第27話 朦朧

 暗雲立ちこめる闇の中、鬱蒼と生い茂る森。上手く見えない前方、足場の悪い道の中、速く走れるわけもなく、馬はのろのろと山道を歩いた。

 耳をついて離れない雑音は、私の荒い呼吸音だ。不規則に揺れる肩は、さらに体に負荷をかける。


「く……っ!」


 私は脇腹を押さえた。薬の効き目が切れたのだろうか。街を出て、馬を走らせ続けて早2時間。私自身、そろそろガタが来てもおかしくない。それに街で血を流し続けたのもあるだろう。たまに起こるめまいは、貧血によるものなのだろうか。


「おい、早くしろよ!」


 荷台からの怒鳴り声もまた、負荷をかけた。

 エインが蹴りつけたか、荷台が揺れる。背中から伝わる振動は、痛みを増幅させた。


「もっと速く走れるだろ? おい、エル!」


 飛んでくる怒鳴り声に、胃が絞めつけられる。

 まるで、エインは生き急いでいるようだ。切羽詰まって、後がない。そんな必死さが、彼をこうさせているのだろう。


「……すまない」


 呟いて、馬の腹を蹴飛ばす。その振動が障ったのだろう。

 息さえできないほどの咳が、胸から喉へ突き上げてきた。喉が焼けるように熱い。四大の流動を感じた、と思ったら、口から血反吐が吐き出されていた。歯切れの悪い呼吸が、より脇腹を苦しめる。

 私は馬の首に倒れ込んだ。手綱と馬の首を掴むことで落下は防いだが……苦しい。息が詰まるようだ。血が絡んだ咳が出る。血によって、四大によって、血が滾る。体が熱くなる。辛い、痛い。脇腹が虚しく疼く。

 前をろくに見ていなかったから、だろうか。どうやら目の前には大きな岩戸があったようだ。それに気づいたのは、馬に振り落とされた後のことだった。


「なにやってんだよ、おい――」


 岩に手をかけ、なんとか立ち上がろうとするが、体がうまく動かない。痛みと同時にせり上げてくる吐き気と咳に、私は吐瀉した。ほぼ血の塊だった。速くなる血液の流れに、早鐘を打つ鼓動。駆け寄ってくる黒い影に、私は言う。


「……すまない、いま、はやく……」

「おい、エル! お前、そんな……」


 ほとんど囁きのような、掠れた声しか出なかった。口元の血を拭い、膝をつく。力を込めた体は耐えられず、世界が大きく傾いた。揺らぐ視界の中、感じるのは温もり。ぼんやりと見えたのは、エインのやりきれない表情だった。


「……謝るのは、俺の方だ」


 エインは大きく舌を打つと、鞄を漁り、なにかを取り出した。白んだ世界では、それがなんであるかは分からない。だが、ひどく安心できたのは確かだ。

 ふっと、甘い匂いがした。まるで酒に酔ったような高揚感と、微妙な酩酊が襲うと、次の瞬間には――。

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