第17話 春は深まり、過ぎていく
時は過ぎ、今日は4月30日。
ゴールデンウィーク前最後の登校日、現在は放課後だ。
俺たちは、数週間かけて、何回か、俺の違和感について、また、享の女子恐怖症脱却を試みた。
享のほうは進展があった。
……しかし。
「……はぁ、まただめか」
俺は、深い溜め息をついた。
これで、数えて6回目。
一回一回、非常に体力、精神力を持っていかれる。
今回は、一人でいた女子を狙う、と言うと物騒だが、他意はなく、普通に話しかけてみた。
……しかしその結果は、芳しいものでは無かった。
果たして未来の俺は、どうやってこの違和感問題を解決したのか……。
「……これだけやってだめってことは、何か他の原因があるのかもね」
七花さんがそう言う。
「翔くん、大丈夫!」
奏さんが、ファイト、と言わんばかりのポーズで、俺を励ましてくれた。
「うん、翔、大丈夫だよ!」
唯も奏さんの仕草に同乗して、二人して、俺を激励……というか、見ようによっては煽っているようにも見えるが、この二人に馬鹿にする気は皆無だろう。
「翔のほうは大変そうだが、俺の方は、割と、話せるようになった」
享は、そう淡々と告げる。
「ほんとに?五日沢くん」
唯が享にそう話しかける。
「……う……うん。よよ、四谷さん」
少しだけ噛まなくなっている。
間を空けて喋れば、アガりにくいことに気づいた、と本人から聞いた。
享はまだ高坂さんに話しかけるには至っていないものの、このまま練習を重ねていけば、その目標を達成するだろう。
……尤も、享の本当の目的は、その先にあるのだろうが、これも、非常に大事な通過点だ。
六月さんは、そんな俺達を、ぽけーっと眺めている。
ここ数週間でわかったことだが、六月さんは、かなり大人びている、ように見えるときもあれば、こうやって、完全にスイッチをオフにしている時もある。
俺は六月さんの目の前で手を振ってみるが、反応がない。
これは、まぶたを空けながら寝る、という高等なテクニックを編み出したのかもしれない……なんてくだらないことを考えてしまった。
まぁ、こんなことに付き合ってもらっている立場だから、俺と享は、何も文句は言えないどころか、感謝しかしていないわけだが。
流石に数週間ともなると、ある程度お互いのことがわかってきたが、誰一人として、ファーストインプレッションから良くなったことはあれど、悪くなったところはなかった。
唯に関しては俺は昔から知っているため変化はない。
七花さんは、どうしてそこまでしてくれるのか、と思うくらい、俺の違和感について相談に乗ってくれる。
勿論未来から来た、という前提があるから、義務もあるのだろうが、実際七花さんが運命を変えてくれたおかげで、彼女がそこまでしてくれなくても、時間をかければ解決できる可能性もあった。
確実に、未来の俺よりは友達が多くなっている、と、七花さんも言っていた。
つまり……彼女は、とても優しいのだ。
……しかし、彼女は時折、寂しそうな表情をする。
俺が以前から儚げだと思っていた、あの表情だ。
俺の勘違いかもしれないが、そこだけが、気になっていた。
次に奏さん。
彼女は、よく、上品に笑う人だった。
控えめな明るさのなかに、朗らかな温もりがあり、彼女とともにいると、心地が良かった。
奏さんはあの時見せたように、涙もろい性格をしている、と本人が言っていた。
それもまた、彼女の優しい性格の裏返しなのだろう。
尤も、あれ以来、奏さんの涙をみたことは無い。
……と、付け加えておくことがある。
奏さんは非常に男子から人気があるということだ。
これは、享から聞いた話なのだが、学内にファンクラブがあるらしい。
しかし、ほとんどの男子生徒は、本人とは、眩しすぎて話せない、と言っているらしく、普通に話す享を妬ましく思っているのだそうだ。
ミスコンテスト1位は伊達じゃないな、と思ったと同時に、ミスコンテスト2位である高坂美玖さんに好意を寄せている享もまた、前途多難なんだろうな、と思わざるを得なかった。
そして、享。
性格は男前で、こうやって放課後、週に一回か二回ほど集まると、決まって全員に飲み物をおごっていた。
……そういう意味の男前でもあり、純粋に、一人の人間としても、義理深かった。
俺が最初に違和感を感じた、享の友達の男子生徒に、もう一回喋りかけるチャンスを作ってくれた。
……結果はまたダメだったが、それでも、享のその温情には感謝していた。
この中で唯一の同性の友達、ということもあって、俺は、享をかなり信頼している。
他のみんなを信頼していないわけではなく、むしろかなりしているが、享は、同じ男としての信頼も加算されていた。
最後に、六月さん。
この数週間で、彼女が、全く感情の起伏がない人間だという最初の印象は、完全に消えた。
確かに、感情変化が乏しいことに変わりはないが、彼女もまた、知れば知るほど、深みのある人物だったのだ。
最近では、唯や七花さん、奏さんとも、仲良く喋ったり、勉強を教えあったりすることもあるようだ。
友達が増えたようでなにより……って言う俺が一番問題なんだけど。
……しかし、彼女も問題がある、といえば有るのだ。
俺たち以外の人物に、非常に冷たく接する現場をこの前見てしまった。
男子生徒が六月さんに何かを話しかけた瞬間、六月さんは鋭い目つきで彼を一瞥。
美しい白髪(銀髪)を手でなびかせて、そのまま席を立っていた。
正直、結構怖かった。
しかし、別に俺たちに冷たい態度をとるわけでは決してないので、害は全くないから、俺としては、あまり気にしていなかったりする。
そして、意外なことに、大の海洋生物好きらしい。
バッグには小さいペンギンのぬいぐるみが付けられており、携帯のカバーも、ペンギンだった。
ペンギンの画像を見ているときに、彼女の目の輝き様は、他に類を見なかった。
なにかに熱中している人間はとても素敵だと、俺は思う。
「じゃあ、そろそろ解散にする?」
七花さんが、そう提案する。
「ああ。そうだな」
俺が肯定の相槌を打つと、他のみんなも賛同の意を示してくれた。
俺たちは荷物を整理し、学習室からでる。
その足で、俺たちは昇降口の下駄箱に向かった。
俺は後ろ側にいて、隣には六月さん、後方には誰も居なかった。
俺はなんとなく、日が落ちかけている外を見ながら歩いている。
……と、その時。六月さんが突然、俺の征服の裾を掴んだ。
「……ん?」
「一ノ瀬くん……お願いがあるのだけれど」
俺と六月さんは立ち止まり、享や唯たちの集団から、離れる。
「お願い?」
「……ええ。私が海洋生物好きだってことは、知っているでしょう……?」
「ああ。知っている」
知っている、というか、本人から聞いた。
「他のみんなには言っていないのだけど……そこで、相談があるの」
口どめか……?
別に誰にも言わないし、むしろギャップがあって良いのではないかとも思ったが、よく考えると、バッグにつけてるし、携帯カバーもペンギンだから、みんな触れないだけで気づいているのではないかとも思う。
「ゴールデンウィーク中、私と……水族館に行ってくれない……?」
「……ぇ?」
予想外の申し出に、俺は戸惑った。
「暇な日、ないかしら……?」
「……いや、そういうことじゃないんだ。水族館に行くことは別にいいが、なんで俺なんだ?」
「……その……ペンギンさんを好きだと知られるのが……恥ずかしいから」
六月さんは、その白い頬を朱色に染めて、そうつぶやいた。
……なんだ、そういうことか。
「……なるほどな、いいよ。水族館、行こう」
人が何に対して恥ずかしいと思うかは、人それぞれだ。
特に相手は女子だから、下手に、恥ずかしくないんじゃないか、とかは思っていても、言うのは憚られたので、素直に了承することにした。
「……ほんと?ありがとう!」
六月さんの表情は、瞬く間に喜びに変わる。
「おーい、何してるんだ?」
ふと前を見ると、享が、俺たちに向かって手を振っていた。
「悪い悪い、すぐ行く」
俺は享のほうにそう言う。
「じゃあ、後で、LIMEで打ち合わせしよう」
六月さんの方には、そう伝えた。
「……ええ、ありがとう」
六月さんは、自身の携帯を胸に抱きしめながら、嬉しそうにそう言った。
よほど、ペンギンと会うのが楽しみなんだろう。
……ペンギンを嬉々として可愛がる、六月さんの表情を見ることも、俺にとっては楽しみの一つだった。
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