第15話  伝染しました


「あれだよ。迅さんに見せたかったの」


 それはこの都市を一望できそうな高台にあった。


 この世界にはいささか場違いな感じで、それは近づくにつれ、大きさの認識違いを思い知らされた。


 チビッコ達もはじめて見たのか目を爛々としてる。

 客観的にみると巨大なビルだ。だが確かに良くみるとこの世界らしい石造り基調で下方部は地盤と建物が、レンガと石で頑強に組み合わさり、そこから上方部にせり上がるよう石膏と銅の様なもので造られたモニュメントのような建造物が建つ。

 マーナが説明してくれる。


「『断罪の搭』です。全ての罪穢れ、不浄を断つ。無慈悲の搭 ともいわれています」

 

「えーっ。なんかぶっそうですね? 」



 迅の言葉に不思議そうな顔をするマーナとレンカ。


「あれっ? 」


「どうしてですか? 」


「えっ? 」


「こんなはっきりとした勧善懲悪ないと思いますが」

「そうだね」


 レンカが相槌を打つ


 


 搭の回りを遠巻きで歩いていた迅が、ちょうど正面まで回りこみ、今一度下から全貌を眺めた。その姿を見、驚愕し、詰まりながらも言葉を発す


「……これは……ちょっとこれって……」


 マーナがいともなく話す


「刃です。圧倒的なチカラで断つ。それは武でも魔でもなく交戦することのない一方的な一刀です」


 


 迅が塔の正面まで回りこんでみたものは巨大な刃。『断頭台とギロチン』



 そう……俺はこれを見たんだ。

 はじめて来たあのときも、カマンディスペラドと対峙したときも。


 俺の世界の記憶にあった刀でも剣でも武器でもない。


 それでも誰もがそれを畏怖する存在。ギロチンに見えたのだ。それが超高速に俺の周りから様々な大きさと形になって、飛び出し霧となって消える。これだ! 迅は本能的に確信を持つ。


 前の世界の記憶にあるギロチンとは形状が違う。モニュメントとしてあるためか、崇高なイメージに仕上げられ、周りを固める搭全体も神聖さを思わせる創りになっている。


 絶対的な力の象徴。権力の象徴。一方的な力。なにかと交わることの無い、行使するのみの力。



 巨大な刃の禍々しさとのギャップが見るものを惹き付けるのだろうか。実際俺も、立ち尽くして見入ってしまったのだから……


 前の世界じゃ考えられない。人を両断するものを崇高の対象にすることなど。価値観の違いか。いや、俺たちの世界がずれてるのか?



 断頭台のそれぞれの印象だが……そうか、これを畏怖に感じるのは自分を、無意識にその刃の、断頭台の対象として見て感じるからか。……対象と感じない生きざまをしていれば、それらからは、正にすべての諸悪害を拒絶する圧倒的な盾であり剣なのだろうか。


 迅は自分なりの解釈と、自信を持って述べる二人の生きざまに敬意のようなものを感じた。


 ここに来た時点でなんだけど、あらためてカルチャーショックだな。


 迅は気を取り直し、塔の正面下のエントランスのようなものを指し訊く


「これ、中入れるんですか? 」

「入れますよ。いきましょう」


 搭の下は地盤を固めているのか何層もの巨大な石積になっている。規則正しく積まれた造りに感心する。


 中へ入る通路らしきものが見え、結構な人の出入りが見える。

 大きなトンネルのような薄暗い通路を入っていくと大きな吹き抜けになっている。


 何があるのかと見渡す。ひんやりとした空気と雰囲気に、博物館のような印象を持つ。


 世界の歴史をたどるような像が並び、その奥に大きな石板がドミノ状にいくつも並んでいた。


 レンカに手をひっぱられ


「ジーンさん。ここに手置いて。なんか感じる? 」

「いやなにも」


 レンカに手を引かれ言われるままに次々と石板に手を置く

 

 象形文字のようなものが石板に彫ってあり。石板ごとに

龍とか獣とかもある。この世界のすべての種が揃えてあるようだ。


 これは。人だな。人型のもあり、人型のは四コマ漫画のように続き絵になっていた。



 四コマ目に描かれていたのは……


 迅の頭に鐘の音が鳴る。鐘あったか? 

 頭の中に強く響く。頭の中が白で満たされる……意識が遠のく……



 『タカナシジン』 


 遠くで迅を呼ぶ声が聞こえる。




 何も見えない。あれはなんだ。白く光る靄がこちらをみているようだ。その靄の塊りが話しかける。


「ようやく逢えましたね。タカナシジン」


 俺を知ってる……これは……


「理解できないようですね」



「いや、ちょっと待ってくれ」


 間違いなく混乱している自覚があった。だが、そうなんだろうと応える。


「いや、なんとなく理解はできる。俺をこの世界に喚んだ人だろ。って違うか、神様か、女神様か? 」


「ふふっ。そうゆう存在と認識して頂いて構いません」


「マジか……なんで俺が選ばれた? 」


 迅は興奮気味につっかかるように訊いた。普段なら誰にでも敬語を使う迅。ましてや神様か女神様かに対してこのような態度をとったのは、この世界に来てから結構な日にちが経っていたこともあるし、わけがわからない状況とチカラにほとほと参っていたこともあったからだ。



「ふふっ。マジですよ。それと、あなたを喚んだのは私ではないですよ」


「えっ! 」


「いるでしょう。不思議なチカラを持つ子が」


「キクリが? でもキクリは違うって! 」


「そう。あの子にそこまでのチカラはありません。助けを求めただけです」


「ん? 」


「あの子の強い想いがあるチカラに働いた。そのチカラが次元の壁を越え、それで私が導きました。言葉とあなたの能力はこの世界の理によるものです」


「やっぱり混乱する。キクリが……助けを祈ったっていうか、想ったんだな……それであるチカラが働いて、あんた……いや女神様が導いて……あるチカラ? 」


「あなたには三つのチカラが働いてこの場にいます。そしてあるチカラがあなたを選んだ。すべてに適していたからのようです。もっとも些か見当違いがあったようですが……いずれもう一つのチカラから事の顛末を知らされる時が来るかもしれませんね」


「はあ? 」


「通常ありえないんですが、三つのチカラが合わさり成しえたことなのでしょう。……あなたの世界。特に想像力。とても良く出来ています。理にかなっている。今あなたがこの状況を受け入れているのが何よりの証拠」


「わからないです」


「いいたいことはわかります。でも、この世界に来て違和感なく生活してるでしょう? 」


「いやいやいや、ありまくりですよ」


「そうでしょうか。あなた達が想像でつくっている世界とそっくりではないですか。普通はね。理解も対応も出来なくて発狂してしまうのですよ。自我を持っているならね」


「もう一つのチカラって他に誰かが関わってるってことですか? 」


「これ以上は干渉にあたります。私は何でも屋ではないのですよ。こうしてこの場を設けたのは、あなたが意外にもお人好しすぎると思ったからです。放っておいたらせっかくの修正が崩れる恐れがあるからです。もう一つ。ご自身の能力にはもっと幅がありますよ」


「でも。ここに来るとは限らなかったんでは」

「思い出してみてください。どうしてここにきたのですか? 」


 思い返してみる。レンカか?


「レンカはあんたの……」

「そうではないでしょ。これだから人族は……あのコには切っ掛けを閃きと気づきとして送っただけですよ。それは干渉ではなく導きです。同じようで全く異なります」


「わかったような……」


「わからなくていいのですよ。そろそろ戻りなさい。皆あなたを心配してますよ。この短期間で信頼を得たのですね」


「俺は帰れるのか? 」


「ふふっ。帰りたいのですか? 」


 消え入りそうな声を最後に意識が戻った。

 目を開けると五人が俺の顔を覗き込んでいた。



「「わーっ」」


 

 神との対話中、俺はずっと白目を向いて倒れ、痙攣していたのだそうだ。


 目を開けた時、迅はチビッコ達がそれぞれ泣きながら体を揺さぶっているのと、馬乗りになって頬を往復に平手打ちをしているレンカがみえた。


 マーナとレンカも涙ぐんでいた。


 俺ってそんなに皆から思われてたの? うそっ。マジで? 俺の人生そんなことあった? いや、ほっぺた痛い……



 込み上げてくるものがあり、涙が迅にも伝染した。


 神の最後の言葉と笑みの意味がわかった。


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