第7話 【天秤の魔眼】

「―――を使う。」 


 アストライアはそう呟いて、右眼を隠していた前髪を上にかき上げる。


 アストライアの右眼が魔眼であることはカインも知っていた。しかしその魔眼を実際に使用するのを見るのはこれが初めてだった。

 カインは一歩下がって様子を見る。


 するとアストライアの右眼が薄黒い光を放ち、彼の頭上に「天秤」が現れた。


「【審判ジャッジメント】。」


 アストライアがそういうと、頭上の天秤のはかりに緑の光と白い光が乗せられた。


 途端、アストライアの顔が歪み、同時に部屋に突風が吹き荒れる。

 アストライアが【風吹嵐ウィンドストーム】を使っているのだ。


 状況を理解できないカインは、吹き荒れる風に耐えながら、アストライアに問を叫ぶ。


「治すんじゃなかったのかよ!??」

「絶賛中だ!もうちょっと耐えててくれ!」


 アストライアは苦しい顔をしながら魔法をひたすら使い続ける。


 五分ほどカインが嵐に耐えた後、アストライアはふと【風吹嵐】を止めた。そしてそのまま座り込んでしまった。気付くとアストライアの頭上の天秤は消えていた。


 カインは治療の結果を聞こうと隣に行って腰をかがめる。


「大丈夫か?」

「あぁ、私は問題ないよ。」

「違う。あんたじゃなくて、こっちの女の子だ。治せたのか?」

「………はぁ、君なぁ。わたしだって頑張ったんだから心配の一つや二つして欲しいもんだよ。」


 アストライアはため息をついて肩を落とす。


「わかったわかった。んで、どうなんだ?」


 カインはそんなアストライアをあやすように肩をトントンとたたき、再び質問をする。


「―――とりあえずは問題ない。彼女はもう大丈夫だ。」

「そっか。よかった。」


 カインが寝床で眠る少女を見ると、さっきまで荒かった吐息が、落ち着いたものに変わっており、一安心した。


 ―――それにしても気になるのは………。


 カインは彼女を救ったアストライアの魔眼についてとても気になっていた。


「【天秤の魔眼】っていうんだ。この右眼はさ。」


 すると隣のアストライアが自身の右眼を指さしながらカインの方を向く。


「………【天秤の魔眼】?」


 そうオウム返しをするカインに、アストライアは説明をつづけた―――。



 ***



 【天秤の魔眼】は、二つの対象の性質や腕力などを秤に乗せて、、という能力を持つ。


 例えば、体重100kgの巨漢と、20㎏の小さな子ども二人の「体重」を秤に乗せると、二人の体重が釣り合い、見た目は変わらずとも、巨漢の体重と子どもの体重は同じ“60㎏”になる。

 剣術の達人と剣を持った素人。二人の「技術テクニック」を秤に乗せれば、二人は互角の戦いができるようになるし、走っている二人の「速さ」を秤に乗せれば、二人の足並みは寸分違わずそろうことになる、といったものだ。


 そして今回、アストライアは自身と少女の「エーテル量」を秤に乗せたのだ。


 少女の体はエーテルが飽和状態になっており、重度な「エーテル酔い」だった。であれば彼女の体内のエーテルを減らせば症状は緩和される。アストライアと少女のエーテル量は、驚くべきことに、少女の方が圧倒的に多かった。そのため、「エーテル量」を釣り合わせることで、結果的に少女のエーテル量が減少したのだった。


 しかしこの時点で問題はまだ二つ残っていた。一つは、釣り合わせることでアストライアのエーテル量が急激に増加し、彼の体に相当な負荷がかかってしまうことである。二つ目は、釣り合わせたところで少女のエーテル量は依然飽和状態にあった点だ。


 この二つの問題を解決するために、アストライアは【風吹嵐】を発動させたのだ。魔法を使えば、エーテルは消費される。これによって自身の増加したエーテルを消費し、同時に秤を釣り合わせることで、間接的に少女のエーテルを大量に消費したのだ。


 こうして無事少女のエーテル酔いは完治し、命は救われたのだった。

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