第33話 思考の飛躍

 それは、よくある世間話だ。

「お休みの間、外出してたんだって?」

「ああうん」

 貴族も通う学校であるし、全体的に見れば資産家の学生が多いため、付き人が認められており、つまり一つの教室に対する学生の数は、少ない。

 だいたい、問題がなければ男女で二十人弱だ。

 つまり、お互いの距離感も、それなりに近い。

「え、田舎に帰ってたの? あんたのとこ、確か三日かかるって言ってなかったっけ」

「うーん、そうじゃないんだけど、街からは出てた。……疲れた」

「うん、疲れた顔してるから心配してるんでしょ」

 腰に手を当てる彼女は、言葉も砕けているし、普通に会話もしているが、王宮勤めをしている家系の長女だ。貴族の中でも上の方であり、一般人のユキがこうして話しているのを、よく不思議がられる。

「ボクよりもサァコの方が疲れてそう」

「……へ? ううん、ちょっと眠いだけ」

 隣の席の少女は、椅子に座ったまま、うとうとしている。いつもおっとりした丸顔だが、今日は特に眠そうだ。

「ユキ、言いにくいこと?」

「あー……うん、まあ、言いにくいというか、文字通り、説明が難しくて」

「得物の調達って言えばいいじゃん」

 後ろからかけられた声に振り向けば、そこに。

「やあ、ユキちゃん」

「――メェナ」

 朝からそこにいた。

「え、なんで」

「どこの教室なのか、確認しとこうと思って」

「ちょ、ちょっと待ってユキ、……知り合いなの?」

「うん、そうなった」

「あー、そっちのお姉さんは貴族かな? 素直な反応だね、大変よろしい」

「関わるんじゃないと、三度も父親に念押しされてんのよ、こっちは…………ん、まあこうなったらしょうがないか。よし」

「あはは、そこも素直だねえ」

「だってどうしようもないでしょ? ユキは友達だし」

「メェナ」

「ああうん、冒険者ギルドに行こうって――話そうと、思ってたんだけど」

 半分寝ている少女の頭を、メェナは二度ほど軽く叩く。

「んあ」

「寝ぼけるなよ、あたしの質問に答えろ。その鞄についてるアクセサリ、どこで手に入れた?」

「へ?」

「目覚まし代わりに、ちょっと威圧するからね」


 ――その一瞬で、教室内で発生していた音のすべてが、消えた。


「はい、これで目が覚めたでしょ? もう一度聞く、そのアクセサリ」

「え、あ、あ、こ……これは、お母さまから」

「うん」

 そう特殊なものではない。四角形の木の板を、大小組み合わせて、四角錐のような形にしただけの、簡素なものだ。

「いつ?」

「……先週、だけれど」

「七日以上かあ……ちょっと面倒だね。それ以降、実家には戻ってないでしょ」

「うん」

「どうかな。――ムーちゃん、近くにいる?」

 周囲に言えば、窓がノックされたので、メェナが開いてやると、上からムースは落ちてきた。

「なんだ? もう面倒ごとか?」

「あ、これ一応、あたしの付き人ね」

「どっちかっていえば、監視業務についてるって感じだけどな。――で、なんだ」

「これの説明してあげて。あたしも正しく把握できるか、わからないから」

 指で示したそれを見て、ムースは腕を組んで目を細めた。

 背丈が低いから、学生の中に紛れ込めることもあって選ばれたが、本人としては人間に混ざって生活することに対して、引っかかりを覚えている。

 自分が悪魔族であることを、隠そうと思わないからだが――それに関しては、シルレアもキーメルも、好きにしろと言っていた。

 今のところ、あえて口にはしていないが。

「そうだな……スキルとは違う、いわゆるのろいって呼ばれるものだ。たぶん勘違いしているから先に言っておくが、呪いは系統上そう呼ばれてるだけで、決して、悪いものじゃない」

「ん、そうなの?」

 サァコが返事をしなかったので、ユキが間を繋いだ。

「悪用はできる、こりゃ何でも同じだ。ただ、呪いはスキルとは違うから、怪しいものだって先入観から、悪い方に見られがちなんだよ。できることは多くあるし、私の知り合いにも得意なヤツがいる――が、まあ、あいつも充分に怪しいし、それはいいとして、間違いなくその中に組み込まれた呪いは、悪用してるものだぞ」

「ムーちゃん、詳細」

「お前の方が詳しいだろ」

「いいから」

「認識阻害、意識誘導に関連した呪いの、こいつは基点だ。つまり術師が、このアクセサリを中心にして呪いを発動できる。、あまり人間社会と相容れないから、普段は混ざるために使うんだけどな」

「混ざるって、どういうこと、ですか?」

「敬語はいらんよ。たとえば、家を持たない、拠点を持たないヤツが、軽い認識阻害を引き起こして、使用人として紛れ込んだりすると、生活が楽だろ。そのまま抜けても、誰かいたような気がする、くらいなもんで済む――が、今回はちょっと悪意が混ざってるな」

「もしかして、サァコが眠いのも?」

「躰に何かしらの負荷があるかもしれないが、夜更かしでもしたんだろ。そこは確証がないな」

「…………」

「で、メェナ、いつまで黙ってるんだ」

「んー……サァコちゃん?」

「え、あ、はい」

「実家はどこ?」

「メズの街だけど……」

「もしかして、貴族とか、領主関係とかじゃない?」

「うん、そう」

「なるほどね。ところでムーちゃん、その知り合いって子は、ムーちゃんを探すタイプでしょ」

「いや、…………ん、そういえば、一年に一度は顔を合わせてたな。去年はしてない」

「二つ目、ムーちゃんの痕跡を追った場合、最後はどこになるでしょうか?」

「そりゃ制御するようになったのは……」

 間違いなく、クロハにいた頃だ。

「でも、たぶんもう一押し」

「あ?」

 何かがあるはずだが、それがぴたりとはまらない。

 もちろんそれは感覚的なものであって、理屈ではないが――。

「あれ?」

 教室の入り口に、ひょいと顔を見せた少年は、顔見知りだった。

 メェナは手招きをする。

「失礼します、先輩がた。――おはようございます、メェナさん。それからムースさんは、今日も美しいですね」

「へいへい……」

 同じ教室で学ぶ貴族の男で、メェナは比較的、好ましく思っている相手でもある。

 何しろ、嘘や偽り、プライドなどをすべて捨てて、当たり前のよう接してくるからだ。

「なあに?」

「ええ、メェナさん、僕は立場上、あまり明言できないことを理解してください」

「うん」

「以前――いえ、あれは確か、最初の戦術論の授業でしたか。百人からなる部隊を相手にどうするのか、そんな話をしましたね」

「まあ、あんなのはあくまでも想定だけど」

「では現実に、三百人ほどの兵を相手にするのならばどうするのか、メェナさんに教えていただきたかったんです」

「――決まりね。ムーちゃん、急がないとその知り合い、始末させられるよ? もしお姉たちがいると、責任の所在をはっきりさせるよね?」

「チッ、メズの痕跡を消すのが先か? 本人を押さえるのが先か?」

「どっちもムーちゃんのお仕事。本人が先じゃないと殺されて終わり」

「私がいなくなっても、問題を起こすなよ、メェナ」

「その時はリミちゃんに一声かけておくから」

「諒解。じゃあな学生諸君」

 ひょいと、窓からそのまま出て行った。

「ああ、気にしないで。本当は忘れて欲しいくらいだけど、そこまではいいか。まず質問に答えると――うちで暮らしてる人なら、三百人くらいなら一人で片付けられる。生死問わずなら五分とかからない」

「五分、ですか。それは――失礼、その前に」

 咳ばらいを一つ。

「そもそも、この国の兵隊というのは、錬度としてどうなのでしょうか」

「どう見る?」

「二百年前にあった戦争は、もう歴史でしかわかりません。記録は残っていますが、体験した者もいないのでしょう。弱くはない――と思いたいですが、それも主観です。ですから僕は、メェナさんの目から見てどうなのか、お聞きしたかったのです」

「んー……そうだね、現実の話をしようか。百人の部隊が動いて、相手に完全勝利した。ユキちゃん、そっちの戦術論ではもうこういう話、してる?」

「ううん、

「だよねー、生生なまなましいもんね。じゃあジャスケル、この場合で味方の損害がどれくらいか、知ってる?」

「完全勝利……ならば」

「うん、そういう思考になるのは当然で、現場を知らないからそうなるんだけど、完全勝利の場合、だいたい損害三割」

「――」

「つまりこの教室にいる三割が死ぬってわけ」

 こちらの会話を聞いていた数人も、その言葉に嫌そうな顔をした。

「ええと、ごめん、話が読めないんだけど」

「ん? いやだから、どっかの間抜けが三百人の兵隊を用意して動かしたんだけど、その損害を想定してると思う?」

「……思わないでしょう、そりゃ」

「ただ数をそろえて威圧したいだけ、でしょうね。一般的には、それなりに効果的だと思います」

「まあ、うちもそれなりに戦力増強したようなものだし、表向きな理由は揃えられるだろうけど、拙速だなあ」

「メェナ」

「なあに、ユキちゃん」

「一人で対応するなら、どうするの?」

「セオリーは?」

「罠を張る」

「正解。通り道に落とし穴でも作れば簡単に終わるよ。3メートルも落としておけば、おとなしくなるでしょ。戦争なら殺すけど、今回は解釈次第」

「……恐ろしいですね」

「どういうこと?」

「どちらにしても、解釈によって、正当化できる、という意味です。これを通じさせるには、それなりに権力も必要なのですが」

「権力っていうか、うちの場合は力かなあ」

「だろうね。ああうん、ボクは彼女の実家にちょっと、用事があって行って、見てきたから。話の流れを、そのまま受け止めていいの?」

「うん。メズからシロハに向かって三百人が移動中、これは到着前に片付く。で、サァコちゃんのアクセサリに細工をした呪いをかけた張本人が、裏で動いてて、それの目的もシロハだけど、表で混乱を起こしておいて、その間に調査がしたかった――っていう流れかな」

 うんと、メェナは頷き、アクセサリを左手で軽く触る。

「内部にあった呪いの核は壊しておいたから、大丈夫。サァコちゃんの実家がどうなってるのかは、ちょっとわからないから、次のお休みにでも顔を出しておくといいよ。ユキちゃんの知り合いだし、なんか情報があったら教えてあげる」

「う、うん、まだ理解が追いついてない、けど、うん」

「それとジャスケルも、ありがとね」

「とんでもない。僕は世間話をしただけですよ」

「そういうとこ、上手いね」

「処世術ですよ。それに僕は、メェナさんを利用しようとも、頼りにしようとも思ってませんから」

「いいことだね。じゃあユキちゃん、あとで」

「……もしかして今日か?」

「早い方がいいから」

「わかった」

「おや、なにかご予定でも?」

「ちょっと冒険者の試験を受けておこうと思って」

「ははあ、仕事というよりも、武装所持の方ですか? ギルドも苦労しそうですね」

「だいじょうぶ、ほとんど顔見知りだから」

「もう苦労したあとでしたか、これは失礼。今日は体術の授業もありますが、今回はどうなさいますか?」

「一応、参加はするけど、授業を聞くかどうかはわかんない」

「いつも通りですね」

「教員に対しても、ジャスケルが一枚かんでくれると助かるんだけど?」

「僕には発言力がありませんから」

「あーまあ、そっちが頼らないのに、こっちが頼むのも変か」

「いえいえ、頼まなくてもできるメェナさんが、あえて頼むのなら、また違いますよ」

「そういうもん?」

 などと言いながら、二人は教室を出ていった。

 ユキは、大きく吐息を落とす。

「な……なにあれ」

「多少の気遣いはするけど、まわりの反応はあまり気にしない子だから。ボクも居残り訓練してたら、強引に連れまわされた」

「ええと、じゃあ、解決ってことでいいの?」

「たぶん」

 そもそも、サァコはともかく、こちらは部外者だ――が。

 しかし。

 ユキは、メェナへの印象を改めた。

 呪いのあるアクセサリを見つけたのは、まあいい。だが、その発見と同時に、まずはムースを呼んで説明させた。

 本人に言わせれば、メェナの方が詳しいらしい。

 その上で、知り合いと口にした単語を拾い、サァコの実家を聞く。

 それだけの情報を繋ぎ合わせ、現実と合致させる?

 推測――なんて言葉では、表現しきれない。というか、推測では繋げない。発想の飛躍も含めて、現実と照らし合わせ、最適解を導いたような思考をしている。

 しかも、それが当たっていた――のだろう。

 戦闘だけではない。

 いや、あるいは。

 そんな思考すらも、戦闘技術に含まれるのか?

 しばらくして授業が始まっても、ユキはそんなことばかり考えていた。


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