気配

「い。てててて…………。な、なに?」


 上から降ってきた人影が、俺の目の前に落ちてきた。動かなかったら確実に俺の上に落ちてきていたし、わざとなのか?  


「優夏!! 大丈夫か!?」

「う、うん…………。何が落ちてきたの?」


 差し出された紅音の手を握り、立ち上がる。目の前には、一人の…………女性?


「…………では、これで俺は失礼する」


 あれ、水分さん? 女性が地面に降り立った途端、何故か顔を真っ青に。何故か逃げるようにこの場を後にしようとしている。この女性と何かあるのか? 何かありそうなのはどちらかというと、琴葉さんな気がするんだけど。


 女性は、男性用の袴を着ている。陰陽師ではないような気がするけど、水分さんとはどのような関係なんだ?


「水分さん」

「俺は水分ではありません。すいさんです」


 いや、誰。頭がおかしくなってしまった水分さんは、女性と少しずつ距離を取ろうとしている。本当にどうしたんだ?


「何を言っているのですか、水分さん。貴方は私の許嫁、水仙水分さんではありませんか。なぜ私から逃げようとするのですか? 私はこんなにも貴方を思っているのに。さぁ、逃げないでください、私がお向かいに上がりました。私が、お向かいに上がらせていただきましたのよ? 早く、私と共に生きましょう、黄泉の世界に」

「俺を殺すな触るな近付くな。俺はお前を許嫁として認めていないし、そもそも了承してはいない。お前の存在など、今の今まで忘れていた。だから、早くどこかに消えていなくなれ」

「そんな言い方、あんまりですわ。仕方がありません、ここは私の想いを弓矢に込めて放つしかない」


 言いながら、ゆっくりと水分さんに近付いている。逆に彼は、後ろに下がり逃げようとしている。な、何が始まるの?


「待て待て待て、本当に落ち着いてくれ。暴走するな、俺より他にいい男は存在する。俺の後ろにいる奴とかどうだ? 女の扱いには慣れているぞ」

「女性の扱いに慣れている者など興味はありません。私は困っている貴方の顔、行動、言動など。それを全て愛しているのです。貴方以外の人と心中など考えられません、さぁ早く私と共に黄泉の世界に」


 冷静に何を言っているのこの人!? 水分さんにじりじりと近づく女性と、距離を詰めないように後ろに下がる水分さん。


 この勝負、どっちが勝つんだ?


「さぁ、私のモノになってください水分さぁぁぁぁぁあああ!!!!!!」

「こっちくんなぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!!!」



 ――――――ガツン!!!!



 ……………………勝者、拳を女性の頭に叩きつけた水分さん。


 ☆


 突如上から姿を現し、水分さんの体力を根こそぎ奪った女性の名前は氷鬼冷菓ひょうきれいか。まさかの、氷鬼家の陰陽助だったみたい。さすがに意外過ぎて言葉が出なかった。


 今は水分さんが氷鬼さんの頭に鉄槌を落とし、無理やり陰陽寮に戻ってきたため、部屋の中で座っている。

 水分さんは出来る限り冷菓さんから離れた位置に居たいみたいで、壁に背中を付け正座。


「あの…………。一体、これは何事?」

婚約者水分さんに会いに来ました」

「婚約者…………」


 水分さんに目を向けると、全力拒否。だよね、さっきのでわかったよ。この人が勝手に言っているだけか。


「なぜ拒否をするのですか、私は貴方に今まで尽くしてきたというのに」

「無駄に大掛かりな会議や、俺だけ優遇された悪霊退治。食料が無断で大量に送られたこともあったな。やり過ぎだ」


 おうふ、愛が大きすぎるあまり空回りしているのか。


「えと、今回は本当に会いに来ただけですか?」

「なぜそれを答えなければならないのでしょうか、安部家の者よ」


 あ、やっぱり顔は知っているのか。結構顔広いんだな。


「もう安倍家から追放というか、家出をしたんですが……。それより、今、この時に貴方がこちらに来たとなると、こちら側としては疑いたくもなるんですよ。少々、厄介な件を抱えているので。なので、答えていただけると嬉しいのですが、駄目でしょうか?」

「何を疑っているのかわかりませんが、私が貴方に情報を提供する事により、何か私に利益はありますか? なければ答える義務はありません」


 頭の固いタイプの人か。まぁ、今までもそんな人に出会ってきたから問題はないよ、扱い方は学んで来た。それに、こういう人は弱点がわかりやすい!!


「水分さんが気になっていたみたいだから聞いてみたのですが、答えられないのなら致し方ありません。水分さんが非常に悲しむかと思いますが、そればかりはどうする事も出来ないのでっ―――」

「仕方ありません。話しましょう」


 後ろから鋭い視線を感じる。まぁ、この視線は明らかに水分さんからだから気にしない。予想通り、いともたやすく話してくれるようになった。


「それじゃ、さっきまで誰かと会っていたとかありますか? たとえば、蘆屋道満…………とか」


 俺達を狙い動き出したのなら、必ず蘆屋道満、または蘆屋家と会っているはず。


「何を言っているのですか。蘆屋道満はもうこの世に居ませんよ。子孫である者には会ってきたが…………」

「子孫?」

「そうです。蘆屋藍華あしやらんかになら、会ってきましたよ」

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