第50話 聖、嫉妬?



「嶋田さん、うかうかしてられないのでは?」


 重本を応援するために近くにいた東條院が、聖に話しかけた。


「っ! 東條院……何がだ?」

「あら、わかるでしょう? 久村くん、今回の球技大会で人気者になってしまうわよ?」

「そ、そうかも、しれないな」


 自分が久村を応援して焚きつけたのが原因だが、まさかここまで注目を浴びるほど活躍するとは思わなかった。


「先程の声を上げたメス達も、久村くんを狙う気よ」

「メスって酷い言い草な……」

「人の男を奪おうとしている女なんて、メスでいいのよ」

「……東條院、お前はその、私と久村が付き合っていることを、知っているのか?」


 聖は周りの目を気にしながら、小さな声でそう問いかける。

 久村も聖も東條院には付き合っていることは言っていないはずだ。


「もちろん知っているわ。あなた達を見てれば誰でもわかるわよ」

「だ、誰でもか? もしかしてクラスの人達も……」

「いえ、クラスの人達は知らないんじゃないかしら? 昼休みに私達を隠れ蓑にして、机の下で手を繋いでイチャイチャしているってことは」

「っ!? な、なんでお前もそれを知って……!」

「目の前にいるんだからわかるわよ。まあ多分、勇一は気づいてないと思うけど」


 まさか昼休みに手を繋いでいることを、詩帆だけじゃなく東條院にもバレているとは思わなかった。


「くっ……と、東條院、頼むから私と久村が付き合っていることは、誰にも言わないでくれよ」

「なぜかしら? 私だったら勇一と付き合ったら、大々的に発表するわよ」

「そ、それはお前がもうすでに重本のことを好きだと周知されているからだろ!」

「まあそうね。だけど私が今のあなたの状況なら、身内だけじゃなく他人にもわかるくらい久村くんとくっつくわよ」

「なっ、それは……!」

「さっきのメス達はわかりやすいけど、久村くんのことを狙ってる女が他にいないとは限らないじゃない。私だったら他の人に『久村は私のものよ』と周知させるくらいに見せびらかすけど」

「そ、それは、その……」


 確かにそれをやれば、他の女子が久村を狙うということはなくなるだろう。

 だが聖としては、さすがにそんな恥ずかしいことは出来ない。


 二人がそう話していたら、試合をやっていたところからカキーンという音が響いてきて、同時に歓声も上がった。


 そちらを見ると久村がヒットを打ったみたいで、一塁ベースを駆け抜けていた。


「あら、久村くんはまた活躍したみたいね。ほら、さっきのメス達以外にも、久村くんを熱い視線で見ている女子が出てくるかもしれないわよ」

「くっ……!」


 確かにクラスの女子達が久村を見る目は変わっていた。

 それが全員久村を狙っている目だとは思わないが、狙っているという女子がいると思うとムカムカとしてしまう。


 だが……一塁ベースの上に留まっている久村が、こちらを向いた。


 そして軽く笑みを浮かべて、小さく拳を握ってガッツポーズをした。


 その仕草にドキッとして、自分にだけ向けられた特別感が嬉しく思い、先程のムカムカが消えてしまった。

 久村のその仕草に応えるように、聖も小さくまた手を振った。


 今度は胸の辺りを押さえなかった久村だが、より一層無邪気な笑みを浮かべたことに、聖も思わず笑ってしまう。


「……アツアツね、心配した私が馬鹿みたいだわ」

「あっ……」


 今の久村と自分のやりとりを隣で見ていた東條院が、ため息をつきながらそう言った。


「まあそれでもあなた達が付き合っているって知らない人は、久村くんにアピールすると思うわよ」

「くっ……わ、わかってる」

「ならいいわ。じゃあ私は、私の仕事をしないとね」


 東條院はそう言って一歩前に出て、大声で叫ぶ。


「勇一―! 絶対に打ちなさいよー!」


 久村の次のバッターは重本だった。

 バッターボックスに入る前の重本に東條院がそう叫ぶと、重本は笑みを浮かべて拳を上げながら「おう!」と叫んだ。


「重本くーん! 頑張ってー!」


 詩帆も東條院に負けないと思ったのか、あまり出さないような大声を出して応援した。

 重本はそれにも応えるように「ありがとう!」と叫んだ。


 重本のやる気も上がったようだが、敵のやる気も上がってしまったようだ。

 上がった理由としては、確実に嫉妬だとは思うが。


 久村に投げていた時よりも、思いっきり力を入れて投げる投手。


 野球部に所属している投手なので、やはりなかなかいいボールを投げる。


 しかし、相手が悪かった。

 久村が打った時よりもさらに大きな音が響き、ボールは宙を舞う。


 そのまま外野の頭を超え、場外へと消えていった。


 瞬間、校庭に大きな歓声が響いた。


「さすが私の勇一だわ! 軽々とホームランね!」

「重本くん、すごーい!」


 重本のことが好きな東條院と詩帆が興奮してそう言っている。

 今のを見ていた同じクラスの女子達、他クラスの女子たちも黄色い歓声を上げていた。


 先程まで久村を狙っていると話していた女子達も、久村がヒットを打った時よりも顔を輝かせている。


 確かにヒットよりも場外ホームランの方がすごいし、重本の方が人気なのはわかっている。


 久村が狙われるよりも重本が目立って女子達の視線を集めた方が、彼女の聖としては安心出来るだろう。


 だがそれでも……。


(なんだか気に食わない……私の久村だって、負けてない)


 と思って表情が硬くなる聖だった。



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