第31話 クロハへいらっしゃい
高速移動馬車というのは、乗り心地が最悪である。
「週末の休日に、とんだバカンスだ……」
「文句言わないの。走った方が早いけど、嫌だって言ったのユキちゃんじゃない」
それはそうだ。
だって、一直線に走るとか言ったんだぞ、この女。山越えもあるのに、起伏を知らないのだろうか。
「ほらクッション」
「ありがと」
「で、今から向かうのはあたしの実家がある地方ね。田舎だけど、そこにユキちゃんの得物を作った本人がいるから」
「――それ、この前もちょっと言ってたけど、本当なの?」
「うん、たぶんね」
「でも、あの人の師匠って別の国で暮らしてて、国からの要請か何かで人質取られながら、仕事をしてるって聞いてるけど」
「あの店主は、逃がされた感じかな」
「うん、そう聞いてる。ボクが大剣を持ち込んだ時に、話してくれたから」
「それはシル姉……あたしの知り合いが片付けた」
「片付けたってあんた」
「言葉通り、関係者の首が転がったらしいし、笑い話だよね」
「……」
「あとね、一応連絡は入れて、連れて行くには問題ないんだけど、衝撃が強いから配慮しろって言われた。ユキちゃん、大丈夫だよね?」
「そこで、大丈夫だと言えるのは馬鹿だけだろぉ……」
不安になってきた。
「どういうところなの?」
「うちの姉さんと、隣の家の姉さんが画策して、ちょっと村みたいなのを作ったんだよね。公式には発表されてないんだけど、シロハの街に付属してる感じで、いわゆる街の拡張になるのかな」
「え、じゃあシロハに行くの?
「合ってる。あたしも一ヶ月くらい、あの山にこもったなあ。賢い狼型の魔物がいてね、それの子供たちと一緒に行動して、狩りのイロハとか学ばせてもらったよ」
「……、……え、あんたなに言ってんの」
「なにが」
「魔境の頂に入った、の?」
「うん、サバイバルの訓練で。うちだと、今のところ、ほかに四人くらいかなあ」
「……どういう村なの、そこ」
「最近はリミちゃんとこの……ええと、ブレハッティの連中を数人入れて、訓練させてるし、冒険者ギルドの連中も多少混じってるけど、スキルを使わないことを前提とした、訓練場みたいな感じ?」
「訓練場……」
「うちの姉さんたちが暇つぶしに作ったんだって。お姉を除けば、技術面だけに限定したら、あたしが一番かなあ」
「ええ……?」
「幼少期から教わってたからね」
がたがたと揺れる。
そもそも、高速移動馬車は荷物の運搬がメインであり、二人が乗っている場所も木箱の隙間に座っているので狭い。
「今でもまだ、スキルを使う前提になってるけど」
「ユキちゃんは、タイミングが良かったのかな?」
「それほど魅力は感じなかったし、教会に行く機会もなくて――気付いたら、スキルって発動が遅いことに気付いて」
「あれ、本当に遅いよね」
「うん。しかも発動したら同じ動きしかないから、ありゃ駄目だって」
「そうだね。あたしはもう、抜いて構えるのが遅いって訓練してたけど」
「構えるのが、遅い?」
「対峙して、抜いて、構えてって動作が駄目だって言われてたから。気付かれないくらい自然に、構えてなくても対応できるように」
そういえば、この女は背後から
「ユキちゃんも、可能性あると思うなあ」
「ボクが?」
「うん、やろうと思えばって話だけどね。あと、冒険者の資格は取ろうね」
「え、なんで」
「そうすれば、
「そりゃそうかもしれないけど、冒険者になるつもりはないよ?」
「それでいいよ、あたしもそうだから。そうすれば学校で一緒に訓練できるしね」
「ああ、うん」
どうやら、それが目的らしい。
ただ、なんで自分なのかは、まだわからないままだ。
朝早くから出発し、到着したのは昼過ぎであった。
シロハの街にある飲食店で軽い食事を終えてから、逆側から街を出て、少し歩いた森の通路を過ぎると、クロハの村がある。
農村、という見た目ではないにせよ、あまり建築物がなかった。
入り口で、六人ほどの走る集団とすれ違う――その中の一人が足を止めた。
「メェナ」
「お疲れ、カナタ」
「学校じゃないのか? それとも、もう飽きたか」
「いや週末の休みだから。これ友達のユキちゃん」
「――面白い戦闘をするんだな」
「でしょ? だから連れてきたの」
「カナタだ」
「あ、はい、よろしく……あの、見ただけで戦闘までわかるの?」
「ん? わからないと、初手で死ぬだろう」
「ええと……」
「そんなもんだから」
「メェナ、お前ムースはどうした」
「ムーちゃん? あっちに置いてきた。説明はしといたから大丈夫でしょ。今日だとは言ってなかったけど」
「あいつも苦労してそうだな……」
「あはは。ドーガは?」
「いるだろう」
「ありがと。若い連中はどう?」
「まだ四日目の走り込みだ」
「じゃあ退屈だね」
「まったくだ……」
またあとで、なんて言いながら歩いてすぐ、噴水が目についた。
「あの噴水がだいたい中央くらい。外周はたぶん、3キロくらいかな? 家もそんなに揃ってないし、小規模な畑も作ってるけど、迷うことはないと思う」
「うん、周囲が森だから、それ以外の方向に歩けば、こっちに来る」
「今夜はうちに泊まればいいし、ごはんもシロハまで行けば、適当にあるから」
「……そういえばメェナ、お金はどうしてるの?」
「んー、まあいろいろとあって、それほど不自由はしてないかな」
戦場を走り回って、魔物を討伐して――そういう訓練をした結果、手元にはそれなりの金が転がり込んできた。
稼ごうと思って得た金ではなく、あくまでも結果的な、成功報酬であるため、メェナ本人はあまり意識していない。必要なら使うし、不要なら使わないだけだ。
「ここね、工房」
「あ、うん」
なんだか、さっきからメェナの活動範囲に入って、自分がどこか異物のように感じているのだが、物思いにふける暇もなく、事態はどんどん動いていく。
このまま身を任せていいのだろうか、そんなことを考えて中に入った。
「ドーガいるー?」
「おう、すぐ行く」
入り口は狭いが、奥はそれなりに広くなっているようで、そうでなくては工房として成立しないだろう。ただ、外観より狭く感じたのは、生活する場所も同じ建物の中にあるからだ。
顔を見せた男は、目を丸くした。
「――おう」
「これユキちゃん、友達」
「ドーガだ。つーかお前さん、それ、マジかよ……かなり昔の作品だぞ。しかも使い込んでやがる」
「どうも……」
そこでようやく、ユキは背負っていた大剣を下ろし、カウンターに立てかけた。
「嬢ちゃんじゃ重すぎるだろ。確かに、以前はメェナが槍を使ってたように、重いと重心の捉え方は覚えるが、それにはしちゃあ過ぎるぞ」
「慣れたから」
「ということでドーガ、作り直しね? 金しか出せないけど」
「いやまあ、そりゃ俺のところに来たんだから、そういう理由だろうが……どうしたもんかな。まず、それなりに時間がかかる」
「だめ。練習用でいいから、明日の午前中には欲しい」
「お前な、簡単に言ってくれるぜ。サイズはそのままでいいのか?」
「え、あ、はい。同じもので」
「いや同じは駄目だろ。形状は同じ、柄は……少し細めの方が良さそうだが、長さはそのままでいいな。ほかに問題点は?」
「えっと……ボクはそのまま使ってて、不満に思ったことはないから」
「聞いたかメェナ」
「うん聞こえてたから、とっとと作れ」
「あー……」
こりゃ駄目だなと思っていたら、扉が開いて――入ってきたのは、キーメルだ。
「あ、お姉!」
「うむ、私だとも。退屈な学校で楽しみはできたか?」
「これからできそう」
「それは結構だ。ふむ……ああ、得物の新調か。ドーガ、随分と昔に作ったものだな?」
「そうだ」
「柄まで一体化させてどうする、後先を考えない作りだな。使うのは貴様だな?」
「はい、そうです」
「練習用は私が用意してやろう。ドーガ、外観に手を加えるな。柄は1.5ミリ細く、重量は8.7キロ」
「――おい」
「今の貴様では、実力としてはぎりぎりだが、不可能ではない。重量は半分になるが、なあに、すぐ慣れる。今までと扱い方そのものは変えずに済むぞ」
「はあ、ちょっと使ってみないと、なんとも」
「うむ、それもそうか。ドーガは注文通りに作っておけ、いいな?」
「諒解だ、教官殿」
外に出ろと言われ、言葉に従った。
「あー、大丈夫だよユキちゃん。お姉の見立てが間違ってたこと、今までないから」
「……そう。ボクは半信半疑だ」
「さて、このままではさすがにフェアではないだろう。まずはメェナの手の内を軽く見せなくてはな」
「あ、そっか、うんそうだね」
「さすがにメェナの腕を見抜くだけの目は持っていないし、実戦を想定してはいるが、あくまでも想定だけで、経験がない。だが面白い」
「でしょ!」
「なんでメェナが胸を張るの……」
「ふむ……さて、どうするか」
「え、お姉が相手してくれるんじゃないの?」
「高度過ぎて、こいつにはまだわからん。ムースは連れてきてないのか?」
「置いてきた」
「では仕方ない。――カナタ!」
声を上げて、二十秒は待たなかった。
ほぼ全力疾走に近い状態でやってきたカナタは立ち止まると、かかとを揃えて直立する。
不思議と、呼吸は荒くなっていなかった。
「なんでしょう教官殿」
「今、貴様が面倒を見ている連中は五人だったな? 連れて来い」
「は、しばしお待ちを」
集合、と声を上げる。
「教官殿」
「ん、どうした」
「ユキは面白いですか」
「化けるかどうかと問われれば、なかなか難しいが、厄介な手合いになることは間違いないぞ。ただし、得物の性能で大きく左右する」
「そうでありますか……」
「ところでユキ、お前は目指すところはあるか?」
「将来の話、ですか?」
「似たようなものだ」
「消息不明になった父親を捜すつもりではあるけど……」
「ならば、実力はそこそこで構わんか。今のメェナほど訓練せずとも、その目的なら達成できるだろう。あとは、メェナと付き合いのある時間で、どこまで求めるか、だな」
「はあ、よくわからないけど、うん、わかりました」
そのあたりで、ようやく揃った男たちを前にして、遅いぞとカナタが叱責を入れた。
「ふむ、カナタの訓練はなかなか厳しそうだな? そんな貴様らに朗報がある――ここにいるメェナに、一撃でも入れられたのなら、明日は休みで構わんぞ。全員同時でも良い」
メェナは、自分の影に手を突っ込むと、黒色の棒を取り出した。
――いや。
使い込んでいるから黒く見えるだけだ。
「メェナに、目標はあるの?」
「あたし? とりあえずは、神殺し」
まるでそれが通過点のように言って、メェナは距離を取った。
始めろ、という合図と同時に殴りかかった男は、賢い。
何よりも先制、身構えるよりも早く一撃を与えるつもりだったのだろうが、それを棒の先端で軽く受けた瞬間、男は吹っ飛んだ。
「……あの棒」
「特殊なものではないな。まあ、多少は強度を考えてはいるが、そこらにある木から削ったものだ。長さは130センチ、だいたい剣と同じくらいか」
ただし、剣のように構えれば、という話だ。
メェナは中央付近を持っているので、長さは半分。ナイフよりも少し長いくらいか。
「あれは
「カウンターですか?」
「ほう、見えたか」
「先端付近で受けて、手を添えた中央を支点に、そのまま逆側が跳ねあがるようにして腹部への打撃――ですね」
見ていると、続く四人も慎重さを出してはいるものの、攻撃をすると、そのまま跳ね返されるよう食らっていた。
「あいつは十一だから、おおよそ七年か。ようやく棍の扱いに慣れた、まあ入り口だ。さて――ユキ、威力の上限はどこにあると思う?」
「上限……ですか」
「メェナは加減している。一撃に対して、一撃をそのまま返すだけ。この場合、威力は相手の攻撃力そのものだ。では三発受けたら、どうなる?」
威力三倍――いや。
「速度も」
「面白いだろう? 今のメェナは、溜めた威力をそのままに、踏み込みでさらに追加するための鍛錬をしているところだ。まあ実際には、それも基礎だ」
「あそこまで、動けるのに?」
「棍術は、この私でも面倒だと思うくらいには、汎用性が高い」
たとえばと、キーメルは言う。
「踏み込み合わせも、錬度が高くなるとタイミングを変えられる。私が厄介だと思ったのは、当たってから踏み込む場合だな」
「……遅くないんですか、それ」
「いや? 充分に通用するし、その一撃を食らうと間違いなく終わる、と思えるくらいには強い。しかも、こちらの攻撃は基本的に、ああやって躰全体を使って移動させ、威力が落ちず、速度も上がる。まず簡単な思考をすると、その回転を止めようと考えるわけだ」
「まあ、そうですね」
「そして、世の中ではその回転を止めることを、当たったと呼ぶわけだ。で、踏み込みが乗る」
「――」
「まだメェナはその領域にないが、いずれ、そうなるだろう。それ以外にも、短く持てば拳と同じ、長く持てば槍と同じ、また杖も同じと、棍には多くの扱い方がある」
しかし錬度は足りん、なんて言いながら、キーメルはひょいと間合いを詰めた。
棍を指先で弾く、メェナが応じる。
それを三度繰り返した途端、回転している棍がいつの間にかキーメルの手元へ移っていた。
「くっそう……!」
「ふむ、まあまあだな」
実際に棍の扱いにおいて、回転速度が上がればあがるほど、制御が難しくなる。単純な回転力だけでなく、速度に応じて浮力なども発生するからだ。
つまり、躰から離れようとする力も制御下に置かなくてはならず、非常に繊細な運動が必要になり、その隙間を狙えば、キーメルのよう、主導権を相手から奪い、あまつさえ、棍を取り上げることも可能だ――が。
さすがに、ユキはそこまでの考察に至れない。
至れないが、とんでもないことをしたのは、見て取れた。
「さて、残念だが手合わせはしばらく諦めろ」
「えー?」
「仮組みはしてやるが、馴染むのには時間がかかる。どうせ学校で相手はできるんだ、諦めろ。ドーガの作成も十日はかかる」
「むう……」
「久しぶりにマヨイでも相手にしてもらえ。――さて」
左手に、
「私の解析から仮組みしたものだ、過信はするな」
「え――スキル、じゃ、ない、ですよね?」
「ああ、違うものだ。しばらく躰を動かしたら――メェナ、あとでドクロクのところへ案内しろ。あいつなら丁寧に教えるだろう」
「はーい」
その日は、渡された大剣の軽さに戸惑いながらも、メェナと一緒に躰を動かした。
お互いの手合わせはなし。
夜は、メェナの部屋でいろいろと話した。
お互いを知ろうと、意欲的になるくらい、知らないことだらけなのだ。
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