第4話 スキルという仕組み

 場所をどこにするか迷うこともなく、シルレアの部屋にキーメルとジズエルも集まることとなった。

 飲み物と軽食の用意ができた時点で、シルレアが。

「楽にしていいわよ」

 そう言えば、はあい、なんて間抜けな声を出した侍女のケッセが、ベッドに腰を下ろす。

「ケッセ……」

「いいのいいの、お嬢様がそう言う時は、気を抜いて大丈夫。誰か来る時には教えてくれるし」

「ジズエルもそれで構わんぞ。防音系の結界を張っているから、声が漏れることも、覗かれる心配もない」

「私がやってるんだけどね?」

「ついでに言えば、一部屋だけの結界の違和を消すために、周辺の空気にも手を加えて自然な状況を作り出している。その副産物として、人の動きも感知キャッチできるから、なかなか便利なものだ」

「そう言われれば、ひとまずは納得しますが――お嬢様、話があるとのことですが?」

「うむ、スキルの話は私よりもシルレアの方が良いのでな。良いというか、詳しい」

「私もそれには興味があります」

「きちんと聞いておけ。ジズエルもそうだが、お前にも屋敷を守るくらいのことはしてもらわないとな」

「いずれ学校に行くために、街へ出る私たちの影響が、ないとは限らないものね。だから――スキルがどういうものか、どうして私たちは使わないのか、それを教えてあげる」

「失礼。ケッセ、できればメモが取れるものを」

「そこにあるメモ帳を使って」

 それほど難しい話じゃないわよと、シルレアはテーブルの上に鍵付きの小さな箱を置いた。

「あんたたちが使ってるスキルは、世界そのものに記録されているの。わかりやすく、無数に、ここにある箱があると思ってちょうだい。――この箱には鍵がついてる。教会で受ける神の祝福というのは、つまり、箱の鍵なのよ」

 右手に、箱の鍵を持ち、軽く振って視線を集めた。

「鍵がなければ、箱は開かないものね。十二種類に分別された箱の、十二個の鍵――それが合えば、開く。念押しをしておくと、この箱は世界に登録されている、世界の仕組みなの。鍵を与える神でさえ、箱の中身はいじれない」

「当人たちはそれを知らんと見るがな」

「それは私たちの話でしょ。――さて、じゃあスキルを使うならどうするか」

 それもまた、簡単だ。

「鍵を手に取る、これには魔力を使う――スキルでも同じ呼び方よね?」

「ええ、そうです。実際には、スキルを使うのには魔力が必要とされています」

「まあそうね。鍵を手に取って、目的の箱を開くと、その中に使いたいがあって、それを利用してスキルが発動する。――勘違いしちゃいけないのはね、中身は一度使えば消えるってところ。何もかも、自分のものになることは、ない」

「――自分のものではない、その証明はできるの?」

「スキル内容の改変ができない。途中でキャンセルもできない。そもそも、同じスキルを使って、同じ動きになるなんて現象が


 気持ちが悪い。

 そこに個性がないからだ。


「じゃあ、そのスキルに代わるものを使ってるってこと?」

「あら」

「戦闘で使ったことはないが」

「へ? や、でも、あの速度や威力は……」

「ほらみなさい、そういうところが問題なのよ。スキルが使えるから、その中身や、躰を動かすための理合りあいも考えようとしない」

「ケッセ、ジズエル、そこの壁に向かって軽く構えてみろ。利き手を伸ばして壁に触れろ」

「え、あ、うん」

「こうですか」

「わかりやすく説明してやろう。壁に向かう力が、威力だと考えろ。その状態で――いや、面倒だな。まず、前に出した足を上げろ。それだけで強さは変わる」

 変わるというか、

「そこに、残っている後ろ足で地面を蹴る。これで威力はさらに上がるだろう? こんなことは初歩とも言えん」

「しかしお嬢様。この場合、体重の違いがそのまま表れるのでは?」

「いいか、足から手までを一つの棒としよう――ああ、もうやめていいぞ。でだ、その棒を振り回すのは、筋力だ。私たちはそれを投げる」

「厳密には両方を使って、さらに関節や腰の回転を利用もする。もうわかるでしょう? 打撃一つとっても、自分の躰に合った方法で理論を作る。私たちにとっては当然のことよ」

「スキルを覚えることに傾倒すると、何もできんからな。だがジズエル、これでスキルを使うお前たちが遅いと言った、私の言葉も理解できるだろう?」

「ええ。お嬢様たちは、初動である魔力の流れから捉えていたのですね?」

「その通りだ。スキルを使うぞ、と宣言しているようなものだからな。常時、魔力を展開して自己領域を作り、発動のラグを最小限にする努力さえしない、楽なものだ」



「――私たちには、以前に生きていた記憶がある」



 相変わらずはっきり言うものだと、キーメルは苦笑した。


「だから、考え方が違う。スキルを使うんじゃなく、。仕組みそのものは同じだけれどね」

「同じ、というのは?」

「魔力を使って、構造を作り、それを実行させ、式とする――それを術式と呼ぶ。わかりやすく言えば、箱の中身にあるスキルってやつを、自分で作るのよ」

「自分で作るの!?」

「そうよ。そのために、世界への理解が必要になる。その仕組みがどういう構造で、何がどうなって、それをどう誤魔化して、成立させるのか」

「……どのような構造を?」

「構造はそれぞれ違うわよ。理屈が同じだったとしても、他人の構造には個性が出る。それを読み解くには、まあ、熟練が必要ね。不可能じゃないけれど、限りなくそれに近いと、かつては言われていたものよ」

「だが、いずれ貴様らはスキルが使えなくなる」

「へ?」

「厳密には、スキルを使うための鍵が、なくなるのよ」

「……? どういうことでしょうか。何か、理由が?」


「私たちが神を殺すから」

「理由は、気に入らんからだ」


 言って、彼女たちは笑った。


「学校に行くまでまだ六年もある。いや、早ければ四年後には行けるか」

「そうね。その間に、あんたたちを鍛えておくから。屋敷を守れるくらいにはしたいし」

「――いえ、お嬢様。私どもはおそらく、付き添いとして一緒に行くことになるかと」

「ほう、そんな制度があるとは知らなかったな」

「すっごい不安になってきた……ていうか、以前の記憶? 生前の? どういう人だったの?」

「ふむ」

「私たちは一年に一度くらい顔を合わせる間柄ね。まあ、友人かしら」

「付き合いは長かったが、一緒にいた時間そのものは短いだろうな」

 だが逆に言えば。

 彼女たちは、一年に一度くらいは、顔を見ようと、そう思える仲だったわけだ。

「お互いに弟子の育成もしたし、誰かを育てることはそれなりにできるから、その対象が自分になっただけよ」

「まったくだ」

「……これ、聞いていいのかどうかわかんないけど、いい?」

「なんだ、遠慮するな」

「二度目の人生、嬉しい?」



「「クソッタレだ」」



 その返答でわかった。

 彼女たちは怒っている。

 二度目を始めた誰かに対して、何よりも怒っている――。


「ま、愚痴は言わないけどね」

「お前たちに言っても仕方がないからな」

 だが筋は通すと、そう態度に出ていた。

「いずれにせよ、私たちと行動するのなら、錬度不足だな」

「お嬢様、確認があるのですが」

「なんだジズエル」

「今まで以上、でしょうか」

「当然だな」

「あなたもよ、ケッセ」

「ひいっ……!」

「なあに、走って穴を掘れなどとは言わんとも、なあ」

「まあね」

 彼女たちの笑い声が、とても恐ろしく感じた。



 予定通り、三年後。

 ――彼女たちは、大きな街にある学校へ行くことになった。


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