追放するにも理由がある

長井瑞希

不退転の覚悟……のようなもの

 冒険者として生計を立てている者の多くは、ランクや実力を上げたいという向上心と、誰かに憧れられる存在になりたいという自尊心に似たナニカを秘めつつ日々を生きている。


 それは、Bランクパーティーとしてはそこそこ有名な、けれど個人としては一部の親しい人間にしか知名度がない男、ハインツも例外ではない。


 ……いや、今がその例外になるかどうかの瀬戸際であるといったところか。

『万能ゴーレム』という2つ名を持つハインツは、そこそこの才能を持っていた。だが、そこそこの才能だけではBランクには決してなれない。かといって、彼のパーティーが勇者など圧倒的な実力者が引っ張るワンマンパーティーというわけでもない。


 いくつもの歯車が緻密に噛み合った結果、冒険者ギルドから『Aランクへ昇格審査受けてみないか?』と幾度と打診されるほどの実力と信頼を得ることができたのだ。


 しかし、しかしである。パーティーリーダーも務めているハインツは、今のところ昇格審査を受けるつもりはなかった。パーティーメンバーに理由を問われても「そのうち話す」としか答えなかった。表にこそ出さなかったものの、ハインツに対して疑念を抱くメンバーも存在した。


 その一方で、これまでのリーダーとしての功績もあって即座に離反するものはいなかった。が、限界も近いのか、街のあちこちから「もうすぐAランクに昇格するんだって?」「アンタ達ならSランクも夢じゃないかもね!」なんて声が聞こえてくるようになった。


「……頃合いか」


 リーダーとして常に最良の結果となるように行動してきた。ときには不評を買い、心がないというからかいの意味をこめて万能のゴーレムなんて2つ名も手に入れてしまった。けれど今回ばかりは、少なくとも自分にとっての最良となるかは難しいところだろう。


 そう思いながら、ハインツはパーティーメンバーを集め始めたのだった。




 少し明るめの茶髪は、自分では手入れをしていないこともあって、メガネをしているにもかかわらず目に入るほど長く、そして鳥の巣のようにもじゃもじゃとうねっていた。少なくとも初めて会う人からは敬遠されるであろう見た目だが、あまりそういった状況になったことがないのは、彼女の多大なる尽力のおかげである。


「レイラ。重要な話があるから一階の会議室に来てくれないか」


「あら、重要な話って告白? 公開プロポーズなんてずいぶんと成長したわね」


「今後に関わるという意味では間違っていないけれど、まぁとにかくよろしく」


 ハインツも、そしてレイラも。お互いに好意のようなモノを隠す気はないが、それを恋だとか愛だとかで表現することはない。どうしても気恥ずかしさが勝ってしまい、恋仲というよりは悪友という形になりがちである。二人はいわゆる幼なじみという関係ではあるが、それが必ずしも他人から無条件にうらやましがられる関係ではないという証がこの二人の存在……なのかもしれない。


 ……まぁ、生活能力が著しくかけているハインツの身の回りの世話を当たり前のようにしているレイラという女性は、ハインツにとってもはや唯一無二の存在であることだけは間違いないのだが。



 他のメンバーにも同様の連絡を行い、あとはハインツが会議室の中に入るだけとなった。何の飾りもない木製のドアは、己を厳しい目で見ているのか、それとも温かい目で見守っているのか。ドルイドではないハインツにはわからなかったが、たとえ厳しい目で見られようとも彼の考えは変わらなかっただろう。それほどの覚悟で、具体的にはこのパーティーを抜けてソロで活動することさえも検討して今ドアの前に立っているのだ。なにより、仮にソロで活動することになろうともやっていける自信と貯蓄を、彼はもっていた。


「行くか、戦場へ」


 いつも頼れる仲間は、ともすれば敵に回りかねない状況だ。一人ぼっちの心細さと仲間の大切さを改めて感じながら、ハインツは会議室のドアを開けた。

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追放するにも理由がある 長井瑞希 @nagai_mizuki

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