第31話  桎梏・・・械

 ダメだ……彼らをまず助けなければ……


 数十メートル先で砲撃の標的にされているエボルート人は、迅が遠目から見ても震えているかのようで、限界が近づいているのを感じた。


「一気に攻めましょう」


 近くにいたレンカ、マーナらと数人のエルフ達も同じ考えのようだった。


 マーナを始め、エルフの弓隊が射撃手に向けて弓を引くと同時に、ダグリールと近くにいた数人のダークエルフとニンフが後を追うように走り出す。


 放った弓矢が次々と射撃手を射抜く。

 射撃手らには鳴り止まぬ砲撃のけたたましい音が、迫るダグリールらに気づくのにタイムラグが生じる。ダグリールは背中から二本の幅広の剣を抜き、流れるような体捌きで数人の射撃手の首を刎ねていく。


「はいよ、はいよ、はいよーっと」


 矢が外れた射撃手と城から出てきた数十人の兵士が、その広場で鉢合わせ、そこでダグリールらの存在を把握する。


『なんだコラーっ』『ぎぁゃーっ』『殺せーっ』……



 ダグリールに首を刎ねられた射撃手の胴体からは鮮血が噴き出し、他の射撃手が悲鳴を上げながら逃げるものと、腰から拳銃のようなものを取り出し構える兵士の怒号とが広場で掻き乱れる。


 あれは拳銃なのか……


 迅とレンカらは城からわらわらと出てきた兵士らを迎え討つ。

 チビッコらはマーナの結界のもと、おとなしくさせ、迅とレンカ、マーナら味方軍が万全の布陣をもって優勢に進めていく。射撃される銃弾は防御魔法と結界を重ね掛けして去なし、弓、攻撃魔法で援護する。


 援護された迅、レンカらは速攻剣を振り上げ、容赦なく帝国兵を次々と斬り伏せていく。時折迅のチカラが発動しては帝国兵へ向けるように跳弾をコントロールしていた。


 一方、ダグリールらの方も交戦しつつ、数人のニンフによって、的にされていたエボルート人の介抱と治癒を行っているようだった。


 その広場内の数十人の帝国兵を制圧したときにそれは起きる。

 その場にいた迅を含めた味方兵、いや恐らく四方から城を攻め込んでいるだろう味方全軍の誰もが思いもしなかったことが起こる。



 今もなお記憶に残っている、忌々しい声が城全体を震わすように響き渡る。


「随分早かったものだな。……どうやったかは知らんが興味なし。……お前らクズどもの敗北はかわらんのだからな。精鋭なる帝国兵たちよ。喜べ、勝利は近い。ここに『桎梏しっこく』を発動する。……我に歯向かうクズども。名誉に思え。奴隷用に開発した物だ。良い実験体になりおるわ。フフフっ、ワッハハハハっ」




 なっ…………いったい……この帝王の余裕は。しっこく? どんな隠し玉なのか。そう迅が思う直後に、黒板を爪で引っ掻くような不快な音が周囲一面に鳴り渡る。



「なんだこのキーって音、耳障りもいいとこだ。気にしないで行きましょう……えっ」


 迅が振り向くと味方の軍全員が地面に伏せていた。


『うぐぐぐ』『なんだ 』『ううっ』……


「なに? どうしたんですかっ!!」


 迅はレンカ、マーナ、近くで倒れている全員に向けて声を放つと、マーナから困惑したように声が出る。


「迅さん、わからないの。立っていられない……」

「マーナさん。レンカさん。ミクル、ラオ……」



「ジン……」


 不意に服を引っ張られ振り向くとキクリがいて、キクリだけは何ともないようだった。


「キクリ! 大丈夫か? みんなどうしたんだ」


 俺とキクリがなんともないってことは魔力に反応してんだな。この音かなにかが……レンカが訴えるように言う。



「迅さん、手足が動かない……」


「手足…………桎梏しっこく……かしか! じいちゃんに聞いたことある。手枷足枷だな。どこまで奴隷好きなんだ奴は……」




「迅さんお願い聞いて……」


 レンカが迅にある頼みごとをする。


「マジですか。なんで? 今そんな……」


「いいから、早くっ! 」


 迅はキクリに手伝ってもらい、言われたようにしながら思う。いつもより、というかドス黒くなってねぇか、レンカさんの硬化。


「ありがとっ! 」


 と笑うレンカの赤い瞳はいつにも増して深みを帯びていて笑顔の下から白い牙のようなものが覗いていた。近くのマーナは横たわりながらもブツブツ何かを呟いている。


 なんかわからんが……



 制圧し終わった広場にすぐにでも新たな帝国兵が押し寄せてくるだろう。



 まずいまずいまずいまずい。これはまずい。みんな今無抵抗状態に等しい。動けるのは俺とキクリのみ。兵士はまだまだいる。多勢に無勢、それよりも今怖いのは……



『ぎゃぁ』『ぐうっ』……



 早々に危惧していたことが起きる。

 新たな帝国兵が迅ら軍団がいる広場になだれ込み、目についた味方兵を見るなり弄びはじめたのだ。そして帝王から勝ち誇ったかのような声が周囲に拡がる。



「ファっハハハっ。勝負は決したな。精鋭なる帝国軍の兵士よ。転がっているオモチャを簡単に殺すことを許さぬ。フフフフ。そうだな。一匹当たり三十回は突き刺してから首を刎ねよ。……そうそう十匹ぐらいは残しておけ。たまには我も余興を楽しみたい。フフフ。アっハハハハハっ」



「おほーっ。いるぜいるぜ。玩具がいっぱいよお」

「おおしっ。いっかーい、にかーい、さんかーい……」

『うがあ』『うぐっ』……




「うううううおおおおおおおっ!!!」


 迅が叫びながらその帝国兵へ向かって走り出す。


「おい。人族いるぞ。一人とガキか。へっ。しょうもねえ。みんなで撃とうぜ」



 迅に向けて一斉射撃が始まる。迅はキクリを背負っていた。


「キクリ、しっかり掴まって絶対後ろから顔出すなよ! 」

 

 迅に向けられる一斉の銃弾は全てチカラにはじかれる。


「おおい。なんだあれっ」

「エボーじゃねえのか」

「これならどうよ」


 ガトリング砲が放たれる。


『うわあっ』『うおっ、なんだ』『ぎゃあ』……


 跳弾が迅の意のまま弾かれ帝国兵へ向かい、慌てる帝国兵の一人が悲鳴のように叫ぶ。



「止まれ止まれ止まれ!! 」


 迅がぴったり足を止めると背中から不思議に思ったのかキクリが声をだす。


「どしたの……ジン? 」




 帝国兵は近くで地面に横たわる味方兵に剣を突き立てていた。


「ははははっ。やっぱりだ。これだな。」

「よせっ」

「ぐああっ」

「へへへっ。そうゆうことね。お前も人族のくせして染められたのかぁ」

「仲間ってかぁ? おい動くな。わかってねーな。お前、次動いたらこのおもちゃの首を刎ねる。おもちゃは腐るほどあっからなぁ」



 なすすべがない。俺のチカラでは一気に兵士どもを倒せない。動けば何人か、それ以上犠牲が出る。それでも動くしかない。


 ……その時キクリの手にチカラが入りこう言う。


「あのときの……ジン走って」


 意味はわからなかった。でも今なんだろう。と一度止めた足を帝国兵に向かって走り出す。それを見た剣を突き立てていた帝国兵は、歯を剥きだしながら吐き捨てる。



「あああ? こいつら殺……」


『ボンッ』……鈍い音と同時にその帝国兵の頭部が破裂する。『ボンッ』『ボンっ』つづけて二人の帝国兵の頭も炸裂する。


 なんだなんだと、他の帝国兵四人が雄たけびをあげながら、いっせいに迅に向けて剣を振る。


『ズンっ』『ギンっ』……


 時間が止まったかのような感覚と同時に、金属と肉骨を断ち切る鈍い音を響かせ四人は剣もろとも細切れに散った。


 それを見た帝国兵からは絶叫するかのような声が続いた。


『うわわわわわあっ』……

「なんだこいつ撃て撃て撃て! 構わねえ。下に転がってるのも全部撃てっ!!!」


 まずいっ。と迅が構え、次の行動を考えようとしたとき、マーナ、レンカらのいる背後から狂気を漂わせる声があがる。


「ああああああああああ」


 なんだ? ……

 迅が振り返りみると変わらず地面に伏せている仲間たちだが、その中でマーナだけが叫んでいた。


 次の瞬間マーナが白い明かりに包まれ、その光が体に集束すると、まるでサナギから蝶が生まれるかのように、マーナの背中から金色に輝く羽の生えた物体が現れ思わず迅から声が出る。


「マーナさんっ! 」


 その異様な光景は帝国兵たちも目撃する。マーナの体はそのまま地面に横たわっていた。


「あわわっ。バケモンだ。撃て! 」


 それはエネルギーの塊りのように光を放ち弓のようなものをつくり出すと次々と帝国兵に向けて矢を放ちだす。金色に輝く矢は次々と命中すると、おおよそ矢があたるとは思えない『ドンッ』『ドンッ』という音と共に体に大きな穴をあけていった。

 

 それは宙を縦横無尽に飛び回り、銃弾はその体をすり抜けていく。

 迅は思い至るようにいう。


「ははっ。確かに変身だ……」

 

 迅は背中のキクリを庇うように攻撃を、斬るより、突きに徹底して帝国兵を倒していきながらも、その様子をみていた。


 マーナの矢は正に無双状態で、一度に何本も射出された矢は全て命中していた。

 一方、かろうじて金色の矢から逃れられ走る帝国兵らが、つぎつぎと転び、血を噴き出している。

 つぎはなんだ? と迅が目を凝らすと、地を這う黒い何かが、逃げていく帝国兵らの足に次々と絡みつき転倒させ、首を搔き切っているかのように見えた。


 なにあの影みたいの…… 

 耳元でキクリが囁く


「レンカだよ……」


「はいっ? 」



 

 気がつくとその広場は、新たに現れた帝国兵含め全て殲滅していた。


 その広場に敵が一人もいなくなったことを確認して金色に輝く存在のそばによる。


「マーナさん。ですよね? 」

「ふふ。はい。変身マーナですよ。」



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