第6話 思っていたのと違う
夜の食事も終え、
エルフのマーナの弓術と蛇種族のレンカとの連携。
どれもこれもが迅の脳裏に鮮明に映し出されては強い記憶となっていた。
それとともに迅にはある考えが浮かぶ。
弓かぁ……すごかったけど無理だよなぁ。やっぱり俺は……と記憶の中の視線をマーナからレンカに移す。
翌朝、まだ若干肌寒い感じだったが、皆起きてそれぞれが行動していた。迅も顔を洗ってから一息入れ、レンカのもとに向かい頼み込む。
「レンカさん、ちょっとお願いあるんだけどいい? 」
「あらっ。なになにどーしたの、あらたまって! 」
「剣、教えてもらえますか」
「やってたの迅さん? 」
「前の世界で少し」
朝の食事前に軽く剣をみてもらうことになる。剣は予備になかったので、それなりに使えそうな木から木刀を拵えた。
迅には剣道の心得がある。祖父が道場を開いていたこともあって幼少期から学生時代まで打ち込んでいた。
ただ、あくまで学生時代までで、かなりブランクもあること。特に秀でた成績を上げていた選手ではなかったこと。そそして、もちろん実戦で、ましてや異世界の魔獣相手に通用するとは思ってはいなかった。
この世界にいつまでいるのか、今後どうなるかもわからないが、いる間だけでもここにいる意味。それはこの五人の仲間を守ることだろうと迅は心に決めていた。
それに今だ解明できない能力を、当てにしてはいけないと思った。レンカに剣を教わったところで一朝一夕で急激に腕を上げられるとも思ってはいない。
ただ経験があるから、弓より剣をえらんだ。
「はーい。迅さん、構えて」
迅はこの世界の実践における剣術と戦術を、体感したかった。ひとしきりレンカに剣を打ち込んでみて、簡単な流れをみてもらう。
「ありがとうございました」
「はーい。お疲れ様ね。迅さん、感想聞く? 」
「お願いします」
「悪くないわよ。見たことない型だったけど、気になったことはね。下がりすぎ。そんなもんかな。ちょっとしかみてないからね」
「またお願いします」
「いーわよ」
とウインクして颯爽と騎士のように去っていく。
絵になるなぁ……
よく祖父にもいわれていたことだった。下がるな。下がるな。前でろ。と その時は自覚がなく、下がっているつもりもなかった。だが、いつもいつも声を荒げて、祖父に同じことを言われていた。
「ははっ。じいちゃんと同じこと言われた」
『負けず嫌い』という言葉があるが迅は逆だった。勝ってどうするの。負けたからなに。
幼少期から、周りが勝ちにこだわっているのが不思議だった。興味本位で勝ち続けたことがある。小さな大会だったが、そこで優勝したら周りが偉く喜んでいた。
迅にはそれがよくわからなかった。勝つ喜びがわからなかった。それから勝つことを目標とすることはなくなり、時にはわざと負けた。負けた悔しさもわからず、興味をなくした。
今初めて勝つこと、負けることの意味を知る。
勝つことは生きる喜び。負けることは死ぬ悔しさ。
◇
あれから迅は旅を続ける中で、時間をみては一人、時にはレンカの指導を受けながら、木刀を持ち稽古していた。
今朝も目覚めてから野宿場所を少し離れて、一人稽古。ひとしきりした後、汗を拭い、皆のもとへ戻ろうと踵を返した時、それは目の前にすでにいた。
朝日の逆光で一瞬人に見えたそれは違っていた。
迅と同じ高さの目線のそれは、後方に伸びる胴体で羽らしきものを閉じている。
音も気配もなにもなく、まさに気が付いた時にはそこにいた。
硬直する迅。急速に恐怖と悪寒が全身を包む。
それは首を左右上下と不安定な動きをした。例えるならばヤジロベー。体に頭がチョンっと乗ってるだけのような不安定さだ。
その得体の知れない動きと姿に覚えがある。動物じゃない。カマキリだ。
黄緑色の体に逆三角形の顔。顔の大部分を占めているのが、こまめな動きをしている口と、いくつもの目が集まってできているといわれる複眼。そのまま巨大化させた感じじゃなく異様な模様と全身が鎧のように厳つい。
こんな感じで死は訪れるのか。
無理だと思った。すぐ逃げなければと思うが動けない。動かない。
『うおおおーっうおーっ』心の中で叫ぶ。何とか右手に持っている木刀を、そのまま下から振りぬきつつ一歩さがる。
そして木刀を両手に持ち直し構える。
だが、下がった分距離を縮め、かわらず眼前にそれはいる。
カマキリは両手を前にして、その鎌状のうでを閉じていた。鎌というには禍々しく異形な腕。
迅をただ観察しているのだろうか、距離を保っていた。
目の前のカマキリの魔獣に、まるで勝てる気がしない。
相変わらず不安定に動く頭にどこを見ているのかわからない眼。鎌状の腕。恐怖に冷や汗が止まらない。記憶の中にいたカマキリは一瞬の間に獲物を仕留めていた。
そう。あの鎌状の腕が動いた瞬間にやられるだろう。太い下半身からせり上がる細い上体を揺らしだす。
見たことがある。くる。
逃げることはもはや無理、と迅は集中する。木刀の先をカマキリの目の高さのやや下あたりにし、小刻みに震わせタイミングを計る。
その時なぜかカマキリがあらぬ方向に、顔を頭ごとグルリとまわした。
なんだ? 今なのか?! 『前でろ』とばかりに迅は踏み込み木刀の先端を、喉元めがけ突きを放つ。
あらぬ方向を向いたまま、木刀の先端は、いつのまにか鎌に絡めとられていた。速すぎる鎌の動きに絶望の足音が聞こえる。
『くっ』あわてて木刀を引き抜こうとするが、万力で固定されたのかのように動かない。そして木刀ごと体を引き寄せられる。
もう一つの鎌が動く。迅の首を刈りに。木刀が絡めとられた時の動きは見えなかったが、今にも首を刈るであろう鎌がスローモーションのようにハッキリみえる。
ゆっくりと鎌が迅の首に到達する。
全身を空気の塊が突き抜けていく感覚がし、目の前のカマキリが消えていた。
つかの間の後、迅の目の前に、縦に両断された肉の塊が、上空からドラム缶を潰すような鈍い音を立て、落ち、血溜まりを広げた。
あの時と同じだ……迅は膝を落とし、暫し茫然とした。
「ははっ」
力なく肩を落とし独り言を吐く
「なんとなくわかっちゃったよ」
一つの仮説が浮かんだ。いや、仮説ではなくそうゆうことなんだろうと、思いを変えた。
俺の力。使えねぇ。こんなの最弱と同じじゃないか。でも俺らしいっちゃ。俺らしいのか。ははっ。これではあのコ達守れねぇじゃねぇか。
自分と能力の不甲斐なさにあきれる。
「くそっ。くそっ。くそっ」
叫びたいが仕方がない。諦めて今できることをしよう。
迅がわかったと思った能力。それは。
『完全自己防衛システム』とでもいうべきか、迅の命の危険にともなってのみ発動する。
つまり意図的に繰り出すことはおろか、守りたい人の為に繰り出すことも出来ない。
完全自己中心能力なのである。
それから更に迅は、時間をみては、一心不乱に木刀を素振りするようになった。役に立つのか間に合うのかわからない。けど、ここは死と隣り合わせの世界。
弱いものを助けることが出来ないなど、助けられなければ死ぬ。
朝からそして深夜皆が寝静まってから。迅は自分が想定できるあらゆる鍛練を行った。それがすぐに役に立つとは迅も思わない。
だが、ジッとしてられない。ジッとしていると潰されそうになる。あらゆるプレッシャーに、迅は飲み込まれそうになっていた。
ある朝、
「レンカさん、またお願いできます? 」
「へぇ。迅さん熱心だねぇ」
「いいけど。でも迅さんあれあるしいいんじゃない」
いうな。あれとはあのバカでかムカデを倒した力のことだろ!使えないんだよ。みんなを守れないんだよ!
「いやぁ。あれ使えそうもないっすから。ははっ」
「いいわよ。迅さん。かまえて! 」
悲しいかな。これも営業で培ったスキル。『空元気、いつもとなにも変わりませーん』
相手の表情の機微でそのあとのトークをかえたりする。
逆に言えばこちらの表情の機微も相手に伝わるということ。それは、バカにしてはいけない。
敏感な人は営業スマイルが本音はどこにあるのか自然と見抜けるし、駆け出しの頃、表情一つで契約を反故にしたことがある。態度や言葉じゃなく。ミリ単位の表情の違いでだ。
だから自然といつもとかわらずにしていたハズなのに。
レンカにその機微を見透かされた。
「迅さんおつかれ! 根詰めすぎじゃない? 迅さんのあのチカラ出せなくても、うちらも戦えるんだよ。あんときの魔獣は例外だから。普通に出会う魔獣くらいなら、あたしとマー姉でなんとかなるんよ」
ニコっと笑顔で話しを続ける。
「いざとなったらチビッコ三人衆もいるしね」
「いやそれは……」それはダメだ……
「迅さん、あのコら強いんだよ。ミクル。ラオはね。マナを身体強力に用いるから、ちょっとやそこらの魔獣にも勝てるんよ。それに、も少し成長したら魔法も使えるようになるし。キクりの力は……まだあたしもよくわかんない。……だから。あたしらを守る。なんて考えないでいーよ。ていうかすでに一回助けられてるし……ほんと感謝してる。迅さんと初めて会ったとき、怯えまくってたあたしらだけど、あれはほんとに
矢継ぎ早に言葉を続けた。慰めてくれてるのか、本当のことなのか。たぶん両方なんだろう。
はぁ。またしても気を使わせちゃったな!
「わかりました。有り難うございます。ただ、鍛練は時間ある時でいいんでまた付き合ってください」
「いーわよ。つきあったげる! 」
ギュっとはぐしてきた。
なんで。情けないとこ見せててこんなラッキーある? どゆこと。
「いや。あのレンカさん」
「レンカっ! 」
「あらマー姉。マー姉もする? 男の汗くさいのクラクラするわよ」
くさっ? ほんとか?
「バカやってないで」
「ミクルもするーっ」
レンカが離れたと同時に、ミクルが弾丸のように胸元に飛び付いてきた。『うっ』続いて後ろからラオが、木によじ登るカブトムシのように、足元から服をガッシガッシと掴みながら、しまいに頭頂部の髪の毛までガッシと掴み肩までのぼり。
「へへっ」
髪の毛が痛くて頭が後ろにのけ反り、ヤンキーにからまれた、かわいそうなおっさん状態になってしまう。
「んっ、もう痛っ重いって」
涙目になりながら、横を見ると目に入ったものがある。
それは乗り遅れたって感じで、指をかんでジトっと睨むキクリの目だった。
「ははっ」
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