『タイム・スリッパ』

やましん(テンパー)

『タイム・スリッパ』

  

 『これは、フィクションです。』



       



 やましんさんは、近所の中古屋さんで、とても暖かそうな、古いスリッパさんを買いました。


 お店は、それで、あすには、閉店になるようでした。


 世界的な感染症の大流行で、人類はすでに半数以上を失い、産業や、経済は、崩壊しました。


 電力や、ガス、水道などの供給も、ままならず、空調機器はどこも止まりました。


 食糧も、またく、足りません。


 夏場も、たいへんでしたが、冬は、もっと厳しくなるのは、しっかり、見えておりました。


 お金持ちは、それなりの対策も、まだ、多少は、やりようがありましたが、それも、まもなく、限界がやってきそうでした。


 つまり、お金があっても、どうにもならない状態、需要はあるが、供給ができない事態になるのです。


 戦時中や、終戦直後には、大金さえだせば、大抵のものは、なぜか、どこかから、出てきたらしいのですが、それもできなくなる。


 つまり、貨幣経済は、機能停止になりそうでした。


 政府も、働かないし、軍隊の統制も、効かなくなりそうです。


 多数の国が、軍事独裁政権に移りました。


 勿論、医療も、崩壊です。


 世界は、映画みたいな、手のつけられない、無法状態になりそうでした。 


 この国のテレビ放送は、すでに停止になりましたが、中波のラジオ放送だけは、一部ですが、なんとか働いていました。 


 昼間は、ほとんど何も聞こえない地域でも、夜になると、電波が電離層で反射されるようになるので、遠方の放送が聞こえてきました。


 文明の断末魔だったのです。


 やましんさんのいる地域は、まだ、インフラもいくらか動いておりましたが、もう、時間の問題です。


 一般人は、指定された収容所に入るように、沙汰が出ておりました。


 やましんさんは、お薬の服用が必要でしたし、お腹の中のステントを、定期的に交換する必要がありましたが、肝心の病院が停止してしまったので、このさき、どうなるのか、わからなくなってきておりました。


 だから、諦め気分になっておりました。


 今夜は、自宅で最後の晩餐のつもりになっていたのです。


 なんだか、やたら、寒くなりましたし。


 とっておきの、マグロのステーキの缶詰を用意いたしました。

  

 『では、あらゆるものに、ありがとう。いただきます。』


 缶詰の蓋を捻りました。


 ぷち!

 

 すると、声がしました。


 『ああ、あなた。合図理解しました。どこに、行きたいですか?』


 『はあ? え、なんだろう。誰だろう? 合図ってなに?』


 『あなたの、足元におりまし。その、缶詰のクリック音には、合図の、波長が、含まれておりました。ミッションが開始されました。行き先を指定してください。』


 『あ、し、も、と?』


 『はい〰️〰️。ぼく、スリッパです。ただのスリッパでなく、タイム・スリッパです。はるか、宇宙から、滅び行く地球人を、何人か助けるために、やって来ました。』


 『な、な、な。何人かって。え、え、なんだそれはあ?』


 『あなた、理解が遅いなあ。いいでしょう。かいつまんで、お話しします。えへん。そもそも……………』


 ちっとも、かいつまんだ話しではなかったので、簡単に言うと、こうです。


 かれら、タイム・スリッパ属は、空間から空間、時間から時間を旅行することで、エネルギーを得るのだとか。


 たまたま、この地球を発見し、観察の結果、さまざまな見地からして、地球人類の滅亡は近いと判断したのだそうで、可哀想なので、いくらか助けようとしているんだとか。


 まさに、いまや、そうなっているので、救出作業に入っているんだとか。


 『助けるのなら、優秀な人間を助けるべきだろう?』


 すると、タイム・スリッパさんは、いうのです。


 『優秀な人を助けると、また、人類は、環境破壊をするだろう。と。優秀ではない、普通以下の人を助けるべきです。』


 『ぶち! なんだそれは。多少、複雑。あのさ、助けるって、どうするの?』


 『どこにでも、運びます。ただし、地球人類がいない場所に。独立した、シェルター付きです。豪華な別荘みたいなものです。完璧医療キット整備。お望みの、あらゆる食事が供給されまし。レクリエーション施設整備でし。しかも、料金は、なし。金星でも、火星でも、エンケラドスでも、太陽系外でも、ぼくらが到達した場所ならどこでも、オッケーよ。たぶん、千年は生きられます。やなやつもいない。楽しいですよ。お望みなら、どんな、アンドロイド・ロボットさんもおつけします。アフターサービス付きです。死後はシェルターがお墓になりまし。丁寧に、現地に埋葬いたします。ま、シェルターの自己知能により、勝手に、埋葬されるのですが。』


 『あそ。いや、いいです。まにあってます。』


 『そりゃ、買ったんだから、使うのがあなたの義務です。使わないなら、処分します。足から燃やします。』


 『そんな、むちゃくちゃな。買っても使わないものは、あるよ。』


 『もったいない。だから、地球人類は、無駄なのです。作るだけ作って、あまったら、ぽい。資源の無駄遣いです。買っておいて、使わないなんて、詐欺です。犯罪です。ならば、罰しなければ。』


 『うな、無理矢理な。却下。いいよ、仕方ない、滅んでも。車の使用も最低にしたよ。社会の迷惑にならないように、仕事も辞めた。自己隔離した。ぼくなりに、社会に貢献してるんだ。やるべきは、やったんだ。』


 『だめです。もう、そう、決まりました。では、僕が場所、決めてあげます。タイタンに移住しましょう。はい、秒読み開始。』


 やましんさんは、スリッパを脱ごうとしましたが、どうしても、足から離れません。


 引っ張っても、冷蔵庫にぶっつけても、それこそ、だめです。


 『10……9……8……7……6……』


 『あやあ〰️〰️〰️。くっそう。やけだ。』


 やましんさんは、残り少ない灯油で燃えている古いストーブに乗っかって、湯気を上げているやかんのお湯を、スリッパさんに、ぶっかけました。


 『あちゃ、あちゃ、あちゃ、ちゃー、お湯はだめよ。壊れるよ。じゅわ〰️〰️。』


 タイム・スリッパさんは、静かになりました。


 すっと、足から離れたのです。


 『いやあ、助かったのか、助からなかったのか、なんだか、微妙だなあ。火傷したかな。』


 やましんさんは、つぶやきました。



        ❇️


 


 

 

 


 


 

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『タイム・スリッパ』 やましん(テンパー) @yamashin-2

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