心を蝕む二毒について

十河内叢

嫉妬と独占欲

 嫉妬とは、実に度し難い感情の一つであります。

 第一には、これは人によりましょうが、自分での抑えが効きません。一度嫉妬の炎が燃え上がりますと、あれよあれよと、あらゆるものに燃え移ってゆきます。はじめは「想い慕う人が自分以外の人と仲良くしていると心に靄がかかったようになる」と、ええ、その程度でございましょうが、そこからはもう江戸の大火事のごとく嫉妬の炎が燃え広がってゆくのでございまする。心に火消しの一団でも飼っておればどうにでもなりましょうが、生憎と、なかなかそうは行きませぬ。あっという間に、仲の良かった友人にまで嫉妬するようになって行くでしょう。こうなってしまうともう、嫉妬とは心の猛毒でございまするな。

 第二には、膨れ上がった嫉妬とは、なかなかおもてに出すに易い感情ではないということにありましょう。軽いモヤモヤなら、おもてに吐き出して、すっきりするということもできましょうが、激しい嫉妬のような重い感情はと言えば、他人にどう思われるか、何より本人に知られたらどうしようなどと思い至ることもあり、なかなかおもてに出すのは困難にございましょう。こうして、心の猛毒は外に吐き出すこともできず、どんどんと心の奥底に蓄積されてゆくのであります。

 こうなるともう、イヤその心を蝕むの速度は、ハヤブサよりも優に早く、指数関数もあわやという勢いでしょう。自分で生み出した毒が、自分自身を延々と食い尽くしてゆくのですから、世話もありませぬなァ。

 次に心を蝕む感情は、独占欲であります。

 いやはや、これは厄介と言うは、何よりも理想と現実のギャップにあります。なにしろ、独占が叶うものにはそれほど重い独占欲なぞ抱きませんから。そう、すなわち、独占したいと思う気持ちが強いほどに、それの独占は現実には叶わぬことが多いのです。さぱっと諦められるならばそれで良いが、そうも行きませぬ。厄介なことに、そもそも自分のものでもないのに独占欲だけが発生することも往々にしてありまする。イヤ何という傲慢!自分の心の機微に敏い方ならば、自己嫌悪にも苛まれましょう。秦の始皇帝が長寿の薬として服薬しておりました丹薬といえば、今日では水銀という猛毒として知られておりますが、そんなものより一等有害な毒薬の一つが、独占欲であると断言できましょう。オヤ、そういえば、始皇帝も不老不死を求めて丹薬にて身を滅ぼしましたが、恋という甘美なるものを求めて独占欲という猛毒に身を侵されるとは、構図がよく似ておるものですな。

 いやはやこの二つは何とも付き合いが難しい感情でございまする。この世のあらゆる猛毒もあわやというべきものではありますが、人間であれば大なり小なり必ず生まれるもの。生涯をかけてお付き合いの仕方を探してゆきましょうぞ。なにしろ、私もこの二毒に心身を蝕まれておる最中なのですから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

心を蝕む二毒について 十河内叢 @quasar_0101

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る