体力
振り下ろした百目の刀は、水妖に当たらなかった。いや、当たらなかった訳ではなさそう。
「もしかして、物理は効かないのか?」
刀が水妖の身体をすり抜け効果は無い。百目も驚き、すぐさま距離を取る。
『なるほど、水妖の身体は水で出来ているみたいですね。切った感覚はあったものの、一瞬のうちに体を再生、すり抜けたように見えたという所でしょうか』
「さすが、偵察が得意な妖だ。分析も得意と見える、一発でそこまでわかるとはな。元々、水妖の知識を保有していたとかも有り得るか?」
『主以外の問いに答える義務はありません』
「なるほど、強い忠誠心をお持ちのようで」
水妖は変わらず百目を見据え、彼も刀を両手で構える。
百目の分析が正しいのなら、刀を武器としている百目とは相性が悪かったかもしれない。
そうだとしても、百目を変える気はないけど。
百目自身も諦めていないし、何か他の方法で倒せるかもしれない。何か、方法はないのか。
相手は水の体をしている。吸い取ったり、封印というのが常套手段だろう。でも、百目にはそのような力はない。俺が今まで見てきたのは、刀とスピードを生かした戦術。他は、体中にある目を開き、遠い景色を見る事が出来るくらいかな。
これをどうにか生かして、今回の模擬戦に勝つ。
『主』
「うん、お願いね、百目」
『仰せのままに』
息を吸い込み、吐く。人差し指と中指に挟まれているお札に法力を込め、百目に注ぎ込む。
百目はしっかりと俺の法力を受け取り、力が漲っているのか袴の隙間から見える肌には、今まで閉じられていた目が開いた。
「これは、今までとはまるで違いそうだな。水妖、油断をするなよ」
『はい』
水妖にも法力を注ぎこみ、相手も準備を整える。
「行け」 「お願い!!」
俺と水分さんの声が重なり響いた瞬間、式神二人は瞬時に動き出した。
百目は目にもとまらぬ速さで水妖の周りを駆け回り、細かく切り刻もうと動く。だが、水で体が作られている水妖の身体には傷一つつけられていない。
それでも、ずっと再生し続けるのは不可能なはず。法力の多さが左右するはずなんだ。それだと、闇命君の方が上のはず。
っ、水妖が右手を振り上げた。百目の動きの法則をしっかりと読み、足を地面につけた瞬間に水の柱が突き出す。
やばい!! 百目がもろにくらっ――……
『っ、さすがに驚きました』
地面につま先が着いた時、すぐさま後ろに跳んだみたい。食らったのは足のみ。それも、濡れた程度だから、ダメージはほぼゼロ。良かった。
「持久戦はお勧めしないぞ。法力は確かに関係しているが、他にももう一つ関係しているからな」
「もう一つ?」
あ、百目が肩で息をしている。なるほど、あんな激しい動きをしているんだ、疲れないわけがない。
闇命君の法力が多くても、百目の体力が持たなければ途中でジリ貧。他に何か方法はないのか。
『はぁ、はぁ…………。主』
「百目、大丈夫!?」
『問題ありません。ですが、物理は効きそうにありません、いかがいたしましょう』
確かに物理は効かない。物理以外で、百目が戦える方法を考えないと。
ん? 水分さんが顎に手を当て何かを考えている? 何を仕掛けてきてもいいようにしておかないと。
「もしかしてだが、百目って体力ないのか?」
……………………はぁ??
『確かに、体力はある方ではありまっ――……』
「き、きさまぁぁぁああ!!! い、今、今お前!! 俺の式神を馬鹿にしやがったなぁぁぁぁぁ!!!! いいか!! 俺の百目はすごいんだぞ!! 頭は良くて冷静でかっこよくて、何度も俺達を助けてくれたんだからな!! ほかにも色々あるぞ!! 百目はな!!」
『主、一度頭を冷やしてください。お気持ちは嬉しいのですが、今は私の事よりどのように相手の式神を倒すかどうかを考えた方がよろしいかと』
こういう時でも冷静な百目。でも、でも!! 今、水分さんは百目を馬鹿にぃぃぃいいいいいいいい!!!!!!!
『さすがに落ち着きなよ、こいつは僕があとでころっ――始末しておくから安心して』
「闇命君が言うのなら、今は我慢するよ。絶対にあとでころっ――始末しておいてね」
『当たり前』
まったく、俺の百目を馬鹿にするなんて。マジであり得ない、こんなに頼りになって強くて、何でもお願いできる優秀な式神なんてそうそういないぞ。闇命君にお願いしたけど、やっぱり俺も一発は食らわせたい。
「式神は主に似るっていうしな、これは立場が違うだけで、今まで何度か見た事がある光景かもしれねぇな」
『何の話?』
「え、本当にわからんのか?」
『ん? いや、何が…………。説明も出来ないの? それはさすがに、役職を持っている身としてはいかがなものかと』
「あ、これ本気でわかってないやつだ」
ひとまず、水分さんのペットは飼い主に似るみたいなコメントはスルーして、なんとなく言いたいことは理解出来ちまった。
今までの琴平や紅音もこんな感じではらわた煮えくりかえっていたのかな。それなら、あんなに暴走してもおかしくはないか。
『主、再開を』
「あ、そうだね。ごめんね、百目」
『…………』
あれ、何か言いたそうに俺の事を見てくる。もしかして、今までのやり取り、百目的には結構迷惑だった!? それならごめんて!!!
『主、失礼を承知のうえで言わせていただきたいことがあります』
「え、何?」
『すぐに謝罪の言葉を口にするのは、少々控えていただけると』
「え、ごめっ――あ」
確かにすぐ謝ってしまう癖が…………。あまり面倒くさい事に巻き込まれたくないから、何かあれば俺が悪くなくても謝っていたんだよなぁ。でも、これが嫌だって事かな。
『謝罪は自身の非を認め、詫びる事です。今までの会話で、主が悪い所はありません。なので、非を認めるも何もないので、私に謝らないでください』
「あ、え、あ。ごめん…………あ」
『………今すぐではありません。ご無礼をお許しください』
百目が腰を折り、体を水妖に向き直す。またしても百目の機嫌を損ねてしまったのだろうか。
すぐに謝ってしまう癖をどうにかしないと、だめだな。
「もう、いいか?」
「お待たせしました。百目、あの、大丈夫?」
『それは、何に対しての問でしょうか? 戦闘準備なら問題ありません』
「あ、はい」
…………あとで、百目の好きな何かをしてあげよう。それでどうか、機嫌を直してください。
無表情だから、本当に機嫌を損ねているかわからないけどさ。
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