第9話 図書室の先輩

図書室。

他の高校に比べると、平均的な大きさだと言われている図書室だ。

故に、本の数はそんなに豊富では無い。だが俺は、最近ここに本を読みに来る事がある。

その理由は......。


「よぉ琴代海ことよかい!また、新しいの入ってるよ。見てくか?」


まるで市場で魚売ってるおっちゃんみたいな言い方をするのは、船引ふなびき先輩。これは、俺がチェックしている本の新しいものが入ったという事だ。

船引先輩は図書室のカウンターの席に座り、俺が来るまでは一人で静かに本を読んでいた。


「ほらこれ、今回はわりと分厚くて、なんと付録のエコバッグまで付いてた。これやるよ」

「え!?いや悪いです、お気持ちだけで......」

「いいって。こんなんどうせ誰も使いやしねぇしよ」

「な、なら......ありがたく使わせてもらいます」


俺がわざわざ図書室へ出向いてまで読みに来る本。それは、料理本だ。

毎日献立を考えるのが大変な主婦の味方、簡単料理本。

何かとお金が無くなってしまいがちな一人暮らしの学生にとって、図書室というのは言うなれば無料読み放題の本屋さん。こうして朝早く学校へ来れば、時間が許す限りここで読み漁ることが可能だ。


「ありがとうございます」

「いやいや。高校生にもなると、図書室へ来る人自体。中々どうして少なくなってしまうからね。俺は中学ん時から図書委員やってるが、中学ん時がやはりピークだったな」


そうか......確かにそうかもしれない。小説とか、本当に本が好きな人でもない限り、あまり図書室へ立ち寄ることは無い。特に最近は、スマートな携帯電話が便利なせいで、本自体に触れる機会が少なくなっているらしい。


「それは確かに......そうかもしれませんね」

「お前みたいな物好きしか集まらねぇ場所だよ。ま、漫画とか置いてある訳でもねぇし、興味持たれねぇのは仕方ねぇよな」

「......」


その漫画ですらも、今では携帯で読めてしまう。

果たして、良い時代になったのか悪い時代になったのか......因みに俺は本はデジタル派だ。

しかしこうして実際に紙の本に触れてみると、良い点も見つかってくるものだ。

例えば、本には電池がない。充電切れになることは絶対に無いのだ。

そして匂いがする。本が好きという人は、この独特な紙の匂いが好きな人も居る事だろう。

と、本の良さに浸りながらもしっかりと内容を暗記している俺は、座っている俺の横を通り過ぎて行く陰に気付いた。


「あれ、文恵ふみえ

「あ、隅人すみとじゃーん。おはよう」

「おはよう。なんだ、文恵もここに本を読みに来てたのか」

「んにゃ。朝読の本を忘れたから借りに来ただけ」


なんだ。文恵にしては、やけに珍しいと思ったらそういう事か。

この学校では朝、ホームルームの前に読書をする時間がある。全員で静かに読書をするのだ。そこで、本を忘れた者は大体図書室まで本を借りに来る。朝、図書室に来る人は大半がそうだ。


「めんどくさぁ。何で本なんて読まなくちゃいけないんだよー」


文恵は、極度の面倒臭がりだ。

教室ではいつもボーッとしているか寝ているかで、後はスマホを弄っている所ぐらいしか見たことがない。

まぁ本の種類にもよるが、文字ばかり並んでいる物を読むことは、文恵にとっては苦行なのだろう。


「話も難しいし、文字しかなくてつまらないし。そもそも最近はスマホで読みたい本を読めるわけなんだから、わざわざ朝に読書の時間を作る必要ないでしょ」


確かに。

本を読ませたくなる理由は何となく分からなくも無いが、別に強制する必要は無いだろうと思う。

そんなことで学力が上がったりすると思えないしな。

だが、そういう決まりがあるのだから仕方ない。

朝読だと言われたら、本を読まなくてはいけないのだ。


「内容が難しいのなら、簡単に読めるものにすればいいんじゃないのか?ライトノベルとか、そういうのでも良いだろう」


例えライトノベルが駄目だと言われても、どうせ開いているページには文字しか書いていないのだ。一目ではバレないだろう。

わざわざ読んで確認する先生もいないだろうしな。


「んー、やっぱりめんどくさい」


そう言って、文恵は少し図書室内をウロウロ見て回った後、一冊の本を手に取った。


「どんな本を借りたんだ?」

「『世界の秘密』」


スーツを着た地味なおじさんの写真が載っている、壮大なタイトルの本だ。

世界の神秘的な場所とか、そういうものを紹介する本では無さそうだ。


「何故それを?」

「比較的気になったから。隅人は?何読んでるの?」

「料理本だよ」


そう言って、手に持っている本を見せた。


「ふーん」


つまんないと言いたげな反応だ。

こいつは俺に何を期待していたのだろうか。


「料理をするのは知ってたけど、学校でわざわざ読むんだ」

「あぁ、まぁな」


金がないからなど、とてもじゃないが恥ずかしくて言えない。

とりあえず「最近ハマってるんだ」と言っておいた。


「じゃ。また後で」

「おう」


文恵は、先程手に取った本を借りると図書室を出ていった。

少し気になるタイトルだったな......また感想を聞こうかな。まぁ文恵が朝読の時間にしっかりと読むかは分からないが。


「ん」


丁度チャイムが鳴った。

これは、朝のホームルームが始まる五分前の合図だ。

さっさと教室へ戻れと、カウンターから先輩が催促して来た。そういう先輩は、随分と余裕な様子だ。

三年の教室は、この上の階だ。今から行けば間に合うが、少しゆっくりしているだけでギリギリの時間になってしまうはずだ......。


「先輩、サボる気ですか?」

「まさか。すぐに行くよ」


そう言って、椅子の背に大きくもたれかかりながら、本を開きだした。

居座る気満々じゃねぇか。言葉と行動が噛み合っていない。

まぁ、そんな先輩は放っておくことにして。

俺達は自分達の教室へと小走りで帰った。

今日は、校長に用事があるとかでロメリアを図書室へ案内できなかった。

まだ転入して来たばかりだし、暫くは朝早く来ないと行けなさそうだ。

そうだ。明日、朝時間があったらロメリアも連れて来よう。

休み時間に行けばいいのだが、なにせロメリアは人気者だ。

しばらくは一緒に居られないかもしれない。


「先輩、絶対まだ図書室に居るだろうな......」


教室に帰ると、ロメリアが待っていた。

しかし、教室内は結構落ち着いている方だ。ロメリアは多くの人に囲まれていなければ、質問攻めにもされていない。

昨日は、授業が始まる直前までロメリアの周りに集っていたというのに。今日は大人しく皆着席している。

人気というのも、すぐに無くなってしまうものなのだろうか。


「本だ。読むか?」


周りに聞こえないよう、小さめの声で話しかけた。

こちらを見てニコッと笑ったロメリアに、先程図書室から拝借して来た本を見せる。

表紙を少し見せただけだったが、ロメリアは少し興味を持ったように見えた。


「時間がある時にでも読んでみてくれ」


渡したのは料理本ではなく、活字にまみれた退屈そうな小説。

いや、退屈そうというのはあくまで印象だけの話で、俺はまだ内容を読んでいないのだ。

タイトルや表紙からして、簡単そうな内容の物をえらんだ。ロメリアに読んでもらおうと思うのだ。

ロメリアは、この世界の言葉を話せても字を読むことは出来ない。

別に無理に覚える必要は無いが、この世界にどれくらい長く居ることになるのか分からない。

もし長いことこの世界に留まるのだとしたら、文字を覚えていないと何かと不便だろう。

幸い、ロメリアは適応能力や記憶力に優れている。

文字を覚えるのにもそんなに時間がかかる事は無いかもしれない。


「ありがとうございます......」


小さな声でお礼を言ったロメリアは、本を受け取ると表紙をしばらく見つめ、開いて中身を見た。

だがすぐに先生が教室へと入って来て、ホームルームを始める挨拶を指示して来た。

残念ながら、今読む時間は無さそうだ。


「これが、『あ』だ」

「『あ』......」

「そしてこれが『い』」

「『い』......」


休み時間、俺はロメリアにこっそりと文字を教えた。

発音は出来るので小学生に教えるより随分と楽だ。

そして、ロメリアはその文字を凝視する。


「難しいが、何とか覚えられそうです」

「凄いな。流石ロメリアだ」


最近、ロメリアの記憶力は化け物級だと気付いてきた。

いくらメイドだと言っても、こんなにも物覚えが良い人は中々いないだろう。

初めて来る世界で知らないことばかりだと言うのに、一度教えたものはしっかりと覚えている。

勉強だってそうだ。普通、文字や言葉なんてそんな直ぐに覚えられる事は無い。それなのに、授業にもボチボチ着いてこれるレベルにまではもう覚えてしまっている。


「ロメリアは記憶力がかなり良いよな。素直に尊敬するよ」

「記憶力には自信があります。元々エルフという種族は、長命な故に記憶する能力に長けています。長い時間を過ごすには、長い記憶力が必要なのです」


なるほど。

確かに、数年前の事を忘れてしまっていては色々と不便だろう。


「私はハーフエルフですが、記憶力はエルフよりなのでしょう」

「ロメリアも長生きするのか?」

「分かりません。ハーフエルフは少ないですから」


そ、そうか。

あまり気軽に聞く話じゃなかったよな。つい気になったことを口走ってしまったが、失礼な事だった。


「すまん」

「い、いえ!お気になさらず。恐らく人族よりは長生き出来ると思いますよ」


そうか。まぁ、記憶力が良いのなら困ることは無いな。

是非ともその能力を分けて欲しいものだ。俺も英語をスラスラと覚えたい。

羨ましいものだな。

それから休み時間中、俺はずっとロメリアに付き添って文字を覚えた。

まずは平仮名から。

ロメリアは、何度も復唱して文字を覚える。

驚くべきはその集中力だ。いつもニコニコ笑顔のロメリアが、真剣な表情をして本をガン見する。

穴でも空いてしまうのではないかというくらい、文字を見続けている。


「そんなに焦らなくても、まだまだ時間はあるさ」

「いえ、大切な時間を私のために割かせてしまうのが申し訳ないので」

「......」


まぁロメリアがそうしたいのなら、俺は全力で協力させてもらうがな。

しかし俺はそんなに時間を惜しむような性格では無い。むしろ暇な休み時間を誰かの為に充てられて、俺の休み時間も喜んでいる事だろう。少なくとも、文恵みたく机に突っ伏して寝ているよりはずっと有意義だ。



──────────



家に帰ると、ロメリアはずっと本を読んでいた。

暇さえあれば文字を見て発音し、分からない字があるとすぐに俺に聞いて来た。

こんなにも真剣に勉強されてしまうと、もう少し良い本を選んでこれば良かったんじゃないかと思ってしまう。

とは言え、良い本とはどのような本なのかは分からないが。

ロメリアが家に来てから、久しぶの沈黙。

静かな時間が続いた。


「ロメリア」

「......あ、はい!」

「そろそろ眠る時間だが」

「はい。ですが、もう少し......」

「大丈夫か?体でも壊したら......」

「ご心配をお掛けして申し訳ございません。しかし、あと少し......あと少しだけお時間を頂けないでしょうか?スミト様にご迷惑はおかけしません」


ロメリアがそこまで言うとは......よっぽど勉強したいのだろう。

ならば俺としても邪魔する訳にはいかないな。

しかし、それが俺の為を思っての猛勉強ならば......無理させる訳にはいかない。


「分かった。ただし、条件がある」

「......?」

「俺に手伝わせてくれ」

「えっ!?」


ロメリアは驚いた表情を見せる。

だが俺はお構い無しに話を続けた。


「それがダメだと言うのなら、今日の勉強は終わりにしよう」

「そ、そんな......スミト様に手伝わせるなど......出来ません」

「おやすみ」

「わ、分かりましたっ!お手伝い、よろしくお願いします!!」


ロメリアは元気よく言い、深々と頭を下げた。

そんなに畏まらなくてもいいのに。

ロメリアには色々と手伝って貰っているが、俺からはロメリアにしてやれる事があまりない。

ならばせめて、こういう事ぐらい手伝わせて欲しいのだ。

こうして、俺とロメリアの夜の勉強会が始まったのだ。

......夜の勉強会って、なんか卑猥な響きだな。

人前では言わないようにしよう。


「どうだ?文章は、どれぐらい理解出来てるんだ?」

「はい。今この辺まで読むことが出来ました」


そう言ってロメリアは本のページを開き、指をさした。

大体3分の1は読めている......凄い。

たった一日で、これほど覚えているとは......正直驚いた。俺が英語を覚えるよりも圧倒的なスピードと学習力だ。


「凄いな......もうそんなに読めるようになったのか」

「いえ、まだまだです。時間をかけているようでは、授業にも置いて行かれてしまいます」

「そんなに急いでまで、覚えたい理由があるのか?」

「はい。やはり、学校の授業について行くことが難しいというのと、本を読むことでこの世界を学べるのではないかという思いがあります」


なるほどな。

ロメリアらしい考えだ。

確かに、読み書きができないというのは色々と不便だからな。


「だが、あまり無理はするなよ。ストイック過ぎるのは、心にも体にも悪いぞ」

「はい......気を付けます」


そう言って、再び本へ向かった。

......本当に気を付ける気があるのだろうか?

勉強のためにとノートを買ってやった訳だが、こんなことなら買わなければ良かったかもしれないと後悔している。心配で仕方がないのだ。

だが勉強しているロメリアは、別に苦しそうには見えない。

俺なら「勉強なんてやりたくない」「勉強は苦痛」と言うのだが、ロメリアは自ら進んでやっている。そして何より、どことなくその姿が楽しそうに見えてしまうのだ。

ニコリともしない真剣な表情のロメリアを見て「楽しそう」とは、一体俺は何を見てそう思っているのか不思議だが、何故だかそう思えてしまうのだ。

だがら尚更止めにくい。

早く眠れと、言い難いのだ。


「この『あっちむいてほい』というものは何でしょうか?」

「......ん?あぁ、それは遊びだよ。そういう名前の遊びがあってね。ジャンケンをして、勝った方が上下左右の四方向に指をさす。負けた方は、その方向とは違う方向を向けば勝ち。勝った方は、負けた方が向く方を指さしていれば勝ちだ」

「その、『じゃんけん』というのは何でしょうか?」

「それはだな......」


俺は一通り「ジャンケン」と「あっち向いてホイ」について説明した。

こんな事、いつ以来だろうか。

ジャンケンはまだしも、高校生にもなってあっち向いてホイなどやる機会は全くと言っていいほど無い。

久しぶりにやると楽しいとか、そういうものでも無いような気がするが、とりあえずロメリアがやりたいと言うのでやってみることにした。


「行くぞ?最初はグー、ジャンケン......」

「「ポン!」」


俺はグー。

ロメリアは、チョキだった。


「わっ!ま、負けちゃ──────」

「あっち向いて......ほい!」


ロメリアは、目をギュッと瞑って左を向いた。

俺の指がさしている方向は......左だった。


「あっ」

「はい。俺の勝ちだ」

「さすがスミト様、お強いですね」

「何?ロメリア......まさか、手を抜いたのか?」

「い、いえ!そんな事......」


まぁしているとは考えにくい。

だが、もしかしたら魔法で未来予知でもして、わざと負けたという可能性も有り得る。

そんな魔法があるなら是非教えて貰いたいものだが。


「よし、ならばもう一度やろう。次、俺に勝てば、この飴ちゃんをプレゼントするぜ」

「あめちゃん......」


やる気は出ない......か。確かにロメリアは、自分の幸せより主人の幸せを優先する傾向にある。

何かを貰うより、俺に勝たせた方が嬉しいのだろう。


「......それなら、俺が勝つ度俺の服が一枚脱げる」

「......へ?」


これでどうだ。

合法的にセクハラできる良い案......じゃなかった。

ロメリアに飴を与えると言っても、欲しがらないというのなら、俺に鞭を打つことでロメリアはやる気になると踏んだのだ。

まぁ、俺が勝ったら変態。負ければ、ただ負けただけになる。

どちらに転んでも俺は不利な訳だが、ロメリアにとっては勝つしかない。

なぜなら、自分が負けたせいで目の前の男を脱がすことになる訳だからな。

俺が勝つ度ロメリアの服が脱げる事にしても良かったのだが......良心が痛む。


「そ、そんなこと出来ませ─────」

「最初はグー!」

「ま、待ってくださ──────」

「ジャンケン......ポン!」

「なっ!」


ロメリアの負けだ。

だが、まだあっち向いてホイが残っている。これに勝てば、もう一度ジャンケンからやり直しとなる。

チャンスだ。


「あっち向いてぇ、ホイ!」

「はい!」

「......」

「......ッ!」


......ロメリアの負けだ。

これで分かった。ロメリアは、本気で闘っていたという事が。


「よし、一枚脱ごう」

「ま、待ってください!まだ心の準備が......!」


いや、止めてくれよ......。

準備したら脱いでもいいのかよ。


「冗談だ。でも、楽しかっただろ?」

「へ?あ、はい!とても!それであの......もう一回だけやらせてくれませんか?」

「お?なんだ?ロメリアちゃん、ハマっちゃったかね」

「まだ一度も勝っていないので。ここまで来たら勝ちたいです!」


いいねそのやる気、受けて立つぜ。


「よし、最初はグー!」

「グー!」

「「ジャンケン......ぽん!」」

「あ!勝ちましたっ!」


お!ここに来て、ロメリアの勝ちだ。

さぁ、どこからでも来い。俺は必ず違う方向を向いて見せるぜ。


「あ、あっち向いて......ほい!」

「おりゃあ!」


ゴキッという音と共に、俺は勢いよく右へ振り向いた。

そして、ロメリアは左へ指をさしていた。


「え!?」

「ふん。惜しかったが、残念だったな」

「うぅ......」

「そして、まだ勝負は続いているぜ。ジャンケン......ポン!」


俺の勝ち。

そして......。


「あっち向いて......ホイ!」


俺は「あっち向いて」と言いながら指をクルクルと回した。ロメリアはその指を目で追って、見事俺のフェイントにかかってしまった。


「なっ!?」

「ふっふっふ、甘いなロメリア」

「くっ!も、もう一回!もう一回だけお願いします!」


ロメリアも熱くなって、もう一度対戦を申し込んでくる。意外と負けず嫌いなのかもしれないな。

確かに俺も楽しくなって来た所だが......。


「いいのか?勉強しなくて」

「はっ!......た、対戦はまた今度お願いします......」


我に返ったロメリアは、ガッカリと分かりやすく落ち込んだ。

別にあっち向いてホイくらい、ロメリアが相手ならいくらでも付き合ってやるのだが、今日はもう夜遅い。

一刻も早く寝るべき時に、勉強したいと言ったからこうして起きているのだ。

早く終わらせて、早く眠らなければならない。


「でも、ありがとうございました」

「ん?」

「こんな風に誰かと遊ぶ事なんて、久しぶりです」


ロメリアは、本当に嬉しそうな笑みを浮かべた。

そんなことを言われてしまったら、こっちも嬉しくなってしまうだろう。

ロメリアの笑顔が見れただけでも、今日起きていた甲斐があったものだ。


「俺も。久しぶりに熱い闘いが出来て楽しかったよ」


それからは、落ち着いて勉強に熱中していた。

分からないことは教え、何度も繰り返し暗記した。

ロメリアは本当に勉強熱心で、これほどまで真剣に取り組んでいる姿を見せられてしまうと、こっちも何か頑張りたくなってしまう。


「......」


しかし、こうして近くにいると何だかドキドキして......来てしまうな。

今までずっと一緒に住んでいたが、こんな風にじっくりとロメリアの事を見たことは無かった。

......綺麗だ。

まるで作り物のような美しさ。同じ人類とは思えない......って、そう言えばハーフエルフだったか。


「......ロメリア?」

「......」

「おい......って」


なんだか大人しいと思って顔を覗き込むと、両目を完全に瞑ってしまっていた。

呼んでも返事がない。ただの屍のようだ。

それに、スースーという音が聞こえて来た。

これは......完全に眠ってしまったようだな。


「寝落ち......か」


まぁ、寝落ちしてしまうほど落ち着けるような場所になったということかな。

そう思うと、嬉しい限りだ。


「お休みロメリア。頑張るのも良いが、少し焦り過ぎだ。ゆっくり眠りな......」


俺は、小さな声でそう呟くように言った。

完全に机に突っ伏してしまったロメリアを抱きかかえて、ベッドまで運ぶような事はしなかった。それはそれで良い体験が出来そうだったが、起こすと悪いと思ったのだ。

代わりに、毛布をロメリアの背中からそっと掛け、静かにソファーへと向かった。

もうすっかりソファーが俺の寝床となっているのは、言うまでもない。

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