ヤンデレ妖精王と私

カゼノフウ

第1話 歌人(うたびと)

幼いころの記憶は、とても朧げだ。

ふわふわとしていてとても悲しい。

私の両親は貧しく、私を森においてどこかに行ってしまった。

暗い森を飢えながらさまよっていると、同じぐらいの年の少年と出会った。彼の名前はエレツアルを言って、私に食べ物をくれた。


プラチナブロンドの美しい艶の有る髪。若草色を溶かした翡翠の瞳。傷一つない白磁の肌に、優しいほほえみで、エレツアルは瞬く間に私の天使になった。

彼もどうやら一人なようで、私たちはお互いの孤独を埋めるように毎日寄り添って過ごした。

エレツアルはたくさんの事を知っていて、私に教えてくれた。この森を抜けたところにある国の事も、妖精と人が共存している街があることも…。そして数々の歌を。

私たち二人は大事な家族になったが、その美しい日々は長くは続かない。

あるとき、忽然とエレツアルは居なくなっていたのだ。

そうして私はまた一人になり、街にやっとの思いで辿り着き、運よく宿の主人に拾われた。



日に焼けた肌、この辺りでは珍しい、腰まである黒いボサボサの髪に、アメジストの瞳。そして18歳の痩せこけた体の私は、レイリアという名前だ。

特に美しくもない平凡な容姿で、みすぼらしい恰好をしている。

拾ってくれた宿の主人に私は感謝しなければならないのに、どうしてか、その気持ちは一切消え失せている。その理由は、ここでの生活はまさに「奴隷」だからだ。

宿での給仕、掃除、洗濯、宿の主人の娘たちの雑用、その他もろもろ。食べ物も満足にもらえず、毎日のように罵られ時には暴力も受けている。

1日中働きづめで、自由な時間はなく死んだように眠り、叩き起こされる。

毎日がギリギリな状態だったが、それでもここに居続ける理由があった。


この宿では多くの「歌人うたびと」が排出されている。歌人とは、お城で妖精王とともに精霊への祈りを捧げる祭事の際、歌によって精霊をお慰めする者の事だ。

平民がお城に上がれるといえば、「歌人」に選ばれるしかない。

そこでここでは、毎日たくさんの人が美しい歌声を披露しているのだ。

名が売れ、多くの人々が認める歌人候補になれば、歌人になりお城で貴族に見初められ、玉の輿になれる者も少なくない。そのため、歌人には女性が多く、その争いは熾烈だ。


私は歌が好きだ。

東方で歌われる珍しい歌、妖精語を使った不思議な響きの歌、情熱的な恋の歌。

ここにいる限り、私は大好きな歌を聴き続けることができる。それに、逃げるアテもない。

今日もお店は繁盛していて、私は必死になって働く。


「(あ!)」


様々な歌人候補がいるが、私にはとりわけ大好きな歌人候補がいる。

鮮やかな金の髪、濃い青の瞳に女神も逃げだしそうな美しい容姿の女性、「ミリア」だ。

そしてもう一人、ミリアの弟「レイ」。彼も髪の色と瞳の色はミリアと同じだが、鋭い目つきをしていて、その性格も中々にキツい。だがその美しい容姿で圧倒的な女性人気があり、彼も男性にしては珍しい歌人候補となっている。

彼女たちが現れると、空気が変わる。

4人の歌人の枠のうち、ミリアとレイは確定だろうと人々の間で噂になっている実力者だ。

そして実は、ミリアは私の友人でもあるのだ。


「(ミリア、レイ、頑張れ~)」


口に出すとうるさいと後で叩かれるので、心の中でひそかにエールを送る。

彼女たちが歌いだすと、ざわざわとうるさかった店内が静かになり、人々は歌声に酔いしれるのだった。



「レイリア」

店の裏で一人で洗濯物を洗っていると、声がかかった。

「ミリア!」

その声の持ち主に、私は手を止め微笑みかけた。

ミリアは笑みに応え、ゆったりとした動作でさらに歩み寄る。

「レイリア、今日は歌ってくれないの?」

「え、気づかれたら怒られるもの…」

「困ったものねえ。あなたには歌の才能があるのに」

「そんなことないよ、それよりミリアとレイ、今日も素敵だった!お客さん皆歌声にうっとりしてたよ」

「うふふ」

ミリアは美しく笑って、私のボサボサの髪を耳にかけてくれた。

「レイリアは可愛いわね」

「えっ」

可愛いなんて今まで言われたことがないので、私は頬を染めてしまう。しかも、こんなにきれいな人に言われたら嫌味なのかと勘繰ってしまう。

「ねえ、あなたもそう思うでしょ?レイ」

「あ、レイもいるんだ…」

私はちょっと身構えた。レイの事は正直少し苦手なのだ。あの怜悧な目で見つめられたら、なんとなくすくんでしまう。

「…」

話を振られたレイは、ふいっと顔をそむけた。

「まあ」

レイったらうふふ、とミリアが笑う。

「照れちゃって」

「うるさい」

「ねえ、レイリア、やっぱり歌って頂戴よ。私、あなたの歌が大好きだわ」

「ミリア…」

私の歌う歌は、かつてエレツアルが教えてくれたものだ。

大切な宝石のような歌。ミリアにおねだりされて、断れる者がいるのだろうか?

「いいよ」

「嬉しいわ。私から店の主人に言っておくから、思いっきり歌って」

「うん…」

強く風が吹いて、私は誘われるように歌いだした。

ミリアとレイが、真剣なまなざしで私をみつめる。


ねえ、エレツアル。

どこにいったの?それとも、あまりにも綺麗だから、妖精にさらわれてしまったの?

――それとも、私を置いていったの?


宝石のような歌は、私の心に色々な感情を灯し、その灯は私の喉を伝って声になる。

ずっと孤独だったからか、幼いころの彼を忘れられない。

私はミリアとレイのことも忘れて、夢中になって歌った。


「レイリア」

「あっ…」

気が付くと、泣いていた。

「とても素敵だった、ねえ、レイリアは…大切な人がいるのね、そういう歌だったわ」

「…」

ミリアは優しく私の涙をぬぐった。

「ごめんなさいね。私、嫌なことを思い出させちゃったのね」

「ううん、ミリアのせいじゃないよ」

「洗濯物、手伝うわ、ほらレイも」

そう言って二人は仕事を手伝ってくれて、歌ったことを主人にも怒られずに済んだ。


だけど、その日の夜は、ずっと眠れなかった。

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