掃き溜め
柊八尋
私が自称物書きになったわけ
私は昔から妄想をするのが好きであった。ある時は巨大ロボットを駆り、またある時は正義の味方であり、そしてまたある時は好きなアニメの登場人物として振舞っていた。
登校する時間、暇な授業中の時間、お風呂に入る時間、就寝前のぼんやりとした時間、ほんの少しでも暇があればすぐに私は自分の世界に潜り込むのだ。
そうして、妄想に耽る毎日を過ごしていたある日、私の世界に大きな変化が起こった。元々、私が自由気ままに闊歩するためだったはずの世界に、気付けば私という登場人物はいなくなっていた。そして、私の存在と入れ替わるように何人もの人物が、この世界で産声を上げたのである。今では彼らがどんな性格で、どんな容姿で、どんな物語を紡いでいたのか今では覚えていない。ただそれが私にとって、レールが切り替わるような瞬間であったことは覚えている。
さて、私の世界は一種の活気のようなものを帯びはじめたわけだが、この時の私はそれを形に落とし込もうとは思ってもいなかった。そもそも、これは私による私のための私だけの世界で、他の誰にも見せるものではなかったからだ。
きっかけは友人のMだった。
「お前を主役に小説を書いてやる!」
どうしてそんな流れになったのかは忘れてしまったが、私をからかうためであったことは明らかだ。
その日、彼は本当に小説を送ってきた。その内容ははっきりと覚えている。ある日、私の家の隣に美少女が越してきて親しくなるという、ありきたりなボーイミーツガールであった。
この一編が彼の創作意欲に火をつけたらしかった。彼は小説が出来上がると私を含めて仲の良い友人にそれを送り始めた。そして、きっかけであったボーイミーツガールがめでたく終わりを告げると、第二作に取り掛かった。今度は一転して能力バトルロワイヤルであった。
この時はまだ私は読者に過ぎなかった。自分の世界を心に持ちながら、一方的に他人の世界を覗き込むだけに留めていた。しかし、友人を見ているうちに、いつしかこの大事な世界を他人に見せてみたいと考えるようになった。
そして、決定的な瞬間が訪れる。
それは美術の授業中、すっかり物書きとなったMと、私と同じく読者であるK、そして私の三人で、廊下で凧を作っていた時のことだ。この頃の話題は専ら、Mの小説であった。やれ次はこうしたいだの、やれこんな能力を出したら面白いだの、やれ別の話を作れだの、はたから見れば痛々しいことこの上ない我が青春の一ページである。
そんな小説談義に花を咲かせているとMは言った。
「今の小説の奴らがもし高校生になったらどうなるんだろう」
彼の作品は、その主要人物の殆どが中学生で構成されていた。それは当時私達が中学生であったためだ。
私は「来た」と思った。この頃の私の世界は当時の流行だった変な部活モノが中心で舞台は高校であった。登場人物が幾らか代わるが大した問題でもなかった。
「それ俺が書くよ」
なんの気もないように言ったつもりだったと記憶しているが、実際はどうだったのだろう。興奮が顔に出てたかもしれない。
家に帰ると私はすぐに執筆に取り掛かった。当時の相棒であるiPodtouchを起動してメモ帳にひたすら書き込んだ。
主要人物はあらかた決まっているわけだが、主人公が居なかった。そこで出来たのが佐山徹という人物だ。彼は、今でも主人公として今日の私の世界に存在している。佐山徹は私の気まぐれで度々変わる世界に何度も主人公として存在することになり長い付き合いになる。彼にとっては迷惑この上ないだろう。
こうして、主人公は誕生し物語が形を成し始めた。あらすじはこうだ。平凡な生活を望む佐山徹は高校に入学することになる。そこでは、何やらおかしな生徒が集まり部活を立ち上げていた。その部活は暇人部という。ひょんなことから巻き込まれた佐山徹は非日常的でありながらどこかありきたりな不思議な高校生活を送り始める。
余談だが、この物語は完結しなかった。理由はまた別の機会があれば語るかもしれない。
さて、そんなわけで書き上げた物語第一号は私が思っていた以上にウケが良かった。そしてそれはとても気分が良いものであった。この日を境に私も物語を書いては友人に送る生活を始めることになる。
今思えば、この時が一番楽しかった。下手くそな文章で中身も何もないような物語だが、だからこそ気軽に好きなように書けてたように思える。
この時の私は知る由も考える由もない。ここから楽しくも苦しくもある物書きの困難さというものに気づかされることを。
友人に小説のようなものを送る生活の中で、当然のことであるが私はより多くの人に見て欲しいと考えるようになった。この頃には、小説家になろうが活発になっていたが、私はそこに投稿する気は無かった。
それは異世界モノしか読まれないという私の偏見に塗れた理由であったが、今ではそんなくだらない考えを捨てて投稿しておけばよかったと後悔している。
では、どうやって他人に読んでもらうのかと言えば、皆様もだいたい想像がつくだろう。ライトノベルの新人賞に応募することを考えたのである。
そうと決まればと私は早速新しい世界を作り始めた。舞台は学園モノにしよう。主人公はこのまま佐山徹に頑張ってもらおう。他の登場人物はどうしようか。肝心のストーリーは。
そうやって設定を作り上げ、いざ書くぞとプロローグを書き始めた。文章は数文で止まった。第一に文章の稚拙さが目に付いた。未だに苦手なのだが私はどうも情景を描くことが極端にできなかった。第二に物語が進む気配がない。どうにも登場人物が動いてくれないようなそんな感覚を味わった。
これが私の自称物書き人生でぶつかった壁である。ちなみに未だこの壁は乗り越えられそうにはない。ただし、何度でもぶつかる気概はできた。ぶつかってから四、五年後のことである。
さて、そうして初めての障壁を前にして、私は一度作戦を練ろうと考えた。色々なサイトを巡り創作論やら文章力を向上させる方法などを探したのだ。結果、参考になると思ったものはなかった。おかしな話だが、できていないから、こうして調べているはずなのに、ここに載ってる情報はアテにならないと判断したのだ。それは出来上がりつつあった自称物書きとしてのプライド故である。そしてあろうことか、調査を続ければ続けるほどそのプライドはどんどん高くそして強固なものになっていったのだ。
するとどうなるか。きっと同じ経験をした人がいると信じているが、全く文章が書けなくなったのだ。頭の中にある世界はとても魅力的に見えるのに、文字に起こした瞬間にそれは色褪せ錆つき始める。何だこの醜いものは。これではいけない。きっとこの文章がよくないのだ。と余計な考えが支配し、いざそれを解決しようにもその術を持たず、一向に筆が進まないので、ああ今日はダメな日だ気持ちを切り替えようと寝る。そんな毎日を繰り返した。
それはだんだんと、侵食し始め、ついには友人達に見せていた暇人部にも及んだ。
想像することは容易く、しかし創造することは困難であった。当たり前なはずの事実をこの時初めて私は理解した。こうしていつしか私は書くことが苦痛でしか無くなってしまった。
そして、私は自称物書きをやめた。
今、また私は自称物書きとして文字を綴っている。どうせすぐに、この創作の火は消えるだろう。そして、またいつの日か再び火が灯り、また消える。そうして、点火と消火を繰り返した先にある、私の自称物書きとしての終わりはどのようになるのか。私には皆目検討がつかない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます