田岡さん、一緒にサボりましょう

@hodaka548

第1話

 

 ぼくは、高校生になりました。

 

 ぼくの入った高校は、あまりかしこくないそうです。

 

 でも、お母さんからは、入れただけで十分だと言われました。

 

 そんなもんかなぁーと、ぼくは思いました。

 

 初登校では、電車を間違えて遅刻してしまいました。

 

 しかも、入る教室を間違えて笑われました。

 

 どうやら、学年を間違えていたようです。

 

 三年三組の教室に、入ってしまったのです。

 

 ぼくのクラスは、一年三組だったのに。

 

 階段を登ったり降りたりして、一年三組の教室に入りました。

 

 ぼくの席は、窓際の後ろから三つ目でした。

 

 教室内では、自己紹介をしていました。

 

 みんな自己紹介が上手で、ぼくはみんなみたいにできるかなぁーって、すごく緊張しました。

 

 ぼくの順番は飛ばされたようで、一番最後になりました。

 

 ぼくは、自己紹介をしました。

 

 うまく話せなくて、ちゃんと伝わったのは『田中一郎』という名前だけでした。

 

 でも、名前だけでも知ってもらえれば十分な気がしました。

 

 だって、中学校では誰からも名前で呼ばれたことはなかったからです。

 

 自己紹介が終わると、隣の席の女の子が「わたし田岡里江子。よろしくね」と話しかけてきました。

 

 髪なんかも染めて、なんだか派手な感じのする女の子です。

 

 ぼくは、「はい。ぼくは田中一郎です」と返事をしました。

 

 田岡さんは、「それさっき聞いたよ」と言って、ニコリとしました。

 

 そうです、自己紹介したのは十秒前のことでした。

 

 なんだか申し訳なくなって、ぼくは謝りました。

 

 田岡さんは「なんで謝るの?」と言って、さりげなく許してくれました。

 

 ぼくは、田岡さんのことが少しだけ好きになりました。

 

 そのあと、先生がいろいろな話をして午前中には帰れました。

 

 帰りは電車を間違えなかったのですが、行き過ぎてしまいました。

 

 すぐに降り、逆の電車に乗って戻りました。

 

 家に帰ってそのことをお母さんに言うと、本当は行き過ぎた分の電車賃を払わないといけなかったらしいのです。

 

 高校生になっていきなり悪いことをしてしまったのです。

 

 明日、謝ろうと思いました。

 

 

 ◇

 

 

 次の日、学校へ行くといろんな人が話しかけてきました。

 

 でも、ぼくはうまく話せなくて、いつの間にかぼくのまわりにくる人はいなくなりました。

 

 ぼくは、みんなが楽しそうに話したりしているのを見るのがとても好きです。

 

 この日も授業はなく、係りを決めました。

 

 ぼくは美化係りになりました。

 

 なんと田岡さんも美化係りになりました。

 

「よろしくね」と田岡さんに言われました。


「はい」と元気よくぼくは答えました。


 あんまり元気よく答えてしまって、田岡さんは驚いたみたいでした。


 今度「はい」というときは、もう少し小さな声で言えるように、家で練習しようと思いました。

 

 家に帰るとき、昨日の電車を乗り過ごしたことを思い出しました。

 

 駅員さんに言うと、「今度から気をつけてくれればいい」と言われました。

 

 でも、お母さんから乗り過ごした分のお金を貰ってたので、「払わせてください」とぼくは言いました。

 

 駅員さんは困ったような顔をして、「そのお金でおいしいものでも食べなさい」と言いました。

 

 ぼくは、泣きました。

 

 大人の人が、泥棒をしなさいと言ったことにぼくは悲しくなったのです。

 

 そんなひどい人が世の中にいることが悲しくなったのです。

 

 気付くと、駅員さんはどこかに行ってしまったようです。

 

 ぼくは、仕方なく家に帰ってお母さんにそのことを話しました。

 

 お母さんは、うまく説明はできないけど、駅員さんはそんなに悪くないと言いました。

 そんなもんなのか、とぼくは思いました。

 

 あと、「お金は、お母さんが返してくるから大丈夫」と、お母さんは言ってくれました。

 

 ぼくは、ホッとしました。

 

 

  ◇

  

 

 それから二ヶ月ぐらい経ちました。

 

 授業は難しくて全然わかりませんでした。

 

 中学校のころからそうだったから別にたいしたことではありません。

 

 でも、美化係りはがんばってやりました。

 

 田岡さんは美化係りの仕事をすべてぼくに任せてくれました。

 

 頼られるって、とってもうれしいことです。

 

 ぼくは、田岡さんのことが少しだけ好きになりました。

 

 ある日、学校の校門の脇で田岡さんが女の人三人と男の人四人に囲まれてました。

 

 なんだか、みんな怖い顔をしています。

 

 ぼくはすぐに気付きました。

 

 これがおそらくイジメというものなんでしょう。

 

 近くに先生や他の生徒の人たちもいたのですが、すぐにどこかへ行ってしまいました。

  

 ぼくは勇気を出して田岡さんの近くに行きました。

 

 田岡さんは、「向こうに行って」と、ぼくに言いました。

 

 しかし、「向こう」がどっちなのかわからず、ぼくがうろうろと迷っていると、男の人が田岡さんの手をつかみました。

 

 田岡さんは、「痛い」と言いました。

 

 ぼくは、田岡さんを助けようと思いました。

 

 ぼくは、かばんから書道の筆を取り出しました。

 

 ぼくのおじいちゃんは、書道家でした。

 

 おじいちゃんがまだ生きてたころ、ぼくは、おじいちゃんに自分の書いた字を見せました。

 

 おじいちゃんは、「これは見事なもんだ」と言いました。

 

 ぼくは、「何段くらい」と聞きました。

 

 おじいちゃんは、「百段」と言いました。

 

 ぼくは、書道百段になりました。

 

 ぼくは、おじいちゃんに、「百段てどれくらい強いの?」と聞きました。

 

 おじいちゃんは、「書道三倍段というものがある」と言いました。

 

 くわしいことはわからなかったけど、すごく強いらしいのです。

 

 ぼくは、筆を振り回しました。

 

「墨って落ちないんじゃなかったっけ」などと言いながら、いじめっ子たちは、どこかへ行ってしまいました。


 ぼくは、田岡さんに向かって、「大丈夫ですか?」と聞きました。

 

 田岡さんは、「余計なことしないで」と言ったあと、帰っていってしまいました。

 

 ぼくは、余計なことをしてしまったのだと、反省しました。

 

 先生や他の生徒の人たちは、そのことを知っていたから、すぐにどこかへ行ってしまったんだなぁと思いました。

 

 家に帰ってお母さんに言うと、「その人は不良なんじゃない?」と言いました。

 

 ぼくは、「知らない」と言いました。

 

 そして、「不良ってよくないことだよね」と、ぼくは聞きました。

 

 お母さんは、「お母さんも昔は不良だったのよ。若い内は、それくらい元気がある方がいいかもしれない」と、言いました。


 ぼくは、なるほど、と思いました。

  

 次の日、知らないことは聞けばいいのだということに気付き、「田岡さんは不良なんですか?」と聞きました。

 

 田岡さんは、一瞬固まったあと、すごく笑いました。

 

 はじけるような笑い方でした。

 

「田中くんは、どう思うの?」と聞き返されました。


 ぼくは「それがわからないから聞いているんです」と答えました。

 

 田岡さんは「たぶんそうなんじゃない」と言いました。

 

 ぼくは「それは、ぼくにもなれますか?」と聞きました。

 

 田岡さんは、また笑いました。

 

 ぼくは、こんなにも人を笑わせたことがなかったので、すごくうれしくなりました。

 

 田岡さんは、「なれるんじゃない」と言いました。

 

 ぼくは「どうやったらなれるのか、教えてもらえるとうれしいです」と言いました。

 

 田岡さんは少し困った顔をしたあと、「じゃあ、これから学校さぼってどっかに行こう」と言いました。

 

「それは、やりすぎではないでしょうか?」と、ぼくは言いました。


「じゃあ、あきらめた方がいいね」と田岡さんは言いました。


 ぼくは、「じゃあ、さぼります」と言いました。

 

 田岡さんはニヤリとしたあと、かばんを持って立ち上がりました。

 

 ぼくは、「せめて午前中だけは」と、つい言ってしまいました。

 

 田岡さんはぼくを無視してそのまま教室の外へ出て行ってしまいました。

 

 ぼくは追いかけました。

 

 ぼくたちは電車に乗って町に行きました。

 

 田岡さんはいろんなお店に入って、洋服や、化粧品を見ているようでした。

 

 ぼくはその後ろをついてまわりました。

 

 下着売り場にも行きました。

 

 田岡さんは「これどう思う?」と赤い紐のパンツを、ぼくに見せてきました。

 

 ぼくは、「それならぼくにも作れる」と言いました。

 

 田岡さんは、「じゃあ作ってもらおうかな」と、笑いながら言いました。

 

 ぼくは、「月曜日に学校へ持って行きます」と言いました。

 

 今日は金曜日なので、土日に作れるとぼくは考えたのです。

 

 田岡さんは「お願いだからやめて」と言いました。

 

 ぼくは「ほかの色でも作れます」と言いました。

 

 田岡さんは「色の問題じゃないの」と言いました。

 

 そのあと町を歩いていると、「おう、里江子。久しぶり」と、背の高いおじさんが、田岡さんに話しかけてきました。

 

 田岡さんは、おじさんを無視して通り過ぎようとしました。

 

 おじさんは、田岡さんの肩をつかみました。

 

 田岡さんは、おじさんの手を払いました。

 

 おじさんは、田岡さんの髪の毛をつかみました。

 

 田岡さんは、「痛い」と言いました。

 

 ぼくは、「やめてください」と、おじさんに言いました。

 

 おじさんは、「お前はだれだ」と言いました。

 

 ぼくは、「田中一郎です」と自己紹介しました。

 

 おじさんは、「そうじゃない。こいつの何なんだ」と言いました。

 

 あとになって考えると、「クラスメートです」と言えばよかったのですが、このときは思いつきませんでした。

 

 ぼくは黙ってしまいました。

 

 おじさんは、「俺はこいつの父親だ」と言いました。

 

 ぼくは、「初めまして、ぼくは田中一郎です」と言いました。

 

 おじさんは、「それはさっき聞いた」と言いました。

 

 田岡さんは、髪の毛を引っ張られて痛そうにしてました。

 

 ぼくは、「手をはなしてください」と、おじさんに言いました。

 

 おじさんは、「だから、俺は父親だって言ってるだろ」と言いました。

 

 ぼくは、「言っている意味がわかりません」と、正直に言いました。

 

 あとで聞いた話では、父親が子供の髪の毛を引っ張ってもいいと考えている人も世の中にはいるそうなのです。

 

 おじさんは、怒りはじめてぼくを殴りました。

 

 ぼくがうずくまると、おじさんは、上からなんども殴ったり蹴ったりしました。

 

 気付くと、おじさんはどこかに行ってしまいました。

 

 田岡さんは、「大丈夫?」と、ぼくに聞いてきました。

 

 ぼくは、「わかりません」と言いました。

 

 あちこち痛かったからです。

 

 ぼくは立とうとしましたが、足が痛くて立てませんでした。

 

 田岡さんは、「近くに病院があるからおぶってあげる」と言いました。

 

 普段であれば、申し訳ないと思うはずなのに、このときはなぜか、素直に田岡さんの言うとおりにしてしまいました。

 

 ぼくが、田岡さんのことを少しだけ好きになったからだろうと思います。

 

 ぼくは、田岡さんの背中にのりました。

 

 田岡さんは、軽々とぼくをのせて歩きはじめました。

 

 ぼくは田岡さんより身長がひくいのです。

 

 それがよかったのかもしれません。

 

 田岡さんは、「どさくさにまぎれて胸さわったりしたら怒るよ」と言いました。

 

 ぼくは、「なんでぼくが胸をさわるの?」と聞きました。

 

 田岡さんは、「なんでもない」と言いました。

  

 病院に着いて、お医者さんにみてもらいました。

 

 たいしたことなかったようです。

 

 でも、歩いて帰るのは難しいので、お母さんに車で迎えにきてもらうことにしました。

 病院で待っている間、ぼくは、「また一緒にサボりましょう」と、田岡さんに言いました。


 田岡さんは、「なんでわたしとさぼりたいのよ? またひどい目にあうかもしれないのに」と、言いました。


 ぼくは、「田岡さんのことが好きだからです」と、真剣な顔で言いました。


 田岡さんは、「これからも、友達でいましょう」と、言いました。


 ぼくに、はじめての友達ができました。

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