嵐の前の静けさ
「なんだ、そのたんこぶ」
「俺もわからない」
今日も靖弥は怪我だらけ。自分で包帯を巻いている、慣れた手つきだなぁ。慣れるまで怪我をさせられてしまったということだよね。んでもって、今回は俺もたんこぶを作って戻ってきたから、靖弥も驚きで問いかけてきた。
今は修行が終わり、部屋に戻って体を休めている。
「それにしても、まさか妙技を試そうとしたなんてなぁ。しかも、一人では無理だからと、二人でやろうとするなんて。さすがに、思いつかんわ」
「あーはははは」っと。琴葉さんは水分さんから話を聞いて、膝を叩きながら笑っている。何がおかしいのか、こっちは三段たんこぶを冷やしているというのに。なんか、むかつく。
「いやぁ、でも、悪くない。妙技が使えるようになれば、技の威力は倍となる。これからの戦闘も楽になるだろうね」
「それならいいですが、あれで成功したとはさすがに思えないので、これからも続けていこうかなとは思っています」
「毎日続けることはいい事だと思うよ、意味のない修行ではないのなら」
「なんか、含みがあるような気がするんですが、何か?」
「いや、水分が見ているのなら問題はないだろうから、特に言いたいことはないよ」
「そうですか」
なんか、引っかかるなぁ。琴葉さんの言葉って、嘘なのか本当なのか。それとも、本当の言葉なんだけど、あえてめんどくさい言い方をして困惑させようとしているのかわからない。それと、目線。体に刺さる視線、普通じゃない。見られるの嫌なんだよな、悪寒が走るから。
「…………逆に、君の方が何か言いたげな目をしているような気がするのだけれど、なにか?」
「別に。琴葉さんの言葉は半分で聞かないといけないなぁと、考えていただけです」
「やっぱりさぁ、俺に対して当たりきつくない? もっと琴平と同じ扱いをしてくれていいんだよ?」
「なら、琴平と同じ振る舞いをしてくだっ――……」
「無理」
俺の言葉を遮ってまで否定するなよこんちくしょう。何でこんな人が実力持っているんだよ、なんで強いんだよ。腑に落ちないというか、むかつく。絶対に、負けないから。俺だって、そのうち琴葉さんをぎゃふんと言わせてやるんだから。
「今日はもう寝るぞ。俺もさすがに疲れた」
「なんだ、水分。今日はやけに早い就寝だな」
部屋の中で俺達の会話を黙って聞いていた水分さんが、いきなり立ち上がり俺達に言う。そんな彼に、琴葉さんは疑問の声を投げかけていた。
「別に、特に意味はない。ただ、もう少しで嵐が来そうだなと、そう思っただけだ」
「え、嵐?」
確かに最近雨は降ったけど、嵐が近づいて来ているような気はしなかったよ?
『阿保、そっちじゃないよ』
「え、ならどっち??」
俺の問いに答えてくれない…………。え、これは俺が馬鹿だからわからないだけ?
「優夏、嵐というニュアンス。天候だけに使われる物じゃないだろ」
「え、どういうこと?」
「嵐の前の静けさ。今がその、静かな時という事だろう」
靖弥もわかったの? 嵐の前の静けさって……。それって、つまり……。
「わかったか? おそらくだが、道満様はもう動き出している。もしかしたら、次に出会った時、その時が、俺達の最後の戦いになる可能性がある」
「うそ…………」
まさか、それを水分さん達は感覚的に察し、さっきのようなことを言ったのか? でも、琴葉さんは何も感じていないみたいな顔を浮かべているけど。
「まぁ、あくまで俺の憶測だ。あまり鵜呑みにするな」
「でも、このメンバーの中で、一番道満と長く居たのは靖弥だよ? 靖弥が一番わかっているんじゃないの?」
「さぁな。俺から見ても、あの人は謎に包まれた存在だった。何を考えているのか、これから何をやろうとしているのか。何もかも、わからなかった。ただ、言われるがまま。俺は行動していたんだ」
言うと、靖弥は口を閉ざし何も言わなくなってしまった。
靖弥は、蘆屋道満の近くにいた時、人形と呼ばれており、言われるがまま行動していた。でも、俺と出会ってからなのか。その行動に穴が出始め、最終的には道満から離れ、俺達と行動する事を選んでくれた。
今まで靖弥が行ってきた罪は消えないだろうけど、少しでも俺達と行動を共にして軽くなればと。俺は、本気でそう思う。
「まぁ、今日はもう寝る事に俺も賛成だ。さすがに疲れたしなぁ。連日模擬戦は体力使うし、女の子達と遊べないのもストレスがたまる。今はゆっくり休ませてもらおうかなぁ」
水分さんの後を追うように、琴葉さんも立ち上がり部屋を出て行った。
確かに体的にはもう疲れていて、力も入りにくい。さすがに寝ないと、明日に響くか。
「靖弥、今日はもう寝ようか。闇命君も――闇命君??」
あれ、鼠姿の闇命君が、閉じられた襖を見て動こうとしない。なんだ?
「闇命君、何かあったの?」
『…………なんでもない。今日はもう寝るんでしょ? 早く布団敷いて』
「はいはい」
まったく、俺は召使か何かですかっと。まぁ、いいけどさぁ。
靖弥と布団を敷いて中に入り、そのまま目を閉じた。思っていたより体は疲れていたのか、すぐに睡魔が訪れ意識を夢の中に引きづり込もうとする。その時、近くで誰かがもぞもぞと動く気配を感じたけど、睡魔に抗う事が出来ず、そのまま俺は意識を手放してしまった。
☆
…………流石に、襖を開けることは出来ないか。また戻ってくるという期待もしない方がいいだろうし、どうしようかな。
鼠姿で襖の前で考えていても、解決策は出てこない。優夏を起こして襖だけでも開けてもらおうかとも思ったけど、それはそれで後々めんどくさいから避けたい。
でも、この、大きすぎる襖はどうしろというんだ。廊下に出た琴葉を追いかけたいというのに。
途方に暮れていると、上から腕が一本伸びた。優夏が起きたんかとも思ったけど、そうではない。振り向くと、眠たそうに眼を擦っているセイアの姿。
『何の真似』
「別に、俺がトイレ――厠に行きたいから起きただけ。お前の為じゃないから、そんな目くじらたてるな」
欠伸を零し、セイヤは音を鳴らさないように気を付けながら襖を開ける。今しかないか、外に出られるの。
後にいるセイヤを横目で見た後、なにも声をかけることなく廊下に飛び出し、琴葉の気配を探る。
そんな僕の姿を見届けたセイヤは、何故か廊下に出ることなく部屋の中へと姿を消した。やっぱり、厠なんて嘘じゃん。優夏みたいな素直な奴もめんどくさいけど、こっちはこっちでめんどくさいな。
鼻を鳴らしながら、僕は目的である琴葉の元に走る。どうせ、あいつも寝ていないだろうしね。
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