晴天の間で ~脳あるスパイは爪隠す 言霊隠し~
ふるなる
第1記 記憶喪失
ここはどこで私は誰か。そもそも一人称は私だったか?
そこはベッドの上であった。
白に染められたそこは病棟だろう。
近くの窓に映る自分を見る。若い少年だった。その男が自分自身であるのは分かるが、その男がどういう出生でどういう生き方をしどういう風に話すのか、何一つ分からなかった。
見た目的に気弱な男性のイメージがある。一人称は僕といったところだろうか。
「よぉ、起きたか」
所々皺が見える。彼は笑顔を浮かべながら手を振った。彼が誰なのか分からない。誰なのだろうか。
「俺はカミヤ。倒れてたあんちゃんをここに運んできたじいちゃんだよ」
そうか。僕は何かのきっかけで倒れたのだ。その時に記憶喪失になった。彼は倒れている僕をここまで運んできた恩人だ。
しかし、倒れる原因は何なのだろうか。気になることが増えていく。
「あんちゃんはなんで倒れとうたんか?」
床の上に置かれた簡易的椅子に座りその椅子を揺らすカミヤ。頬をついて軽く笑っていた。
その笑顔に添えない僕がいた。
情けないが本当のことを言うしかない。記憶喪失なんて言い難いな。それでも僕は口を開いた。
「僕、記憶喪失みたいです」
口が縦に開き皺が寄せていく。
不安定な椅子の前足二つが宙に浮き元に戻りカタンと音を鳴らした。静かな病室にそれが響いていく。
「マジかいな。アンタの親御さんも覚えてねぇんかい」
親……。頭の中に薄らぼんやりとシルエットが浮かんでくるがそれ以上思い出せない。僕は首を横に振った。
「戸籍にもねぇから分からねぇんだよ。ここ蒼の国じゃ、隠し子は珍しくねぇし、仕方ねぇんだけどよ、身寄りが分からなきゃ帰る場所も分かんねぇよな」
ため息が聞こえてきた。
「なぁ、あんちゃん。帰る所、覚えてねぇんか」
「ごめんなさい。全く思い出せないです」
彼は頭を掻いていった。
「しゃあねぇ、アンタの親戚が見つかるまで俺が預かってやんよ。それでいいか」
やる気なさそうに立ち上がっていく。しかし、表情はどこか柔らかく見えた。
僕は成り行きに任せて心地よい返事をした。
彼は「まだ来る」と言い残してここから去っていった。
僕は一体何者なのだろうか。
僕に一体何が起きたのだろうか。
僕は──
分からない事だらけの僕は混乱していた。ただ、カミヤのおじさんの優しさに触れた後はいつの間にか混乱が消えていった気がする。
静かな病棟の中で外を見るとヒラリと落ちるイチョウの葉がしんみりとした雰囲気を醸し出していった。
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