第17話 超研
「ようこそ超能力研究部、または超常現象研究部へ!」
俺は、ロメリアと詰田と一緒に部室へ来ていた。
部室に入ると、元気いっぱいの笑顔で
その部活名、どっちかハッキリと決めておいた方が良いと思うが。
「ここが我々の部室よ」
部室と言っても、特に変な特徴がある訳では無い。
ただの、忘れ去られた小さな部屋といった感じだ。本棚にはビッシリと本が揃えてあり、少し見るとSFや名前も聞いたことないような学者の本などがあるようだ。
そして棚の上や空いている隙間には、宇宙人っぽいフィギュアやSF映画のグッズ。恐竜模型から何だかよく分からないものまで沢山置いてある。お嬢様のような雰囲気の金城さんとは、ミスマッチな景色だ。
オタク部屋と言われたらそれまでだが、真ん中に長机が置いてあり、それを囲うようにして椅子が置いてあるのが唯一の部室っぽさだ。
そして、その椅子には既に人が座っていた。
「紹介するわ。我が部の部員達よ」
金城さんは、一人づつ紹介してくれる。
最初は、端にいるガタイのいい男子からだった。
腕を組み、明らかに強そうな雰囲気を醸し出している。
「まずは、
「鎧塚だ」
名前まで強そうだ。
超研の人達は俺達とは違うクラスで誰とも会ったことは無いが、この人はどこか園静に似ているような気がする。
上から目線な態度とかな。
「次、
「か、影谷杏子です......よ、よよろしくお願い、します......」
オドオドしていて、まるで小動物のような女子。
メガネっ娘担当と言うだけあって、大きな眼鏡が特徴だ。
「で、
「優奈です。よろしくね〜」
おっとりとした、マイペースそうな女子だ。
色々と大きい。身長とか、その......まぁ色々だ。
この人達もオタクのようには見えないが......どういう人選なんだろうか。
「そして
「湯川です。よろしくお願いします。分からないことがあったら、何でも聞いてください」
真面目そうな男子だ。格好良いというより、可愛い系と言うのだろうか。まるで歳下かと思うような見た目だが、中身は結構しっかりしてそうだ。
「そして、部長であるこの私が
俺達も名前と軽い挨拶だけして、自己紹介を終えた。
「まぁそんな緊張しなくて良いわ。ここに居るのは全員一年だけだから。なんと、ついこの前出来たばかりの出来立てホヤホヤな部活なのよ」
ほぉ、そりゃ凄いな。
部活を作ることが出来るとは聞いていたが、まさか本当に作る人が居るなんて。しかも、一年生でだ。
「ま、だからまだ部活っぽいことも何もしてねぇってわけ」
目つきの悪い鎧塚君が口を開いた。
怒っている訳では無いのだろうが、少し荒っぽい口調だ。偉そうだが楽しそうでもある園静と違って、こちらは不機嫌そうだな。
「そ。だから、丁度明日にでも活動しようかなと思って。今日はその前準備、明日の計画を立てるのよ。そんな訳だから、本当の体験入部は明日ってことになっちゃうけど、どうかしら?」
明日の学校は休みだ。
確かに休日にやる部活は多いが、それは運動部のような力の入った部活だけ。
ここはどちらかと言うと文化部の方だろう。
そんな部活に、しかも体験入部に、貴重な休日を使う必要があるかどうか。
「はい。問題ありません」
だよな。ま、ロメリアが断るとは思ってもないし、別に俺だって構わない。
休日だろうがなんだろうが、ロメリアが行くならついて行くつもりだ。
「ごめん!私明日バイトだから......今日、何をするのか話を聞くだけでもいい?」
詰田が両手を顔の前で合わせて、謝った。
「ま、良いわ。愛理はそもそも入る気無いだろうし、私の目的はそこの二人だから問題ないわ」
「おい、俺はまだ行くって言ってねぇぞ」
「あら来ないの?」
「いや行くけど......」
なんだか悔しかった。
俺もバイト入れようかな。
バイトなんかしてないけど。
「で、何をするんだ?行くとは言ったが、まだ何をするのかすら知らないぞ」
「もちろん、超常現象を研究するのよ」
それだけの説明で納得する奴がいるのなら連れてきて欲しい。
やる事次第では、ロメリアにやらせる訳にはいかなくなるし、俺だって急用を思い出してしまうかもしれない。
先に内容を聞いておくべきだったな。
「この世界には、ありとあらゆる謎が多く存在している......」
「また始まった......」
「ふふ」
部員達は、それぞれ面倒くさそうな顔や苦笑いを浮かべている。
これは金城さんの口癖なのかもしれない。
そしてそれは、これから面倒なことが始まる予兆だったりするのかもしれない。
「空を飛ぶ人間、フライングヒューマノイド。一つの教室に居た人達全員が、突如として姿を消した謎の神隠し。未だに犯人が見つからない連続殺人事件。そして、不老不死の怪物......」
「......」
「世の中には数え切れないほどの噂があるのよ。気になるでしょ?」
金城さんは、子供のような笑顔で言った。
大人な見た目から放たれる純粋そうな笑顔は、そのギャップ故に少し違和感がある。
「どう?ワクワクするでしょ?」
「どうかな。本当にそんなもの、存在するのか?」
「それを解き明かすのが、私達『超研』なのよ」
随分と大きく出たな。自信まんまんだ。
世界で謎になっている事を、たかが一学生の部活動で解き明かせるとは思わないがな。
まぁ、噂は噂だ。真実である方が少ないのだ。
そんなもの、信じるだけ無駄だと言える。
「まぁそんな訳で、明日は宇宙人を捕獲しに行くわ」
「宇宙人?」
「また凄いことを言い出したわね......」
詰田は呆れているようだった。
確かに超常現象を研究するとは言っていたが、いきなり宇宙人を捕まえに行くとは。UFOを見に行くとかじゃなく、もう捕まえる段階なのか。まるで虫か動物か何かかと思っているようだ。
「向こうの方に、山があるでしょ?あそこ、UFOの目撃情報があるのよ」
金城さんが指さしたのは、学校から数キロ先の場所にある山。ここからでも、よく見える大きな山だ。
「去年だったかしら、どこかの学生が興味本位で登ったらしいのよ。友達も何人か連れて行ったみたいなんだけど、途中ではぐれてしまった。そこで現れたのが大きなUFO。夜中なのに、太陽が出たのかと思ってしまうほど明るくて、間近に現れただけあってとても大きかったらしいわ。はぐれた人達は後から合流出来たんだけど、その全員が目撃したって言っていたらしいのよ」
金城さんはとても楽しそうに話す。
すると湯川君が途中から解説し始めた。
「その未確認飛行物体はよく言われるアダムスキー型というものではなく、三角形だったと聞いています。間近にいるのにほとんど音が無く、動物の声のような音が小さく聴こえたらしいです。飛行物体は暫く空で静止して、目も開けてられないほどの発光をした後に跡形もなく消えて行ったとの事です」
「詳しいな」
「当時の記事からの引用です。世間一般には噂程度にしか見られていませんが、オカルトマニアからすれば貴重な情報ですので」
宇宙人か。
俺も男だ。UFOや宇宙人に興味が無い訳では無い。しかし、信じている訳でもない。
居たら面白いとは思うが、存在するかどうか信じるのは別だ。例え存在したとしても、少なくとも俺が生きている間に出会うことが出来るとは思えない。
「どう?ワクワクしないかしら?」
金城さんは、今度はロメリアを中心に聞いて来た。
しかしロメリアはキョトンとした表情で、「あのぉ......」と気まずそうに手を挙げた。
「ゆーふぉーとは、何でしょうか......?」
「え?」
これには、思わず皆が唖然とした。
俺はもちろん知っている。UFOについてではなく、ロメリアがUFOを知らない理由だ。
それどころか、宇宙人すらピンときていない事だろう。
「驚いたわ......UFOを知らない人が居るのね......」
金城さんは顎に手を当て、驚きの表情を隠せないと言った様子だ。
だがすぐに笑顔になり、「それでこそ謎の転校生だわ。ますます気に入っちゃった」
と開き直った。
金城さんにとって、ロメリアは最早どんな形であろうと良いのだろう。
「いいわ、説明してあげる。湯川ちゃんが!」
「あ、ぼ、僕ですか!?まぁ良いですけど。えーまずUFOというのはunidentified flying object.の頭文字を取ってUFOと言います。未確認飛行物体という意味ですね。つまり、謎の空飛ぶ物ってことです」
金城さんは説明を湯川君に丸投げし、ホワイトボードに何かを描き始めている。
「宇宙人、つまり我々の地球より外の......宇宙のどこかに存在しているであろう知的生命体。それらが地球に来る際に利用する飛行船です」
「なるほど......」
ロメリアは納得したような風に頷いているが、あまり分かっていないだろう。
地球外生命体の話とか、全く話していないからな。家に帰ったらまた教えておこう。
「できた。これよ」
バンッとホワイトボードを叩き、描き終えた円盤状の宇宙船を見せる金城さん。
意外と上手かった。
「まぁこれは一般的に言われているUFOの形です。これがアダムスキー型。しかし実際に見たという人は嘘だったり、フェイクの映像だったりで、本当の形は分かりません。そもそも、存在するかどうかも分からないのですから」
「へぇ......」
「どう?ワクワクするでしょ?」
「は、はい!とても興味を惹かれました」
ロメリアは、この場はとりあえず分かったフリをすることにしたようだ。
異世界の人が、宇宙についてどれほど研究しているのかは知らないが......というかまさか、地球が丸いというのまで知らないなんてことは無いだろうな......?おいおい、もしそうなら説明するのが大変だぞ。
「よろしい。ま、そういう事だから。明日、十九時に学校集合ね。各々、宇宙人を捕まえる道具を持って来るように」
そして、この場は解散となった。さぁ、これから俺はロメリアに軽く宇宙人について説明しなければならないな。
しかし、計画とは一体何だったのだろうか。ただ明日の集合時間と持ち物を伝えただけに終わった。まぁ、確かに宇宙人を捕まえる計画なんて言っても、そもそも宇宙人を見つける所から始めないとな。
で、宇宙人を捕まえる道具って......何だ?
──────────
翌日、俺達は学校の前へ集合していた。ロメリアへの説明は、思っていたよりは苦戦しなかった。宇宙についての本を読んでいてくれたのが幸いだった。それが無ければ、今朝はまだ起きれていない事だろう。
俺達が来たのは集合時間の十分前だが、金城さんが虫取り網を肩に担いで待っていた。
それが「宇宙人を捕まえる道具」か......やはり、虫か何かと勘違いしているようだ。
丁寧に「おはよう」と挨拶してくれる。まるでデートにでも行きそうな格好だが、これまた虫取り網とのギャップが凄くて脳が混乱してしまいそうだった。
そんな金城さんはロメリアを見るなり、その私服姿に驚き、女子じゃなかったら許されないほどベタベタとロメリアを愛でた。
集合時間の十九時まで五分前を切った所で、影谷さんと桜江さんが来て最後だった。どうやら一緒に来たみたいで、二人は仲が良いようだ。
「全員揃ったみたいね。それじゃあ、出発よ」
山へはバスが出ている。詳しいことは知らないが、何か大きな施設が近くにあるらしい。そこへバスで行って、歩きという感じだ。
「さぁ、もう少しよ。皆頑張って!」
「はぁ、はぁ、結構、遠いな......」
山は一応山登りする人が居るらしく、道がそこそこ整備されていた。
しかし登っても特に何も無く、草木が生い茂っているだけなので人を見かけることは少ない。
暇な爺さん婆さんが、健康のために利用するぐらいだろう。その為、整備と言っても森を切り開いた程度だった。道っぽくなっていると言うのが丁度いい。
「スミトさん、大丈夫ですか?」
はぁはぁ息を切らしながら歩く俺を、ロメリアが気遣ってくれた。
最近は前よりも動いている方だと思っていたが、どうやらまだまだ運動不足らしい。
女子に心配されるとは、何とも情けない姿を晒してしまった。
「大丈夫だ、ありがとう。ロメリアは結構余裕そうだな」
「はい!メイドですから」
ロメリアは腕まくりをして、自慢気に言った。
メイドだからという理由は少し大雑把だと思うが、まぁ確かに体力は付いてそうだな。
「もう暗くなって来てるから、気を付けてね」
夏は日没までが遅いが、もうそろそろ暗くなってくる頃だ。
UFOの目撃情報はどれも夜ばかり。もしかしたら昼にも来ているのかもしれないが、光を見つけやすいのは夜だ。この山での目撃情報も夜だった。
「なぁ、少し速くないか?そんなに急がなくてもいいだろ」
一人でズカズカと登って行く金城さんに、かなり後方から言った。
まるで山なんかものともしないとばかりに、ただの階段を駆け上がるにしても速すぎるくらいに、金城さんの登る速度はおかしかった。見た目に反してかなりタフなようだ。それか、好奇心が体力に勝っていて、精神力だけで動いているのかもしれない。
そんな金城さんには、運動不足の俺はもちろん、他にも追いつけない人は居た。
「はぁ、はぁ、大丈夫?杏ちゃん」
「ゆうちゃんこそ、はぁ、はぁ、はアッぐ、かっはっ!喉に......虫がッ」
「ああ!杏ちゃん!!」
おいおい、大丈夫か......?山は虫が凄いからな。
名前も知らないような、小さな虫が大量に飛んでいる。
桜江さんと影谷さん。俺と同じように疲れているのは、この人達くらいだろうか。
金城さんは周りを見渡し、疲れている者も多いことを確認すると「もうちょっとなのに」と溜息をつきつつもペースを落としてくれた。
「鎧塚君は平気そうだな。何かスポーツでもやってるのか?」
「鎧塚で良い」
「あぁ、鎧塚は何かスポーツでも?」
「前まで、ちょっとな......」
何だ?何か暗い顔をし出したぞ。
鎧塚の地雷でも踏んでしまったのだろうか。結構触れちゃいけない所だったりするのか?
「その話、あまり触らないであげた方が良いですよ」
急にコソコソと後ろから話しかけられたので、驚いてしまった。
「うおっ、ゆ、湯川君か」
「僕も湯川で良いです」
湯川はニコッと良い笑顔を見せる。
言っちゃ悪いが、小柄で華奢で体力なんて無さそうに見えていたが......あまり疲れているようには見えない。意外だった。
「疲れてないのか?」
「疲れてますよ。でも、それよりも好奇心が勝ってるのです」
なるほど。
そりゃあ羨ましい事だな。この企画、本気で楽しんでいるのは、実は金城さんと湯川だけだったりするんじゃないのか?
「鎧塚君、あまり自分の事話してくれないんですよね。部長に聞いても誤魔化されるし......確かにこの前設立されたばかりの、全員初対面の部活ですけど」
湯川は俺にしか聞こえない声でコソコソと喋る。
「だからこそ仲良くなりたいと思って、相手を知りたい訳じゃないですか。まぁ、本人があまり知られたく無いというのなら、触れないであげるのが吉ですね」
「そうだな。じゃあ、代わりに湯川の事を聞かせてくれよ。なんでこの部活に?お前も金城さんに誘われたのか?」
「いえ、僕は自分からこの部活に入りました。オカルトマニアなもので」
ほぉ、単にオカルト系が好きなのか。
確かに話を聞いていると、湯川は結構こういうのが好きだということが伝わってくる。
「ただ、恐らくこの部活に自分の意思で入ったのは僕だけです」
「というと?」
「鎧塚君も影谷さんも桜江さんも、僕が入ってから金城さんが連れて来た人達ですから」
まぁ正直そんな感じだとは思っていた。
見た目だけで言えば、鎧塚はスポーツ系で影谷さんは漫研。桜江さんは料理研究部って所か。まぁ勝手なイメージ、ただの偏見だが。とにかくこの部活に居る事に違和感があるような感じだ。
誘われて入ったと言うのであれば、納得もいく。
「詳しい経緯は僕もあまり知らないんですけどね。いつの間にか金城さんが連れて来ていて。また気付けば、二人も連れて来た。金城さんのスカウト能力には驚かされます」
確かにそうだな。
俺もロメリアもまだこの部活に入ると決めた訳じゃないが、体験入部まではしてしまっている。
別に超常現象に全く興味が無いという訳でもないし、このまま入ってしまっても良いかもしれないとまで思えている。
「琴代海君とアルメリアさんは、なぜこの部活に?」
「俺達はただ誘われただけだ。金城さんが、転校生であるロメリアに興味を持ったみたいでな。ついでに俺も誘われた。ただそれだけだ」
「なるほど。金城さんらしいですね。僕もまだ金城さんとは出会ったばかりですけど、大体どんな人なのかは分かって来たような気がします」
「俺もだ」
遠くにある早歩きな背中を見た。
まるで何かから逃げているかのような、ずっと追われているかのようなその姿は、一旦停止したかと思うとこっちに振り向いた。
「みんな、そろそろ頂上よ」
頂上。その言葉が聞こえると、俺は少し嬉しくなった。やっと解放されると思ったからだ。というか、UFOの目撃情報は頂上では無いのだから、わざわざ一番上まで登る必要は無いだろう......と今更思った。言わないけどな。
しばらく歩くと、頂上と思わしき場所へと辿り着いた。
金城さんにとっての『そろそろ』の距離は、結構遠かった。
そりゃあ、金城さんは走ってるも同然の早歩きだからな。その速度だったらそろそろと言えるのかもしれない。
「到着〜。結構時間かかっちゃったわね」
坂道が終わり、急に視界が開けた。
頂上だ。
周りの木々も、この場所を避けるように生えている。
「綺麗......」
ロメリアは、思わず声を漏らしたようだ。
その純粋そうな瞳で、この景色を見渡している。
頂上から見える景色。さっきまで俺達が居た場所が、ずっと遠くに見える。
都会という程でもないが、民家や店が光を灯し、イルミネーションのように輝いている。
だがそれよりも綺麗なものは、ずっと上の方にあった。
「凄いな......」
皆、口をあんぐりと開けて空を眺めている。
そこに広がるのは満天の星。夜にしか見ることの出来ない、美しい景色だ。
無数に広がる星々が、俺達を見下ろしている。
「こんなに星が綺麗だなんて......夜の空なんて、今まであまり気にしていなかったわ」
俺達は先人達が置いていってくれた申し訳程度のベンチに座った。
「あれがデネブ、はくちょう座です。その上がベガ、こと座で、アルタイルがあそこ。わし座ですね。この三つで、夏の大三角と呼ばれています」
「湯川は星座にも詳しいのか」
「いえ、これくらい小学生の時に習いましたよ」
そうだったか。
あまり覚えていないが、確かに聞いた事くらいはあるな。
「不思議だね〜。いつもと同じ空なのに、見る場所が違うだけで空まで違って見えるよ」
ッ!俺は、そんなこと言わなそうな桜江さんに驚いてしまった。
あんなフワフワしてるのに、そんなこと考えてるのか。不思議な人だ。
「あれぇ、私何か変なこと言っちゃった?」
「いや。本当だなと思ってな」
桜江さんの興味は、すぐに別のことへ移ってしまったらしく、影谷さんを覗き込んでいた。
「あ!杏ちゃん口開いてるー!」
「あ、開いてないわよ」
「えー開いてたよー」
「ちょっと欠伸しただけよっ!」
「えへへ可愛いー」
まぁ、ここでずっと空を眺めるのも悪くは無いが、夜の山でそう長居はしたくないものだ。
「さ、宇宙人を探すわ。UFOを呼んで頂戴」
「了解です!この時の為にちゃんと調べて来ましたから」
感動モードからSFモードに切り替わった金城さんに、湯川は元気に敬礼をした。
UFOを呼べとは、また無理難題を言われたものだ。無茶振りにも程がある。
しかし元気に虫取り網を振り回す金城さんは、まるで小学生のようだった。まぁ、やってる事は小学生と大して変わらない。というか、同じだ。
「聞いた事ありませんか?UFOを呼ぶ際の有名な言葉があるんです」
「言葉?」
「ベントラ、ベントラ、スペースピープル」
なんだそりゃ。
呪文みたいだが、一体どういう意味だ?
「ベントラは宇宙船を意味する言葉らしいです。もっとも、スペースピープルは地球の言葉ですけどね。これを唱えることで、脳波が宇宙へと送られるらしいです」
湯川は両手を空に向かって大きく広げ「ベントラ、ベントラ、スペースピープル」としつこく唱える。
随分と胡散臭い話だ。
そんな事で本当に宇宙人がやって来るのなら、科学者達は苦労しないだろう。
「来ないわね」
金城さんは空を見上げながら、残念そうに言うと、両手を広げて湯川と同じようなポーズを取る。
「ベントラ!ベントラ!スペースピープル!」
力強い念だ。
宇宙人が聞いたら、キレていると勘違いされてしまうのでは無いか?
しかしそれでも宇宙人はやって来ない。
UFOかと思えば、ただの飛行機だったり星だったりで、やはりそう簡単に見つかるものでは無いな。
「ベントラ、ベントラ、スペースピープル......」
それは、鎧塚の声だった。
一番やらなそうな奴が、あの胡散臭い行為にいつの間にか参加していたのだ。
するとそれを見た影谷さんと桜江さんも、両手を広げて呪文を唱える。
「「「ベントラ、ベントラ、スペースピープル」」」
え?これ俺も参加する流れか?
俺も一緒にやらないといけない感じなのか......?
「ベントラ、ベントラ、スペースピープル!」
ロメリアまで......遂にやっていないのが俺だけとなってしまった。
恥ずかしい......恥ずかしいが、今はやるしかないだろう。
もしこれでUFOが来なかったら、恨むぞ宇宙人。
「べ、ベントラベントラ、スペースピープル!!」
「「「「「「「ベントラ、ベントラ、スペースピープル!ベントラ、ベントラ、スペースピープル!」」」」」」」
──────────
結局、宇宙人どころかUFOすら出会うことは出来なかった。
結果だけ見れば、俺達は山の頂上で謎の言葉を叫ぶ変人集団となってしまった。
「今日は残念だったわね」
暗い山を降りると、俺達はバスに乗って帰っていた。山の暗さは異常で、街灯も無ければ木が生い茂っているせいで月明かりも入りにくい。何とか下山できて良かった。
しかし帰りのことを全く考慮していなかったため、バスが走るギリギリの時間になってしまっていた。意外と夜遅くまで運行してくれていて、助かったな。
「まぁでも、星空も綺麗だったし楽しかったわ。皆ありがとう」
金城さんは、皆にお礼を言った。
確かに素晴らしい夜空だったし、こうして皆で何かをするというのも悪くないかもしれないな。
「宇宙人には会えなかったけど、他にも超常現象なんていくらでもあるわ。いつか絶対、何か凄いものを見つける。超能力者くらいなら、そこら辺に居そうだしね」
金城さんは今日ダメだった事など気にもしないで、次のことを考えている。とても前向きな思考だ。正直、羨ましい。
しかし、超能力をあまりにも軽く見ているのでは無いだろうか。確かに宇宙人には劣るかもしれないが「くらいなら」と言われるほど大したことないとは思わないが......。
「ロメリアちゃんはどうだった?今日一日体験してみて」
「はい。宇宙人が見られなかったのは残念ですが、とても楽しかったです!」
「それは良かったわ。じゃ、ロメリアちゃんも超研に入部ってことで良いかしら?」
「あ、いえ、その......」
ロメリアは、ハイテンションな金城さんに対してとても申し訳なさそうに言った。
「すみません。部活には入りません」
「なっ、なんで!?」
金城さんは、絶対にありえないといった様子だった。驚きを隠せず、現状を理解出来ていないようだ。そんなにありえない事だっただろうか......。
「他にやりたいことがあるから......でしょうか。確かにこの部活はとても魅力的で楽しかったですが、他にやらなくてはいけないこともありますので」
「そう......」
やりたいこと......か。
ロメリアにとってのやりたい事というのは、元いた世界へ帰る事だろうか。
それとも、この世界のことを学ぶことだろうか。
何にせよ、ロメリアがやりたいと言っているのだから、俺がそれを阻止するような事はしない。
何よりもロメリアの意思を最優先する。そう決めた。だから、部活ぐらい入らなくたっていい。ロメリアがそう決めたのなら、それで良いと思う。
「分かったわ。残念だけど、無理強いはしない。でもその代わり、頻繁に遊びに来てよね。やっぱりロメリアちゃんには何か、特別なものを感じるから」
金城さんは、意外とあっさり諦めてくれた。
まぁ部活に入れなくても、ロメリアを観察することは出来るからな。
しかし、特別なものを感じる......か。
金城さんの勘は、結構鋭いな。
「じゃあ、あなたも入部はやめる?」
「え?」
今度は、俺に対してだった。
確かにロメリアとセットで誘われたが、入部取り消しもセットになるのか。
別に全然それで構わない訳だが、そこに俺の意思を何一つ感じないのは何故だろうか。
「そうだな。まぁ入部しないが......そもそもなぜ俺は誘われたんだ?」
「え?だって付き合ってるんでしょ?ロメリアちゃんと」
「は?」
俺とロメリアが付き合ってる?
そんな訳があるか。
どうやら金城さんは、大きな勘違いをしているようだ。
「なんだよその噂。俺とロメリアは付き合ってなんかねぇ、勘違いだ。俺達はその......ただの友達だ」
「え!?嘘〜、杏ちゃん聞いたぁ?琴代海君たち、付き合って無いって〜」
「聞こえてたよ」
「絶対付き合ってると思ってたのにぃ〜、皆そう言ってたよぉ」
皆?
皆って言うのは、桜江さんの周りの人という事か。
どうやら、勘違いしるのは金城さんだけではなく、もっと多く居るようだ。
「そりゃ勘違いするわよ。だって、あなた達いつも一緒に居るじゃない。教室ではどうなのか知らないけど、少なくとも廊下とかで見た時には一緒にいる方が多いわ」
......考えみれば、確かにそうかもしれない。
気を付けていたつもりだったが。
いつの間にかロメリアとずっと一緒に居るようだ。
そう言えば文恵にもイチャつき過ぎだと言われてしまっていたな。もっと注意せねばならない。
「別に私は、付き合ってようがいまいがどっちでも良いのだけれど、それをよしとしない人は多いでしょうね。ロメリアちゃん可愛いし。嫉妬する人ぐらい、居てもおかしくはないわ」
確かに......それはまずいな。
早いところ誤解を解かなければ、俺もロメリアも危険になるかもしれない。
それだけは、避けなければならないな。
「まぁ何にせよ。付き合っていようが付き合っていなかろうが、別れようが何だろうが、超研はいつでも大歓迎よ」
俺達は学校前で解散し、各々家へと帰った。
もちろん俺の帰り道はロメリアと一緒になる訳だが、こればかりは仕方ないな。
付き合っていないと言ったそばから一緒に帰るというのは、説得力が無さすぎておかしなものだ。
「楽しかったな」
「はい!とても楽しかったです。皆さん本当に良い人達で......でも、入部するのは遠慮させて頂きました。今はまだ、他にもやらなくてはならない事があるので」
「まぁそうだな。でももしその気があれば、いつでも部活に入るといい。俺の事は気にしなくて良いからよ。自分がやりたいことを優先してれ。その方が、俺も嬉しい」
「ありがとうございます。でも、これが私のやりたいことなんです」
ロメリアは、優しい笑顔を見せた。
家に着く頃には、俺達はもうクタクタで、部屋に入って座り込むと疲れがドッと押し寄せて来るようだった。
しかしロメリアはまだ座ることはせず、わざわざお茶を入れて来てくれた。
「ありがとう。ロメリアもゆっくりしようぜ」
「いえ、私は」
「いいって。今日はもう疲れただろう?ほら、明日も休みだしさ」
「で、では、お言葉に甘えさせていただきます」
ロメリアは、静かに俺の横に座った。
慣れていない感じが、何だか面白かった。何でもこなしてしまうが、少しドジなロメリアの可愛い所だ。
「ここじゃ、あまり星は見えないな」
「不思議です。なぜ同じ空なのに、星が見えたり見えなかったりするのでしょうか」
「あぁそれは、街の光が明る過ぎるからだな」
ここら辺はまだ都会とまでは言えないが、もっと街が大きい所は、星空なんて見えないほどに明るいそうだ。
山の方は暗いし、空気も澄みきっている。俺も星空は好きだし、星が見えた方が嬉しいかな。
「また、皆さんと一緒に山に登りたいです。この世界の星空は、私が居た世界とは何となく違うような気がします」
違う星......なのか?もし本当にそうなら、星空の違いが分かるほどに星を見ていたという事になる。まぁこの世界と比べれば空気も綺麗だろうし、自然豊かで空も澄みきっているだろう。
「次は、宇宙人という方にも会ってみたいです」
「会えると良いな。まぁ、UFOくらいは見れるかもしれないな」
宇宙人に会うのは、可能性としては物凄く低い。けど、存在していないという証明もされていないんだ。なら、可能性だけならゼロでは無い。
異世界人だって居たんだ。宇宙人ぐらい居ても、おかしくは無いのかもしれない。
「金城さん......楽しい方でした」
金城さんか。確かに面白い人ではあったが、ついて行くのが大変だったな。色々な意味で。
今度は超能力者を探すとか言っていたし、近いうちにまた捜索活動とかするのかもしれない。
......超能力、か。
似たようなもので、魔法使いならここに居るんだがな。まぁそういう意味では「そこら辺にいそう」と言うのも、あながち間違いでは無いようだ。
「なぁロメリア。ロメリアは、もし超能力が手に入ったら......」
って、俺はなんて不毛な質問をしているんだ。
魔法が使えるロメリアに、今更超能力なんて必要無いだろう。
「金城さんも仰って居ましたが、チョウノウリョク......というのは、何でしょうか」
「あぁ、超えるという漢字の『超』に能力だ。つまり、凄い能力って事だな。具体的な説明は少し難しいが」
俺は、創作でいう所の超能力を簡単に説明した。
国民的アニメの秘密道具や、アメコミのスーパーヒーロー。日本を代表する超能力者が闘うアニメや漫画などを例に上げ、何とかロメリアに説明した。
「魔法とは違うのですね」
「そうだな。魔力を使うとか、そういうことは無い。まぁどれも創作の世界の話だ」
実際には......存在しない。
「まぁ、ロメリアは魔法を使えるし、超能力なんて必要ないかもしれないが」
「そうですね。私なら......」
ロメリアは、少し考える。
超能力を一つ使えるとしたら、どんな能力が良いかなんて、割と盛り上がる話である。
しかし相手が魔法を使える異世界人ともなると、超能力とは身近なものなだけあって必要ないものなのだろう。
「空を......自由に飛んでみたいです」
「え?」
意外だった。
ロメリアに、何か超能力で使いたいものがあるというだけでも予想外だったが。
「魔法で飛べるだろ?」
「いえ、筋力を強化して高い跳躍をするか、風魔法で滞空するかしか出来ません」
へぇ......魔法って何でも出来る訳じゃないんだな。
てっきり俺は、魔法を使えるのなら空を飛べるものかと思っていた。
ハリーポッターでも箒で空を飛んでいるし、何となく飛べるものかと思い込んでいた。
「本当はあるんです。空を飛ぶ魔法......ただ、難しすぎて私には扱えません」
「そうなのか」
「ですので、飛んでみたいのです。大空を......自由自在に」
窓の外を恨めしそうに眺めるロメリア。
そこには、今は真っ暗な景色しか広がっていないが、多分ロメリアの中には大きな青空が広がっているのだろう。
「そう言えば、家事とかでたまに見る地味な魔法しか見たことがないな」
俺が魔法を使うなと言ったことを、ロメリアは守れているという事だ。
しかし、これではただの世間知らずなメイドでしかない。異世界要素が無くなってしまって、あまりワクワクしないのだ。
まぁワクワクよりも安全の方が大事な訳だが......家の中でぐらいならもう少し魔法を使っても良いのでないだろうか。
「もっと派手な魔法を見せてれないか?」
「派手な魔法......ですか?」
「おう。今の所、この世界でも道具を使えば出来る事しか見てないからな」
火を付けたり、水を流したり、肉体一つでは出来なくともライターや蛇口を使えばこの世界の人でも出来る範囲だ。
風だって、初めて俺を吹き飛ばしたあの魔法意外は、扇風機程度のものしか見たことがない。
正直言って、物足りないのだ。
「俺から使うなと言っておいて申し訳無いんだが、何か凄いものを見せて欲しいんだ」
「どのようなものを求めてらっしゃるのか分かりきってはいませんが、高威力の魔法を使うのであれば場所を移す必要があります」
場所を移す?そんなに威力が高い魔法があるのか。
確かに家を壊されてしまっては困るな。
「それなら、良い場所がある」
とっておきの場所がな。
「明日はどうだろう。明日も休みだし、丁度いいんじゃないか?」
「問題ありません。私としても、体を少し動かしておきたいですので」
「魔法も、訓練とかいるのか?」
「いえ、大体の魔法は詠唱するだけですぐに使えます。練度が必要となるのは、魔力の操作です。魔力は、使っていないと鈍ってしまうものですので」
そういうものなのか。
魔法についても、聞きたいことは沢山ある。
今更だが、異世界のことをもっと知りたい。
明日色々と教えてもらう事にしよう。
そうして、今日も一日を終えた。
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