三百五話 光5

「兄様! 兄様!」



タチアナは腰を下ろして

瀕死のバーゼンを寝かせる。


バーゼンは一応タチアナの

呼ぶ声に反応を示したが、

声を発することもできずに

ただ苦しそうに呼吸をしている

だけだった。



「だ、誰がこんなことを......」



タチアナは声を震わしながら、

魔王のいる玉座を見た。



「貴様か!! 私の兄を傷つけたのは!」



タチアナは焼け付くような視線を

魔王に向ける。


魔王はふっと不敵に笑った。

その反応を見てタチアナは

自分の拳を握り絞める。



隣では、もはや戦意を失った

カクバがただ呆然としている。



バーゼンをそんな目に合わしたのは

俺なんだよ......



カクバが元に戻ったタチアナに

そう伝えようと



「......タチ──」



口を開いたその時。



シュンッ!!



途轍もない勢いで玉座の前に

立っていた魔王がカクバに接近し、

そして蹴り飛ばした。



「余計なことを口にするな。

人間。」



蹴り飛ばされたカクバは

そのまま壁に激突し、意識を失った。



タチアナは今の現状が飲み込めず、

カクバ! と叫ぶことすらできなかった。



「......何をそんなに震えておる。」



カクバを蹴り飛ばした魔王は、

視線をタチアナに移す。



「......き、貴様! よくも私の仲間を!!」



「仲間? 何を言っている。

あやつらは貴様の仲間では

ない。寧ろ、敵ぞ。」



「......?」



「我にその体を乗っ取られていた時の

記憶も無いか......よかろう。

今まで我の体と共に生きてきたのだ。

言わば貴様は、我の分身──いや、

我そのものと言える。

ならば、我は貴様に教えよう。

貴様が何者であるか。

そして、貴様が今後どうなるかを。」



「貴様はさっきから何を──」



「よく聞け。タチアナと

名付けられた我よ。貴様は

以前、我の部下に捕まった

とある人間に、我の生き肝を移植して

生まれた人間と魔族のキメラである。」



「......何をふざけたことを──」



「ふざけてなどおらん。

聞くが、貴様に幼い頃の人間としての

記憶はあるのか?」



「.......」



「貴様と同じ血が流れている人間は

いるのか?」



「......」



今まで避けてきた、忘れようと

していたことを魔王は自分に

尋ねてくる。



タチアナの顔色はどんどん真っ青に

なっていった。



「同じ血が流れていなくとも......

私の家族はここにいる。」



答えられたのはこれだけだった。



「? こやつが? 馬鹿を言うな。

このような下等生物が貴様の家族な

わけがなかろう。」



「私の兄を馬鹿にするな!!!

たとえ、私に記憶が無かろうと!

兄様と同じ血が流れていまいと!

私は兄様の妹──」



「愚か者めが!!!

貴様に家族などおらん!!

貴様は我の体に生まれた

人間でも魔族でもない

偶然の産物にすぎん!

そんな貴様に家族が

いるものか!」

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