第49話 久村投手



「すごいね、久村くん」


 聖の隣にいる詩帆が、試合を見てて思わずそう呟いた。


「ああ、そうだな。まさか久村が、あそこまで野球が出来るとは」


 聖と詩帆が見ている試合では、久村が投手をやっていた。

 聖は久村が小学校の頃に野球をやっていたと聞いたが、ここまで投手が出来るとは。


 球速は重本ほどはないが、コントロールは重本よりも上だ。


 そして変化球でカーブを投げているようで、相手チームは翻弄されている。


 今も久村が投げた球を打者が空振りをして、三振で攻守交代になった。


「っし!」


 軽く汗をかいている久村が、三振を取った瞬間に小さくガッツポーズをした。

 重本や他のクラスメイトの男子達が久村に近寄って、ハイタッチをしている。


 聖は軽く拍手をする程度に押さえたが、内心ではかなり喜んでいた。


(よし、よし! ナイスだ久村!)


 思わず口角が上がってしまったが、今は誰も見ていないだろう。


 隣にいる詩帆や、同じクラスの女子達も興奮しながら試合を見ていた。

 一緒に応援しているクラスの女子達が、久村について会話しているのが聞こえる。


「久村くん、カッコいいね!」

「ね! いつもクラスであまり目立ってないけど、運動結構出来るんだね!」

「顔立ちも重本くんほどじゃないけど普通にカッコいいよね。久村くん、彼女いるのかな?」

「そういう話は聞いたことないよね。いないんじゃないかな?」

「私、久村くん狙ってみようかなぁ」

(なっ!?)


 そんな声が聞こえてきて、思わず聖はそれを言っている女子の方をバッと見てしまった。


「えっ、本当に?」

「うん、私結構、久村くんタイプだなぁ。それにギャップもよくない? いつも教室では重本くんの隣にいてあまり気づかなかったけど、普通にカッコいいじゃん」

「まあそうだね。それなら私も狙ってみようかなぁ」

(なっ、なっ……!?)


 クラスの女子達の会話に、聖は内心でとても動揺していた。

 まさか他の女子達が、久村にこんなに興味を持つなんて思いも寄らなかった。


(くっ、誤算だった……! 確かに久村は顔は悪くない、私もその、カッコいいと思っているが……)


 聖はまだ久村について会話をする女子達の会話を、視線などは向けずに耳を全力で傾けていた。


「えっ、あんた、前に隣のクラスの子と付き合ってなかった?」

「この間別れたよ。今はフリーだから、別にいいでしょ」

「まあいいと思うけど、そんな簡単に男の子と付き合っていいの?」

「いいんじゃない? 別に一生付き合うというわけじゃないんだし。試しに付き合ってみても」

(なっ、そ、そんな軽い感じで……!)


 詩帆が前に言っていたが、好きじゃないけど試しに付き合ってみるという選択があると聞いていた。

 だけど聖はそんな不誠実なことはせず、ちゃんと本気で向き合って付き合うことを決めた。


(別にそういう考えで付き合うことを否定するわけじゃないが……私が付き合っている久村が、そんな感じで付き合う人間だと思われていることが、少し、ムカッとするというか……)


 人それぞれ、異性と付き合う時に考えることは違うだろう。


 だが久村は、自分に本気で惚れてくれて、あんな真剣に告白してくれて……。


(こ、ここで思い出すことではなかった……!)


 球技大会の男子の野球を見ている時に、久村の告白とかを思い出して聖だけ顔を真っ赤にしてしまう。


 ただ聖が思うのは一つ、自分も久村もそんな軽い気持ちで付き合ったというわけじゃないということだ。


(くっ、それをあの女子達に言いたいのだが、それをするには私と久村が付き合っているということを話さないといけなくなる。それは無理だ……!)


 そんなことを考えていると、野球の試合の展開は進んでおり、久村が打者としてバッターボックスに立とうとしていた。


「聖ちゃん、久村くんが打つよ!」

「あ、そ、そうだな」

「ほら、久村くんがこっち向いてるよ」


 詩帆の言う通り、バッターボックスに入る前に久村がこちらを向いているのがわかった。


 こちらを向いてないでしっかり集中しろ、と思うと同時に、自分の方を向いて特別に思ってくれているのが伝わってきて、嬉しくも思ってしまう。


 頑張れ、という意味を込めて周りにあまりバレないように、小さく手を振った。


 すると伝わったのかわからないが、久村が胸の辺りを苦しそうに押さえた。


「ど、どうしたんだ久村は、胸を押さえているが。何か怪我をしたのか?」

「うん、聖ちゃんのせいだから、大丈夫だよ」

「な、なぜ私のせいなんだ?」

「そりゃ聖ちゃんが可愛すぎるからだよ」


 どういう意味かわからず、聖は首を傾げる。

 もう一度聞こうとした瞬間、


「「久村くーん、頑張ってー!」」


 と二人の隣からそんな黄色い声援が響いた。


 そちらを見ると、先程久村を彼氏にしたいと話していた二人が大声で応援していた。

 バッターボックスに入る直前の久村にも声が届いたのか、ちょっと驚きながらも軽く会釈をしているのがわかった。


「あはは、久村くん可愛いー」

「ふふっ、そうだね。これであとで話しかけに行けば、好印象を持ってもらえるかな」


 どうやら遊びなのか本気なのかわからないが、久村と絡みに行こうとしているようだ。


「……」

「聖ちゃん聖ちゃん、ちょっと雰囲気怖いよ」

「うっ……すまない」


 思わずあの二人の女子を睨んでしまい、詩帆に注意される。

 久村のことを応援してくれているのは、彼女としてもありがたい話である。


 しかし久村を彼氏にしたい、狙いたいというのであれば、話は別だ。



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