第6話 たぬきの講演会
「『かちかち山』のたぬきの講演会」当日。いなばさん、さっちゃん、そしてごん太くんは、共に講演会の会場へと足を運んだ。みんなが会場内へ入ると、有名な悪役だからなのか、客席はほぼ埋まっていた。
「なかなかのお客さんだねー」
さっちゃんがそう言うと、一名は「そうだね」と返し、もう一名は今にも「ケッ!」と言いそうな顔を貫き通していた。
「……この前の毒リンゴばーさんの講演会で、お姫様志望の女の子たちが『これがおいしいリンゴですよー』って言いながらリンゴをばーさんに向かって投げつけた事件みたいなことが起こったりしてねー」
「いなばさん……」
いなばさんの、いつもの彼女らしくない様子に凍りつく約二名。そして、
「あ、始まる!」
「いなばさん、その顔で話を聞くのは、さすがにマズいよ! ノーマルフェイス! ノーマルフェイス!」
「……うん」
ごん太くんの言葉で、いなばさんはイライラ顔をストップさせた。あの意地悪なたぬきのことだ。こんな顔で話を聞いていたら、気づいたたぬきに一体どんなことをされるのか分からない。そんな恐怖が、いなばさんの表情を変えた。
「みなさん、本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
別にあんたのためにここに来ているわけじゃないんだからね、とツンデレ風に、いなばさんは心の中でつぶやいた。デレてはいないが。
講演会は、まず『かちかち山』のあらすじなどの基本的な知識に関する話から始まり、その話は徐々にマニアックな領域へと入っていった。しかし、何度も作品を読み返している、いなばさん。彼女はほとんど自分が知っていることばかり聞かされているので、つまらなかった。
「では最後に、私自身のことを語らせていただきます」
その言葉に、いなばさんはピクッとした。
「私は悪者として、かかれました。かかれた後『かちかち山』は有名な話になりましたが、私は決して良い気持ちになれませんでした。老夫婦と仲良しのうさぎさんはヒーローとして有名になり、私は嫌われ者として有名になりました」
当然でしょ、といなばさんは言った。もちろん、心の中で。
「悪いことをしたのだから仕方ないことですが、私は悲しい気持ちになりました。しかし暗くなるばかりではなかったんです」
ここで、いなばさんの顔つきが変わった。
「たくさんの人が『かちかち山』を読んだり聞いたりして、意地悪をしてはいけない、悪いことをしたら必ず自分に返ってくるなど、そういったことを学ばれたようです。『かちかち山』で心が良い方へと成長された方は多いとのことです。私はそのことを知ったとき、自分は悪者だけれど、誰かの成長に携わることのできるキャラクターとなれたのだな、と思いました。しかし私は、あの自分を正当化させる気など、一切ありません。悪いことをしたら、それをきちんと悪いことだと認め、反省することが大切です。私は今、自分の行いを反省し、一日一善を心掛け、自分が人のためにできることに全力で取り組んでおります」
一日一善を心掛ける。どこかで聞いた言葉である。
「そして、一番言いたいことを言わせていただきます」
ここまで語って、たぬきが一番言いたいこととは。みんな気になった。
「みなさん、かかれ方は様々です。けれど、どんなかかれ方をされても、誰かにとっての魅力的なキャラクターになることは間違いありません。必ず誰かの心を動かします。作品を彩る役割を持ちます。だから、自分が望まないかかれ方をされたとしても、決して腐らないでください。かかれたこと以上に嬉しいことが、かかれた後には待っています。キャラクターとして生を受けたとき、それをずっと誇りに思っていてください」
たぬきは、うっすらと涙を浮かべていた。
「これで、私の話は終わりです。みなさん、最後までご清聴ありがとうございました」
たぬきは一礼し、ここで講演会は終わった。
「以上を持ちまして、今回の講演会は終了となります。それでは『かちかち山』のたぬきさん、本日は誠にありがとうございました!」
司会の締めの言葉を言い終わった直後、会場はたくさんの拍手で包まれた。たぬきには、色とりどりの美しい花束が贈呈された。そしてその花束を受け取って大事に抱えながら、たぬきは去って行った。鳴りやまない拍手に負けないくらいの涙を流しながら。
「良い講演会だったね」
帰り道、ごん太くんがそう言うと、「うん」と賛同の声が重なった。声が重なったことに、ごん太くんとさっちゃんは驚いていた。「ハッピー・アイスクリーム」とは、誰も発しなかった。
「良かったわ、本当に」
その夜、いなばさんは寝る前に本棚へと手を伸ばした。そして一冊の本を手に取った。
『うさぎとかめ』
数秒間その表紙をじっと見てから、いなばさんは本を開いた。いなばさんが『うさぎとかめ』を読むのは、本当に久しぶりであった。
『うさぎとかめ』のうさぎが、いなばさんの先祖であることを知ったとき以来である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。