64話 仙人⑰
「ふぉふぉふぉ、気付けば長々と話して参りましたのぅ。ジジイの与太話にお付き合い頂きありがとうございました」
そう言うと爺さんは一座に向かって深々と頭を下げた。
爺さんの話は他の皆の話に比べてどこか掴み所が無かったようにも思える。他の皆はそれぞれのオナニーを語るという明確な枠組みがあったが、爺さんの話はそれを大きく逸脱していたからだ。
だが俺はそれにどこか納得もしていた。他の皆もオナニーについて語っていた筈が、いつの間にか当人の人生そのものを語っていた。結局のところオナニーという最もプライベートな行為にこそ、その人自身が最も発露するということなのだろう。どんな事物や人に出会い、どんな反応を示すか……人生そのものが性的嗜好には間違いなく表れているのだ。
「結局爺さんは何でこの座を開こうと思ったんだ?そして何故俺をこの場に呼んできたんだ?」
この座が終わりに向かっていっていることを感じ、俺は最初から疑問だった点を爺さんにぶつけた。
「ふぉふぉふぉ、そうですなぁ。最初にこの場を設けたのはいつのことだったでしょうかのぅ?ジジイになると時間の感覚がとても鈍くなってきてダメですなぁ。……そう、ふとムショ内での噂話に柳沢さん、長田さん、謙太さん、丸本さんのことが上がりましてな、皆さまに詳しくお話を聴かせてもらいたいというジジイの個人的な趣味からこの座は始まったものでしたわい。……そして毎回新入りさんをこの場に招くことがいつの間にか通例になっていきました。それは、新入りさんに話を聞いてもらい、このムショ内の生活を……もっと言えばここを出た後も……生きるヒントになって欲しい、という余計なお節介の気持ちからでしたわぃ。そして今回は佐藤さんと慎太郎さんに来てもらったのですじゃよ。ふぉふぉふぉ」
そうか、俺だけでなく慎太郎もこの場には初めて呼ばれたということか。
「まあ僕らは僕らで、誰かに話すことで自分の考えがまとまって、それぞれの道を突き詰めてゆくきっかけにもなるからね。別に一方的に新入りさんのために話しているつもりもないんだけどさ」
そう言うと謙太は自ら笑った。
確かに言いたいことは分かるし、恐らくそうなのだろう。
「まあ謙太さんの言う通りでもあるんじゃがな……他人のために何かしたい、という気持ちを欲求として抱えていることは事実なんですわ、ふぉふぉ。その行動が本当に他人のためになるかは確かめようが無いにしてもです。まぁ何が言いたいかといいますとな……ジジイは若い人には幸せになって欲しいと思っておるんですわ」
そう言うと爺さんは頭をポリポリと掻いて、恥ずかしそうに眼を伏せた。
数か月となる爺さんとの付き合いの中でそんな仕草を見るのは初めてだった。
爺さんはいつも誰に対しても優しかった。爺さんは単にそういう人間なんだ……とどこかその優しさが当たり前になっていた。その裏にある気持ちを知ったのは、今が初めてだった。
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