並行世界の私♂と私♀が入れ替わってしまった 〜クールにボディガードを続けたいが、正直困惑している〜

譚月遊生季

第1話 マフィア壊滅

 身体に力が入らない。

 ズキズキと激しい痛みが思考を蝕み、失われる血液が死の近さを報せる。


 お嬢様は、無事逃げられただろうか。


 壁にもたれながら、装甲のひび割れた無線を取り出す。黙ってくたばっている場合ではない。

 今すぐ、仲間に連絡を……


『……ブラウ!? どうなりやしたか!?』


 エンジン音、および風を切るような音と共に、仲間の声が聞こえる。

 お嬢様がしきりに「代わって!」と叫んでいるのもわずかに聞き取れた。どうやら、ご無事のようだ。


「追っ手は……片付けた……しかし……もう、動くことは……」


 私の言葉に、通信先の仲間……アルバーノは察したように「……わかりやした」と呟いた。

 まだだ、まだ、力尽きるわけにはいかない。私には、最期に言うべきことがある。


「お嬢様を……頼んだ。それと……『どうか、お幸せに』と ……それだけ、伝えたかった……」


 呼吸が乱れ、意識が遠のく。

 ああ、満足だ。……もはや、生に悔いなどない。


『ブラウ!! どうしたの!? 返事してよ!!』


 お嬢様の叫びが、遠くに聞こえる。

 申し訳ありません、お嬢様。私はここまでのようです。

 あなたが私を拾ってくださったから、私は、一度は死んだ魂を蘇らせることができた。……感謝してもしきれません。


 どうか、お幸せに……


 意識が暗闇へと沈んでいく。ファミリーが壊滅した今、お嬢様は波乱の道を行くことになる。……傍でお守りできないことが、気がかりではあった。




 ***




 暗闇の中をたゆたっていると、小さな灯火が目に入る。

 数多の影が灯火を頼りに、どこかへと向かっていく。私もそれに従おうとした……が、肩を掴まれた。

 振り返れば、見覚えのある褐色のスカーフェイスがニヤリと笑い、私を蹴り飛ばす。


「悪ぃな。このグスターヴォ・ビアッツィ。娘には甘ぇんだ」


 理解が追いつかないまま、かつての仕事仲間に羽交い締めにされ、無理やり列の外へと放り出される。


「困ります!!!」


 誰かの叫びと、聞き覚えのある怒号が交錯する。弾き出された列の方で、乱闘騒ぎが起こっているのが見える。


「おっ、まーた帰ってきやがったのか! ……ん? ちっとばかしちっこくなったか?」

「構いやしねぇ! お嬢のためとなりゃ、何度でもつまみだしてやるぜ!」

「だーかーらー! 困ります!! ああもう、マフィアが一気に死ぬとこれだから……!!!」

「上等だ! 我らがビアッツィ・ファミリーを舐めんじゃねぇ! やっちまおうぜ叔父貴ィ!!」

「レオポルドよぉ……おめぇ、仮にも幹部だろ。その三下っぽさ、どうにかならねぇか?」


 ……帰ってきた? 私は先程から、暗闇に弾き出されたままなのだが?

 呆然とする私に、同じく弾き出された魂が激突する。


「「ぐぅっ!?」」


 訳が分からないまま、私達は為す術なく光の方へと吸い込まれていった。


 眩い光がまぶたを突き刺し、意識が浮上していく。

 ズキン、と、激しい痛みが覚醒を促した。


「か……っ、は……」


 上手く息ができず、喘ぎ喘ぎ酸素を取り込む。

 ぼやけた視界に、白衣を着た誰かの姿が目に入る。


「息を吹き返したぞ!!」

「処置再開!」


 慌ただしい喧騒の中、私は、呆然とその「処置」を見つめるしか無かった。

 白衣の何者かが手をかざし、何か、光のようなものが腹部の傷に当てられている。……なんだ、これは。

 ついでにいえば、私の腹部は妙に細く、くびれている。視線を上の方に向ければ、普段よりも隆起した胸部が目に入る。おかしい。私の胸筋は、このような形をしていたか……?

 思考が働く前に、腹に入ったままの「破片」が再び激しい痛みを生む。


「あ……ッ、がぁああぁっ」

「催眠魔術をかけます。安静にしてください」


 ……今、なんと言った? 催眠……なんだ?


「ブラウ!!! しっかりしてよ、ブラウ!!!」


 泣き出しそうなお嬢様の声がする。……が、何か、違和感がある……よう、な……?

 意識が遠のいていく。暗闇の中に、再びゆっくりと誘われる……


「坊ちゃん! 落ち着いてくだせぇ!! 『彼女』はそう簡単に死にやせんよ!!」


 ああ、これは、アルバーノの声か。私は、どうやら生きているらしい。

 ……。……ん?

 待て、アルバーノ。今、なんと言った……!?

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