しばらく考えさせてくれ

高山小石

しばらく考えさせてくれ

 校舎の屋上に出ると、どこか花の香りのする風が吹き抜けた。


「春だなぁ。天気もいいし、これが小春日和ってヤツか」


「違うから」


 幼馴染で腐れ縁の清香きよかはバッサリ言った。


「『小春』とは陰暦十月のことよ。今は三月。『小春日和』を使っていいのは、十一月頃の春のような日だけだから」


「でもさ、ニュースキャスターも使ってたぜ」


「言葉は変遷するものなのよ」


「じゃあ、いちいち言うなよ」


「正しい知識を知っておくに越したことはないでしょう」


「はぁ。相変わらず生真面目だな」


 話題を変えるために、俺は口を開いた。


「明日でここに来るのも最後だな」


「……そうね」


 俺たちは明日、高校を卒業する。

 最後にじっくり見ておこうと、二人で屋上に上ったのだ。


 屋上に上れるのを知ったのは偶然だった。

 もともとしっかり者の清香は、生徒会長をやめてからも、クラスメイトや下級生から頼られていた。

 それはいいんだけど、昼飯も食えないのはさすがにどうかと思ったので、いい場所はないかと探していた。人気のない場所を探す途中で閉鎖された屋上の隠されていた鍵を見つけられたのは、本当にラッキーだった。


 外からも死角になっているこの屋上は、清香のちょうどいい避難場所になった。

 一人じゃ怖いから俺も来るように言われて、二人で昼飯を食べたり、話したり。ちょっとした隠れ家だった。


 運動場をはさんで体育館の屋根が見えるフェンスに身体を預けた。

 清香も同じようにフェンスにもたれると、どこか遠くを見るような表情で視線を落とした。


 うす汚れた校舎とも明日でお別れだ。

 俺たちは無言で、風を感じながら目に焼きつけていた。

 運動場では、サッカー部とテニス部がトレーニングをしている。

 思い出したようにチャイムが鳴り響く。


 3年間あっと言う間だったな。


 あの子を初めて意識したのは、同じクラスになった2年生の夏だ。

 だから余計にそう思うのかもしれない。

 告白しようか迷っている間に3年生になってクラスが離れた。

 クラスが違うと、きっかけすら作れなくて。

 受験勉強やらなんやらで、気づいたら明日は卒業式。

 我ながらマヌケだよな。


「シュウ。わかっていると思うけど、明日を逃すと後がないわよ」


 心を読んだかのような清香の言葉が突き刺さる。


「……わかってるよ」


 俺とあの子の進む大学が違うことは知っている。

 だから告白するのを迷ってた。

 うまくいったとしても、違う大学に行きながら付き合うのは難しいんじゃないか。

 どうせ破局するなら言わないまま卒業した方がいい。

 むしろ言わないでいたほうが、いい思い出になるかも。


「弱虫ね」


 苦笑気味の清香の言葉にカチンときた。


「先に帰る!」


「待って、シュウ。シュウ!」


 何度も呼び止められたけど、そんなのは無視だ。

 階段をかけ下りて、校門を出た。

 弱虫は言いすぎだろう。


 そりゃ、清香と俺は違うよ。

 清香は勉強も運動もできる。生徒会長にもなった。

 ムカつくことに、無愛想なのにそこがいいとかで、清香はモテる。 

 男子にも容赦ないからか、女子にも嫌われていない。


 俺の成績は努力してやっと中の上。容姿も普通。運動もそこそこ。

 清香は女子なのに毎年チョコを山ほどもらう。年上年下どっちからも告白される。


 そんなヤツに俺の気持ちがわかるはずがない。

 どうせフラれるくらいなら、告白しないほうが傷つかないだけマシだって思う俺の気持ちなんか!


 勢いに任せて走っていた足が、スピードを落としていった。


「俺、弱虫だ」


  ※


 翌朝、教室で清香と目があった瞬間、俺は教室を出てしまった。

 あわせる顔がないっていうか。


 チャイムがなって教室に入ってからは、俺が怒ってると思ったらしく、清香からはなにも言ってこない。

 別れを惜しむ女子に取り囲まれて、動けないだけかもしれないけどな。くそっ。


 清香となにも話せないまま卒業式が終わった。

 今は校内のあちこちで撮影会が繰り広げられている。

 今度は男子に囲まれてるのか、清香の姿は見当たらない。


 帰るまでにアイツとちゃんと話したい。

 人だかりを見つけては清香を探すけど、ヤツはいない。


「!」


 先にあの子を見つけた。

 彼女は友達と話しながら、写真の撮りあいっこをしている。

 ああ、やっぱり彼女は可愛い。他の女子とは全然違う。

 顔を見ているだけで、俺の心臓はどんどん跳ね上がっていった。


 俺は平静を装って彼女に近づいた。


「ちょっといいかな? あのさ、先生に頼まれたんだけど」


 昨日の夜、必死に考えたセリフで、なんとか彼女を友達から引き離すことに成功!

 職員室に行くと見せかけて、人影が途切れたところで俺は彼女を呼び止めた。


 彼女は俺を見た。


 俺はずっと彼女を思い続けていた。

 クラスが離れた三年生の時なんか、顔も見れなかった。

 廊下ですれ違えれば『今日はラッキーデー』とテンションも上がった。


 それが今は、こんな近くから俺だけを見つめてくれている。


 俺の心臓は飛び出そうにばくばく鳴っている。

 きっと顔も赤くなってるに違いない。恥ずかしい。

 でも、ここで逃げたら意味がない。


 ふんばれ、俺!


「ごめん。先生に頼まれたっていうのウソなんだ」


 俺は告白した。


   ※


「それで? 結局どうなったのよ?」


「上手くいってたら、こんな所にお前といるわけないだろ」


「それもそうね」


 俺と清香は屋上にいた。

 昨日と同じように、フェンスにもたれて風にふかれている。


 違うのは、運動場に制服を着た生徒がたくさんいることと、俺の心境だ。


「ま、スッキリしたから良かったよ。清香のおかげだ、サンキュ」


 告白しなかったら、ずっと心残りになっていただろう。

 ハッキリ答えてくれた彼女にも感謝。

 俺だったら、雰囲気に呑まれてあいまいな返事をしてしまいそうだ。

 卒業と同時に失恋なら、キリもいいってもんだ。


 はればれとした俺に、清香は申し訳なさそうな顔で言った。


「シュウ。ごめんなさい。昨日のあれは独り言だったのよ」


「はあ? 弱虫って、俺に言ったんじゃなかったのかよ」


「あれは自分に言ったの。すぐに誤解だって伝えようとしたんだけど」


 俺は走って帰って、電話にもメールにもラインにも出なかった、と。

 弱虫脱出のために告白の計画を練ってたから、昨日からスマホに触りもしなかったもんな。


「おまえのどこが弱虫なんだよ」


「……実は、シュウの話を聞いていて、私も告白しようか迷っていたの。どうせふられる。それなら告白しないほうがいいのかもしれない。そう思う自分が情けなくて、つい口から出ていたのよ」


 どこかで聞いた話だ。


「それなら告白する方がいいぜ。どっちに転んでもスッキリするからな。ていうか、そんなことなら、こんなとこで俺とダベってる場合じゃないだろ。まぁ屋上に誘ったのは俺だけどさ。早くソイツのところに行けよ」


 コイツから告白したいだなんて、いったいどんな相手なんだ?

 今まで告白してきた誰かなのか?

 それなら告白された時にOKしてるか。


 だいたい清香の好みってわからないんだよな。

 今までいろんなタイプの男子に告白されてたけど、見向きもしなかったから、てっきり男嫌いなのかと思ってたし。

 まぁお目当てがいたんなら、そうなるよな。

 こうなったら、こっそり後をつけて顔だけでも見てみたいぞ。


 そんな考えがばれてるのか、清香は動こうとしない。


「後なんかつけないからさ。ほら、行けって」


 清香は苦笑した。


「今日は日が悪いからやめておくわ」


 なんだ残念。

 確かに今日は、清香と写真を撮りたい女子も男子もわんさかいる。

 お目当てにたどり着くのは難しいだろう。


 俺は初めてモテなくて良かったと思った。


「だいたい、なんでお前が告白してフラれるんだよ。フラれるって決まったわけじゃないだろ。むしろ、フラれない可能性の方が高いだろ」


 俺と同じ悩みかと思ったけど、根本的に違うのはそこだ。


「お前をフる男子なんて、そうそういないさ。9割9分うまくいくよ」


「そういうものかしら?」


「そういうもんだ」


 力強く励ましたのに、清香は屋上から動く様子もない。

 少しずつ運動場から生徒の姿が減っていく。

 人が少なくなるのを待つつもりなのか?


 でも、ソイツだって帰ってしまうかもしれない。

 今日は卒業式。もう後はないんだ。


「よーし。クラスと名前を教えてくれ。ソイツをここまで連れてきてやる。それなら他のヤツらに囲まれて困ることもないだろ? さ、言えよ。どこの誰なんだ?」


「…………」


 おいおい。ここでダンマリかよ。

 コイツって意外にシャイだからな。

 それにしても気になる。いったいどんなヤツなんだ?


 清香がポツリと言った。


「好き」


「は?」


「だから、シュウが好き」


「え?」


「私はシュウのことが好きなの」


 清香が好きなのは俺?


 俺の頭はしばらく止まった。

 さっきまで聞こえていたざわめきも、やわらかな風の感触も。

 なにもかもなくなって真っ白になった。


 反面、妙に納得がいった。

 だからコイツは誰の告白にもOKしなかったのかと。


「シュウ? シュウ、返事は?」


 真剣な声に、俺は答えられなかった。


 そりゃそうだろう。

 昨日まで、俺はさんざん清香に自分の恋の相談をしていたんだ。

 あの子のどこが可愛いとか、うまくいくにはどうすればいいか聞いていた幼馴染から告白されて、答えられるわけがない。


 清香はじっと俺を見つめている。


「私もすっきりしたいのよ、シュウ」


 それは「早くフってくれ」と言ってるように感じた。


 だけど俺はタイミングを逃した。

 「フラれたばかりで今はとても考えられない」と言うことも、「またまた~」と冗談にすることもできたのに、できなかった。

 俺は……。


 なにも言えないまま階段へと走った。


「シュウ!」


 ごめん、清香。

 なんですぐに答えられなかったのか、一人で考えたいんだ。

 ちゃんと考えるから。

 しばらく俺を弱虫のままでいさせてくれ。

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しばらく考えさせてくれ 高山小石 @takayama_koishi

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