更終了。これで俺様は、部下の管理をしつつ、
自ら現場で作業に当たっていたことになる。
パパ、いや、ギルドマスターからの覚えもいいだろう。
次期ギルマスとして今のうちから実績を積んでおかないとな。
くっくっくっ」
比人は昔から課長という立場を利用し、
気に入らない部下の業績を自分の物に掠めとっていた。
そのため、普段は常にオフィスに居てゲームをしているだけなのだが、
職務経歴書は現場でバリバリに戦闘をこなしていることになっている。
「んー。トッシュめ、有給休暇が丸ごと残っているな。
取得していたことにするか。
この日と、この日、この日も休んでいたことににしてやる!」
こうして比人の企みにより、トッシュの有給休暇は消滅した。
それどころか、今月分の勤務がなかったことにされてしまったのだ。
「くっくっくっ。これであの生意気な全身ポケットキュウリかじり野郎は、
今月の給料なしだ!」
比人の嫌がらせにより、トッシュは今月、成果もなし、出社(出張)もなしになっったため、今月の給料は0円になってしまった。
業績の掠め取りと嫌がらせを終えた比人はオフィス内をぶらつく。
オフィス内には30人分の座席があり、その職務上、在席している者は少ない。
ほとんどが現場へ出向いており、数名の事務員が残っているだけだ。
比人は無人のデスク上をチェックする。
「ほう。美味しそうなチョコレートだ」
比人はちらりと事務員の方を確認し、こっちを見られていないことを確認する。
「ひとつ貰っておくか。
うん。美味い。もう一個貰おう」
比人は課員の机からチョコレートを取り勝手に口の中に入れた。
「いくつもいけそうだが、たくさん食べるとバレるからな。
リオンめ、乙女ゲーの貴族の転生者だか知らんが、
新人のくせに高いチョコレートを食べやがって、生意気な」
さらに、デスク上をじろじろ見ながらオフィス内をぶらつく。
「む。こいつ、高いたばこを吸っているな。
一本、貰っておくか。
くっくっくっ。トッシュが盗っていたことにするか」
常習犯である。
比人はいつも、部下の机から小物を盗んでいる。
比人は事務員の方をチラッと見てから、自分の席に戻った。
オフィス内は禁煙だが、先程盗んだたばこに、早速火をつける。
煙をくゆらせていると、オフィスのドアが開いた。
入ってきたのは、ネイ・ヴィー。24歳。
トッシュが入社した当時の上司にして、
腰まで届く黒髪よりも、腰に十本も佩いた日本刀の方が目立つ快女。
ピンッと背筋を伸ばし胸を張り、顎をやや引き、
一本芯の通った姿勢で、カッカッと踵を鳴らして奥へ入ってくる。
不思議と、刀の鞘がぶつかりあう音はしない。
ネイは比人のデスクまで来ると軽く会釈した。
「お疲れ様です。比人課長」
「おう。ネイ君。ご苦労様」
比人はつい、ネイの整った顔立ちに見とれてしまうが、
すぐに視線を逸らす。
ネイの青い瞳は、相手の心を見透かしてしまいそうに澄んでいる。
ちょうど今、社員の机を漁っていた比人は、やましいことがあるため、
ネイを直視できない。
ネイは戦闘支援課の元課長だ。
比人がコネ入社した際に課長の地位を奪ったため、
ネイは給与はそのままだが降格している。
なお、比人は、そのことについては、なんら引け目を感じていない。
自分の方が有能だと思いこんでいるためだ。
さらに比人は、自分よりスキル評価が上の女を部下に出来たことにより、
自尊心をこじらせている。
「何か用かな。ネイ課長補佐」
「トッシュ・アレイが現場に来ていないと報告がありました」
「あー。あいつは勤務態度に問題があったため、昨日時点で解雇された」
「……勤務態度に問題が?
彼はナーロッパ出身のため、日本人の価値観からは多少ずれたところがありますが、不真面目なわけではありません。
勤務態度に問題があったとは思えませんが」
ネイにとってトッシュは目をかけていた後輩だ。
人となりを知っているから、すぐには比人の言葉を信じなかった。
「私も部下を信じたいんだけどな。
どうも客からの評価が良くなかったようだ。
ここ暫く成果を上げていなかったようだしな」
「……トッシュが成果を上げていない?
考えにくいですね」
「何を不思議がる?
元部下を信じたい気持ちも分かるが、
所詮やつのスキル評価は四級。
辞めても我がギルドになんの影響もない。
トッシュの業務は私が引き継ぐ。
なんの問題もないだろう」
「それは……」
ネイはトッシュを高く評価していたので、
言い返したいことは山ほどあった。
だが、それを比人に言っても意味はないと分かっていたし、
そもそも比人のことをあまり好きではないので、
会話を続ける気もなかった。
「何を気にしているのは知らないが、
ネイ課長補佐も一級スキル持ちとして頑張ってくれ給え」
「……承知致しました。
トッシュの引き継ぎですが、
もし問題があるようでしたら早めにお知らせください」
「問題など起きないさ。
所詮四級がやっていた仕事だから、杜撰な対応をしたと思われるが、
私が引き継いだのだ。戦闘課の課長である、私がな。
さて、さっそく現場に行って、軽く前倒しで片付けてくるよ。
なにせ私は名ばかりの管理職ではなく、現場の業務もこなすエリートだからな」
比人は立ち上がり、席を離れる。
立ち去る背中を見送ると、ネイは眉を顰め、表情を曇らせる。
「比人課長にトッシュの代わりが務まるのか?」
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