第29話 原作と違う
その後、勇一と藤瀬が売店を出ていく。
最後まで、東條院さんが邪魔しに来ることはなかった。
俺と聖ちゃんも二人のあとを追っていくが、その間俺はずっと考えていた。
どうして、東條院歌織が邪魔しに来なかったのか?
もしかしたら俺の記憶違いで、原作ではあの売店で邪魔をしたのではなかった?
いや、だが先程のあの二人がクマのカチューシャをつけて写真を撮るところは、俺はしっかり原作で読んだ覚えがある。
だから確実に、原作で東條院さんが邪魔をしたのは、あそこの売店だろう。
それなのに、東條院さんは邪魔をしに来なかった。
つまりすでに、この遊園地デートでの東條院さんの動きも、原作とは変わってしまっているということだ。
なんでだ……?
考えられるとしたら、俺がこの世界の久村司になったことによって変わった何かが影響して、東條院さんがあそこで邪魔しに来なかった、ということだ。
これまでに原作と何が変わったか、整理しないと。
まず原作では、久村司が嶋田聖に告白をしていない。
それにこのデートに俺と聖ちゃんが監視としてついてきているのも、原作ではなかった。
だがそれは別に東條院さんに関わることじゃないし、これに関してはそこまで関係ないはずだ。
では他に……そうだ、このデートのことを東條院さんが知るタイミングが、今日ではなく金曜日になったことだ。
あれはおそらく原作通りじゃなくなったところだ。
だがそれだけだったらむしろ、邪魔するタイミングが早くなるということになってもおかしくなかったはず。
他には……東條院さんにバレないように、勇一が前日の土曜日に俺の家に来たことか。
だけど勇一が俺の家に来た時には、すでに東條院さんにバレていた。
っ……まさか、あれか?
東條院さんが俺の家に来た時に、勇一が言ったセリフ。
『夜遅くなったら、親御さんが心配するだろ!』
あのセリフを聞いて東條院さんは様子がおかしくなり、すぐに帰ってしまった。
勇一は全く傷をつける意図はなく、むしろ東條院さんのことを心配していった言葉だったが、彼女にとっては違う。
母親が亡くなり、唯一の親である父親にすら関心を持たれていない、と思っている東條院さん。
あの言葉は彼女にとって、とても心を抉るような言葉となってしまっている可能性が高い。
そのせいで……東條院歌織は、邪魔しに来ていないのか?
これは全て俺の予想でしかないが、ありえるかもしれない。
いや、間違っていたとしても、東條院さんが原作通りに邪魔しに来ていないということは確かなのだ。
「そろそろ日も沈んできたな」
「んっ? あ、ああ、そうだね」
聖ちゃんに話しかけられて、考え事を中断した。
もう辺りは結構暗くなってきて、遊園地内の電灯がつき始めた。
まさか聖ちゃんと二人きりでデートしている時に、こんなにも違うことを考えるとは思わなかった。
「……そろそろあの二人も、あの場所に向かうようだな」
「えっ? あの場所?」
「知らないのか? この遊園地は夜になると、イルミネーションがとても綺麗な場所があるんだ。そこで付き合ったものは……え、永遠に結ばれるというジンクスがあるらしい」
「あー……なんか、聞いたことあるかも」
確かに原作でも、この遊園地のイルミネーションの中、告白を成功させたら永遠に結ばれる、というのがあった気がする。
もちろん原作では東條院さんが邪魔をしたから、勇一と藤瀬と東條院さんの三人でそこにいって、「綺麗だなぁ」とかいって終わった気がする。
あまり印象がなかったから忘れていた。
しかし……このままでは、あの二人はそこで告白をして、付き合ってしまう。
こういう物語のそういうジンクスって、おそらくマジでその通りになる。
だからつまり……ここであの二人が付き合ったら、永遠に結ばれるということだ。
「あっ……あの二人が、そのイルミネーションの方に行ってるぞ」
聖ちゃんの言う通り、あの二人はイルミネーションが綺麗な方向へ歩いていく。
このままでは、本当に勇一と藤瀬が付き合ってしまう。
東條院さんは、本当に邪魔する気はないのか?
なんで……もしかして、俺が来たこの世界線では、勇一のことが好きじゃないのか?
いや、それはないだろう、昨日の夜に勇一を俺の家まで送り、しかもヌード写真集を上げてもいいと言っていたくらいだ。
じゃあなんで……っ!
考えごとをしながら東條院さんが邪魔をしないか周りを見渡していたのだが……ある人物が俺の目にとまる。
それは執事服を着た老人。
老人といっても背筋が伸びていて、身長は俺よりも高く、白髭などが生えているのだがとても凛々しい印象を受ける。
どう見ても一般人のような風貌ではなく、この遊園地のオーナーかと思うくらいだ。
だけど俺は、あの人のことを知っている。
あの執事服を着た老人は、東條院さんに仕えている人だ。
確か東條院さんに、「爺や」と呼ばれてい執事。
いつも東條院さんのワガママに付き合っている人で、風貌は老人なのにめちゃくちゃカッコいい人である。
あの人がいるってことは、確実に東條院さんがいるってことだ、絶対に。
でもそれだったら、なぜ邪魔しに来ない?
……もしかして、勇一のあの言葉を変に気にしているのか?
今の東條院さんにとっては、両親の話題はとてもナーバスになるものだろう。
今後、それについては原作でも触れて、解決した話題なのだが……今は全く触れられたくないものなはずだ。
それを大好きな人である勇一に触れられたというのが、一番気にしているところなのかもしれない。
もしかしたらこのまま……東條院さんは、邪魔をしないのか?
それだったら、彼女は……父親との問題を、今後救われずに生きていくのか?
原作では今後、勇一が彼女を救う物語がある。
それは藤瀬と付き合ってしまったら、なくなってしまうのではないか?
そしたら、彼女は……。
俺は勇一と藤瀬の方を見る。
二人は先程までの楽しそうな雰囲気は少しなくなり、緊張感がある空気が出ている。
おそらく二人とも、イルミネーションがある場所に向かっていて、告白をしようと考えているからだろう。
もうすでに二人は原作の時よりも、このデートで親密になっている。
これから止めるのは難しいかもしれない。
それでも……。
「ひ、久村、私達もその、イルミネーションの場所に向かうか。そ、そこでお前に、話が……」
「聖ちゃん」
「っ、な、なんだ?」
「ごめん、ちょっと俺、用事が出来た」
「……はっ?」
聖ちゃんの返事を聞かずに、俺は走り出した。
ごめん、聖ちゃん。
聖ちゃんは藤瀬のことを思って、東條院さんの邪魔をしたかったのだろう。
藤瀬に知られないように隠れてここまで行動するくらいに。
だけど俺は……まだ、あの二人にはくっついてほしくないんだ。
いつかは勇一も、藤瀬か東條院さんの二人のどちらかを選ぶ時が、来ると思う。
でも今のままじゃ、勇一が東條院さんを全く見ずに、藤瀬を選んでしまう。
それは絶対にダメなんだ。
あと……ちょっと藤瀬にも聖ちゃんにも言いづらかったんだけど。
俺、「おじょじゃま」のキャラで二番目に好きなのは、東條院歌織だったんだよな。
そう思いながら俺は走り、執事服を着た老人に話しかける。
「あの! ちょっといいですか!」
「……私めに何かご用でしょうか」
執事の爺やは俺を見て、静かにそう問いかけてきた。
初めて聞いた爺やの声だが、とても渋くてカッコいい声だ。
「東條院さんのもとに、連れていってください」
「……貴女様は、お嬢様の何でしょうか?」
少し警戒するように、俺を見下ろしながら言う。
俺は東條院さんと別に友達なわけじゃない。
なら俺の立場は……これだろう。
「東條院歌織の好きな人の、親友です」
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