師匠、それはないですよね!?
鴉杜さく
第1話 え? 入学? 師匠!? なに言ってるんですか!!?
木の香りが漂う、所謂日本家屋。
そこの庭には襖が開かれ、木漏れ日が射していた。
そんな場所に横たわり、息を吐いたり、吸ったりとして眠っているのはこの国の重要人物である
そして九条 雪の師匠でもある。
命の恩人たる彼の強さに惹かれ、弟子入りを志願した彼女だったが、やはりあそこで気付けなかったのは幼さ故か。
彼の怪しい笑みと高い月給というアンバランスさに惑わされてしまった。
彼の故郷に近しい場所を国に殴り込み、作らせたこの家屋は彼と彼女しか入ることを許されていない。
入ろうとしたものは即刻打ち首にされるだろう。
彼の故郷について以前食事の際に問うたら、彼は中々見せない笑みを浮かべ
「俺が滅ぼした」
といった。
東に浮かぶ小さな島国。
そこは和を基調とした生活が為されていたそうで。
きっと素敵な場所だったのかも知れない。
木製の樽を抱えながら、そんなことを思うのはきっと現実逃避。
生活も何もかもが乱れきった九条 刹に対する当て付け。
井戸から汲んだ水に浸したタオルを絞り彼の顔へと落とす。
「つめて」
そう言ってタオルを掴みながら起き上がる彼の着物はいい具合に着崩れており、肩が見えている。
いい年頃というにはまだ早いが、それでも彼女の目には毒だ。
「着物、しっかり着てください。あと、もうお昼ですからご飯食べますよ......」
漸く見えた、青い瞳と長い髪の毛。
その下では何を考えているのか分からない。
身体を伸ばすと彼は家の中へと歩いていった。
彼とは違い彼女は玄関からしっかりと入ると、草履を脱ぎ揃え、台所へと向かった。
今日のお昼ごはんはこの間買い物をしたときに買った食材たちの天ぷらだ。
これは元は彼に教わった食べ物だったが、中々に美味しく練習を積み重ねた。
その結果、九条 刹という男は何もしなくなったのだが。
食卓に白米や付け合わせなどを起き、最後に天ぷらを真ん中に置いて完成だ。
彼はにこやかに手をあわせると、
「いただきます」
といった。
最初はそれが何かわからなかったが、感謝を伝えるものらしいと教わった日から真似をしている彼女。
しばらくは食事の音だけだった場所に一つ音を紡ぎだしたのは彼の方だった。
「お前、魔法学校に行かないか?」
「魔法、学校ですか? でも、私は師匠からほとんどなにも学んでいませんが......」
「いや、気付かないかもだが、お前の剣術は世界の数本に入る位にはなっている。だが、俺に勝てない理由は戦場を知らなさすぎる。
だから、学んで俺に勝てるようになれ」
「でも......!」
「そこは、俺の知り合いが運営をしているから安心しろ。テストは実技しかないし」
そこまで言われて尚、言い淀むと彼は笑った。
「最後に稽古、つけてやるよ」
九条 刹の稽古。
それは真剣での打ち合い。
彼は気まぐれにしかやってくれない。
「分かりました......では、たまに帰ってきてもよいでしょうか?」
彼はそれに対してはなにも言ってはくれなかったが、頭を撫でてくれた。
真剣と共に、庭へと行くと彼はすぐにそこにいた。
言葉などなく、二人は腰の剣に手をかけた。
動いたのは九条 雪だった。
両手で刀を握り、斬りかかる。
それを彼は片手で持った刀でいなしていく。
刀とは敵の攻撃を受け流すもので、真正面から受けるものではない。
刀の声を聞け。
聞け、聞け、聞け。
ここだと思う場所はあるが、きっと誘い。
彼の裏をつかなくては。
一度距離をとると、彼女は極限までに気配を薄めていく。
空気よりも薄く、まるでそこにはいないかのように。
そのまま自然に歩き、彼の背中に立ったとき漸く殺気を解放するが、前を向いたままの彼の刀によって防がれ、がら空きの胴体へと刀を突きつけられる。
「完敗、です」
「だろうな。ま、お前なら強くなるから安心しろ。なんせ、お前はかの偉大な最上級魔眼持ちなんだから」
「そう、ですね。頑張ります」
そういうと、彼は手刀で首に。
ガクリ。
崩れ落ちた身体をそっと抱え、彼女の部屋まで行き敷かれている布団に寝かせた。
正直、ズボラな俺が彼女の師匠になるのは予定にはなかった。
生活なんて乱れている俺だ。
人殺しの方法しか教えられることしかない。
そんな俺だったが、彼女の眼には明らかな殺意が宿っていて、それは俺を興奮させた。
だから、彼女を弟子にした。
彼女の成長のスピードは明らかに異常だった。
俺が剣を振れば、それを真似して夜な夜な練習に励む。
そして、次の日には自分のものにしていた。
だから、戦場に身をおいて欲しくなってしまった。
彼女には殺人をいつか犯す日が来るだろう。
それでも、俺は彼女の味方でいたい。
彼女の後ろ楯になれるように。
彼女の知らないところで準備は重ねた。
これで、これからもっと面白くなる。
そう思うと嗤いが収まらなくなる。
彼女の右目にかかった藤色の髪の毛をそっとよけ、俺は部屋を出た。
彼女のもう一つの眼が見ているとは知らずに。
_暖かい、揺れている
そこまで思考した上で身体を勢いよく起こした。
そこはよく知る日本家屋ではなく、洋風の町並みあるれる風景が馬車から見えていた。
馬車......はて、いつ乗ったか。
周りには誰もいないことから魔道式馬車で間違いないだろう。
たまに道からみえていたので、憶えている。
だが、これは些か予想外だ。
急に停止したと思ったら、そこには大きな建物。
魔法・剣術学院があった。荷物の中には愛刀があり安心した。
受付をしているお姉さんのところまで歩いていくと、この年齢の入学は珍しいのか目を瞬かせた。
数秒後
「あぁ~、あなたが九条 刹様のお弟子様の九条 雪様ですね?」
「はい」
名前は九条の名字と俺の名前をくれてやるといいながら、明記し実際の私の名前となっているものだ。
「こちらにお入りください。健闘をお祈りいたします」
大きな門をくぐり抜け、学院へと足を踏み入れた。
芝生が左右に広がっており、その中央を突き抜けるように石の道が作られていた。
頭上から降り注ぐ陽光を遮るように、手を翳しながら歩いているといかにも教師然とした者がいた。
彼らの後ろに同じものたちがいることから、案内をしてくれるのだろう。
「諸君、私についてきたまえ」
歩き出した彼に続くように歩くと、隣から肩をつつかれた。
興味本意でそちらを見ると、いかにも美少年とした子がいた。
「キミも受験生だよね?」
彼から紡がれる声は鈴のように可憐、しかしどこか張りのある声をしていた。
「まぁ、そうですが......」
「やっぱり! ボクはルイ・ルーヴィー。まぁ、第4王子といったところかな?」
王子。
しかも、第4となると期待はされずに放置といったところだろうな。
だが、王子と仲良くしていいことはあるかもしれない。
「第4王子様ですか......申し遅れました、私九条 雪と申します」
にこりとも微笑まずして、探るような瞳はざぞ居心地が悪かろう。
そうさせているのは、自分なのだが。
「キミはそんな目で今まで生きてきたのかい?」
「いえ、そんなことは......気分を害されたのなら謝罪を」
手を遮ると前を向くように言ってきた。
そこには試験会場と書かれた看板と共に、歓声が聞こえてきていた。
「さあ、開始だ」
大きな放送室と思われる場所からは、数人の顔が覗いていた。
『受験生の皆様、とりあえず、地獄の始まりだ』
その後、説明された試験ルールは彼ら一般の者を戦意を喪失させるには十分だった。
なぜなら、この場で殺し合いを演じろというのだから。
戦意を喪失させ、膝をつく者たちが多い中立ち上がり震えている者はそれだけで勇者なのだろう。
さらに、その中で武器を手にするものはもはや化物なのかもしれない。
「私と戦うという者はどこかにいるかしら?」
自分の荷物から愛刀を取り出すと、腰にかけた。
意外なことに武器を所持し、戦意を剥き出しにしているのは自分だけではなかった。
「第4王子様は、さすがといったところでしょうがあなたは自らの意思だけで立っているのですか」
それならば、大層な戦場の経験があるか或いは......。
「紫髪のあなた......戦場をいくつ乗り越えたの?」
明らかに睨んできた彼は自慢のグローブを力強く握りしめていた。
瞬き一つ。
その瞬間に勝負は決した。
「千手刀」
「乱舞打撃」
二つの技名が告げられるのと同時に暴風に晒され、土埃が舞う。
そしてその土埃が収まった頃立っていたのは、九条 雪だった。
刀を一振した後、仕舞う時第4王子も倒れ伏した。
唖然とする学校の生徒たち。
「先輩方、保健室はどこですか?」
その一言と同時に止まっていた時間が動き出した。
あちこちで案内係や保健室の分担などが指示され、待機を命じられた彼女は大人しく待っていた。
「すまない。待たせたようだな」
他の生徒よりも幾らか豪華な制服を身に纏い、どこか重苦しさのある雰囲気を出している青年が歩いて話しかけた。
髪の毛もしっかりとセットされ、動作一つひとつに目が奪われる。
『観られる』ことに慣れている者の洗練された動作だ。
「いえ、そんなには待っていませんので......」
「そうか......しかし君も災難だな」
「と、いいますと?」
「私は生徒会長を務めているのだが、今回は来年に向けそれぞれがイベントを出来るようにと思い、任せた結果がコレだ。すまない。生徒会長として謝罪をさせて欲しい」
その生徒会長は勢いよく頭を下げるものだから、彼女は戸惑い、慌てた。
「えっと、あの生徒会長さんが頭を下げるべきではないです。人の上に立つ人は簡単に頭なんて下げてはいけません!」
ゆっくりと、でもまだ申し訳なさそうにしている彼に向かって彼女は人が少し悪そうな顔をすると嗤った。
「自らの尻拭いは自分でさせるのですよ」
それはもう美しく微笑むものだから、生徒会長も少しだけだが見惚れてしまった。
「それで、生徒会長。私はこれからどうするのが最適ですか?」
「あっ、はい。九条 雪さん、あなたは今からこの学園の体術適正と魔法適正のテストを受けて頂きます。それから2日後に結果をお伝えいたしますので、取り敢えずテスト会場へご案内させていただきますね」
_着いてきてくださいと彼が言いながらある方面へと歩きだした。
その数歩後ろを小動物のように着いていく彼女。
ただし、刀を所持しているため重々しい雰囲気だが。
数十メートル歩いていると、彼は人柄や役職のお陰か様々な人に話しかけられていた。
それを軽々と躱しながら目的地である場所にたどり着いた。
そこは人型人形が置かれている演習場と呼ばれる場所だった。
「ここでは、まず体術適正を測らせてもらう。武器の使用は不可だ。全力で一度だけ人形を殴ってくれ。その際、身体強化等の魔法は禁じられている。説明はこのぐらいだろう。準備が整ったら始めてくれ」
武器と魔法の使用は不可能という制限を設けることでその者の純粋な素養を確かめるもののようだ。
真っ白な成人男性サイズの人型人形。
真正面から拳を握り、少し足を引き全力で顔面をぶん殴った。
その人形は大きく後ろへぶっ飛んだ。
衝撃からか、人形は起き上がることがなかった。
「これ、ストレス発散になりますね。入学したらたまに貸してもらおうかな......」
「え、吹っ飛んだ? え? は? ん?」
生徒会長の方を向くと困惑していた。
なにか、マズイことでもしただろうか。
「生徒会長さん......? 大丈夫ですか?」
「へ、あぁ。すまない。取り乱した。次は魔法適正を調べる。移動するから着いてきてくれ」
再びの移動。
しかし、今度は隣の部屋だったようですぐに着いた。
「今は旧型しかないな。しかたない。すまないが、これに手を翳してくれるか?」
四角い箱のような物が机に置かれそれに手を翳した。
体内のなにかを探られるような変な感覚に陥った。
「はい。もういいですよ。体内を探られる感覚がしたので気持ち悪いと思う。結果が出るまで少しですが、座って休むといい」
「すみま......せん。探られるの苦手で」
その部屋にあった椅子にそっと座って少し休んでいると、生徒会長がピクリと動いた。
きっと魔法適正の結果が出たのだろう。
「結果はどうですか?」
「へ? あぁ、無事に結果は出たのだが......こんな結果は私も見たことがなく先生を呼ばなければならなくなった。すまないが今しばらく待っていてくれ」
耳に手をあてて、暫くなにかを喋るとやがて先生と呼ばれている人がやってきた。
「この結果は君が?」
「いえ、私はまだ結果を見てはいないので自分が何をやらかしたとかは知り得ていませんね」
それを見た先生は手招きをした。
素直に従い近づくと箱の黒い部分を見せられた。
そこには
【cord:Unknown】
と確かに示されていた。
「これは、どういうことですか?」
「普通なら、ここにこのような結果が出るんだ」
もう一つの箱を取り出した。
そこには誰かの名前と性別、属性、固有魔法などが示されていた。
「これは、いけないですか?」
「ふむ。私も判断しかねるが、刹様が推してきた人材をみすみす捨てるとなるとあの人がどのように動くか想像が出来なくなるし、なんならこの国を滅ぼす可能性もあるしな......慎重に選択をさせて貰うためには会議が必要かなと私は考えているよ」
君はどう考える
なんて聞かれても私という人間には求められていないだろう。
私に求められているのは、同調。
「そうですね。私はあの人を殺せるならなんだっていいです。私がここにいるのは、あの人を殺すために必要だからなので。先生方は私をこの学園に不必要と考えるのなら不合格になさってくれて構いませんので......」
_まぁ、そんなことをしたらあの人は戦ってくれなくなるだろうけど。
先生方は、一礼するとこの部屋を出ていった。
その後、再びの移動となり宿屋にて一晩を明かすこととなった。
「ハッ!!! ふー」
なにか、嫌な夢を見ていた気がする。
勢いよく身体を起こしたものの空はまだ明るくもなっていない。
窓を開け、二階ではあるが死なないだろうと思い飛び降りた。
音もなく着地をすると、宿屋の庭を歩き始めた。
奥の方に行くと、拓けた場所があった。
少しだけと思い、普段の朝の練習を始めた。
木刀が手元にないため、今回は素手ですることとなった。
構えや動作の確認。
それらをすると普段は真剣に持ち替えるが今日はないので、ここまでとしようと顔をあげるとなにやら宿屋が騒がしい。
抜け出したのがバレたか。
それにしては、時間的に早くないかと思いながら跳躍をして自室に戻った。
戻って数秒後に扉がコンコンと音を立てた。
首を傾げながら、どうぞと言うとそろりと扉が開いた。
そこには宿屋のおばあさんが腰を曲げながら立っていた。
「どうかされましたか?」
「あなたに用事があるという方がいらしていますけれども、どうされますか?」
おばあさんはゆっくりと言葉を選びながら、人がいるということを伝えてきた。
誰が来ているかの思考を巡らせ、学園の教師連中だろうとアタリをつけると部屋に連れてきてくれと頼んだ。
やはり予想は当たっていたようで、今目の前には学園長がいる。
「協議の結果を伝えに来た。結果から先に伝えると合格とさせていただく。入学手続きの話をしたいがその前にいくつか質問に答えてほしい。」
探るような視線。
嫌いなものだ。
「構いません。ただ答えられるものと答えられないものがあることを了承していただけると幸いです。」
そうだね
と朗らかに笑うと質問を三つほどぶつけてきた。
question1
魔力検査をした際、unknownと出た。
故にあのあと、さらに高度な最新のものでも測ってみた。
結果は、変わらず。
正直、どうしようか迷った。
故に君の学生証につけるべき級がない。
君としては、どうしたい?
「私としては、そうですね。一番低い級をつけて頂きたいと考えます。理由は授業などの結果によってその都度判断をして私の級を決めて頂きたいと考えているからです。どうでしょうか」
にっこりと笑うとそれでいこうと話された校長先生。
「次に、きみの出身国についてだ。君は消えた国の出身国で間違いないのか」
ギリッと歯を食いしばると、絞り出すかのように私の喉は震えた。
「間違い、ありません」
重たくなった息をふっと吐き出す。
「じゃあ、最後の質問だ。きみは本当に九条の弟子か」
「はい。私は九条 刹の弟子で間違いありません。彼の復讐のために私は......すみません。なんでもないです」
膝に重ねた手に力を入れ、抑制した。
学園長は立ち上がると、私の方を見つめ言い放った。
「入学おめでとう。明日から正式登校となる。それまでに必要なものは届ける。よき、学園生活を」
それだけ言うと、魔法で消えてしまった。
手を膝から上げ、広げるとそこにはバチバチッと弾けていた。
「この力を使わないで済むといいのだけれど」
その日の夜、梟がやってきた。
窓を開けると、すぐさま腕に飛び乗った。
梟の背中についているボタンを押せば、書類やら学生証明証やら続々と出てきた。
それらを整理し終わってから、梟を飛ばし返した。
布団に入り、少しだけワクワクしながら眠りについた。
師匠、それはないですよね!? 鴉杜さく @may-be
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